「殿下、遂に始まりました」
ジョルダンが報告書と共に、アウルスへミスリル王国の内乱が始まったことを告げた。
「ほう、流石はエフタル公だな。ミドルアース星域をたった三日で制圧したか」
「ミドルアースはエフタル公のお膝元ではありますが、ここまでの戦果とは想像を超えておりました」
感心するジョルダンだが、配下に優秀な諜報員と情報分析官を抱える彼からすれば、この結果はある程度見えていたことではある。
だが、エフタル公率いる軍の勢いはその分析以上の戦果をもたらしていた。
「エフタル公だけではないだろう。嫡男であるレスタル殿も、これだけの艦隊をよくもまあかき集められたものだ」
公爵家といえども、エフタル家の財政規模から見れば二個艦隊を保有していれば問題がない。
だが、エフタル家はその倍の四個艦隊も投入している。
「次男のサラム殿と、三男のイラム殿の実家まで導入してこの艦隊を結成したようです」
「なるほど。確か、あの二人の奥方のご実家は伯爵家だったな。ならば、そこまで難しいことではない。数字だけを見るならな」
サラムとイラムはそれぞれ伯爵家から妻を娶っている。
伯爵家規模ならば、一個艦隊程度の戦力を抽出することは可能だ。
だが、それは財源全てを軍事に突っ込めばの話である。
「ミドルアースでエフタル公と親しい貴族たちは、軍や国政とかかわりを持つ者たちが多いですからね。ミスリル王国一の工業地帯であれば、当然ながら商人たちとも関わることも多い。阿呆には治められぬ場所です」
「レスタル殿の軍政手腕は流石だな。流石は、若くして軍務局長を務めたことはある。ガスコン元帥とラーテルの奴が重宝しそうだ」
エフタル軍の戦果は、間違いなくレスタルの軍政手腕が大きく貢献している。
エフタル家がこれだけの戦力を保有していることは、誰も気づかなったからこそ、予想もしていなかった戦力の前に戦わずして屈服し、時には力攻めで攻略するなど余裕のある選択肢を取ることで勝利に貢献している。
「サラム殿とイラム殿も、わが軍の提督たちと全く遜色がありませんな」
「ああ、エフタル公の教育の賜物と言えるな」
「アイリス様も聡明でありますからね」
ジョルダンが若き主君に向けてそう言うと、どこかバツが悪そうにアウルスは頭をかく。
「彼女は賢い。が、それ以上に優しい女性でもある。そして、人を動かす力まで持っている」
デスクから立ち上がり、アウルスは執務室から見えるメルキアの日常を眺めていた。
今のメルキアには騒乱らしい騒乱もなく、平穏そのものである。
これはメルキアだけではなく、現在のロルバンディアの領土全てが平穏に包まれている。
誰もが平穏で、豊かな生活を送れているのだ。
「ジョルダン、これは私の持論なのだが、乱を起こす者と共に、乱を起こさせる者にも罪があると私は思っている」
「それはどういったご理由からでしょう?」
「何、簡単だ。乱を起こす理由は大体が現状への不満だ。悪政により生きてはいけない状況、待遇の不平等、そうした悪政から来ているものであれば、内乱は防げる。無論、簡単なことではないがな」
ロルバンディアをたった四年で繁栄させ、侵攻時の傷跡も消すほどに慕われているアウルスが言うと、その言葉には間違いなく重みがあった。
「ミスリル王国の内乱も、原因を追究していけば軍部やまともな貴族をないがしろにし、無能な者たちが国政を牛耳って己のためだけの政治を行っているからだ。すでに時代は変化している。ルーエル・ライン頼りの国政はとうの昔に終了している」
「厳密に言えば、我らが終わらせることになるのですな」
「そういうことだ、奴らの時代は当の昔に終わっている」
再びアウルスはデスクに腰掛ける。
「それを奴らに気づかせてやらなければな」
*******
「ついに始まったというのですね」
大公府の一室にて、アイリスは故郷で始まった内戦について聞かされていたところであった。
「ですが、流石は公爵閣下です。瞬く間にミドルアースを制圧してしまうなんて」
セリアも計画そのものは知っていたが、ここまで一気呵成にミドルアース星域を制圧するとは思ってもいなかった。
「だけど、まだミスリル王国の宇宙艦隊は健在よ。お父様が育て、ザーブル元帥が鍛えた精鋭たちはまだ残っている。油断はできないわ」
