目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第30話 戦争の幕引き 前編

「ご苦労様だったな」


 通信が終了すると、アイリスはどっと疲れが出たのか近くの椅子に座り込んだ。


「お手数おかけしました」


 アイリスがそう言うとアウルスは水が入ったボトルを手渡した。アイリスは一礼する。


 