アイリスは軍事に明るい方ではないが、父も兄たちも軍人だっただけに自然と軍事について詳しくなっていた。
まだ、ミスリル王国宇宙艦隊は出撃すらしていない。
彼らが本気を出して鎮圧に向かえば、一たまりもないだろう。
「ご安心ください。殿下もついに出撃を決めました」
アイリスを安心させるように、ウイリス・エリーゼ行政官が豊かな胸を張りながらそう言った。
「エリーゼ殿、まだ例の勧告に二日の猶予があります」
「違いますよアイリス様、たった二日しかないのです」
エリーゼはバッサリとそう言い切った。
「逆賊エルネストを今のミスリル王国が捨てるわけがありません。仮に、引き渡してきたとしても、殿下にはさらに宣戦布告するだけの大義名分を有しております」
いたずらっぽく、口元に指をあててエリーゼはほくそ笑んでいる。
アウルスなら万が一のことにも備えているだろう。
仮にエルネストを引き渡してきたとしても、それに代わる理由は正直いくらでも存在する。
「殿下はやはり、優れたお方なのですね」
「殿下は一か八かではなく、確実にやりたいことを実行される方です。アイリス様と婚約されたように」
いたずらっぽく言うエリーゼに、アイリスは思わず顔が真っ赤になってしまう。
アウルスは君主としても、提督としても、為政者としても非常に優れているが、自分のことをとても大切にしてくれる。
本来大公府の行政官であるはずのエリーゼを、自分に付けてくれている時点で、アウルスの心遣いが伝わってくるほどだ。
「それに、ご安心ください。ロルバンディア軍は精強です。艦隊を率いるのは、宇宙艦隊司令長官であるサヴォイア大将です」
サヴォイア・アルス・マルケルス大将は攻守ともにバランスが取れ、臆病と慎重、勇敢と無謀の違いを弁えている名将である。
先日、アウルスと共に食事に誘われた際には実直でありながら、礼儀正しい人物としてアイリスは好印象を抱いていた。
「マルケルス、いえ、サヴォイア大将ならば信用できますね」
「そして、先鋒を務めるのは我が夫、ウイリス・ケルトーです。夫は勇猛果敢、大胆不敵な闘将です。間違いなく、エフタル家の皆様のお役に立てると思いますわ」
自分の夫だからか、エリーゼはマルケルスよりもケルトーのことを強く推していた。
「夫は四年前の戦いにおいても、一個艦隊で二個艦隊を壊滅させております。また、武芸にも優れており、殿下の武芸指南役を務めるなど陸戦においても優れた名将でもあります。私はそんな夫の力強さと頼もしさに惹かれ、こうして結婚へと至って……」
「わ、分かりましたエリーゼ殿」
エリーゼは普段は冷静であるが、自分の夫のことになると惚気を口にしてしまうところがある。
おかげでアイリスはこの数日で、ケルトーが肉も好きだが同じぐらい野菜を食べることと、簡単な外科手術ならばできること、五本の矢を同時に放ってそのすべてを五つの的に命中させるという特技を持っていることまで知ってしまった。
そして、指南役時代に二人は出会い恋仲になったことまで。
「私としたことが、つい内々の話を」
「いえいえ大丈夫です。エリーゼ殿はケルトー大将のことを愛しておられるのですね」
「夫を愛するのは妻の使命でございます故。夫も私を愛してくれているのですから」
若干セリアが引いているが、アウルスと婚約したばかりのアイリスとしては、エリーゼの深い愛情は逆に好感を持っていた。
「私も、殿下にそう思ってもらえるでしょうか?」
「アイリス様ならばできます。あの殿下が好意を持たれたのですよ。自信を持ってください。殿下はアイリス様のことを本気で愛しているのですから」
再びアイリスは顔が真っ赤になる。
面と向かって
「尤も、ご不安であれば私いつでも相談に乗ります。お任せください」
自信たっぷりにエリーゼは、夫のケルトーの筋骨隆々な胸板にも負けない、自身の大きすぎる胸を張りながら断言した。
「お、お願いいたします」
エリーゼの勢いに押されてしまったが、アイリスもアウルスとそんな関係になりたいと思った。
男性に愛されることがよく分からないアイリスではあるが、自分もまた好きなったアウルスに愛されるようになりたいと心から願った。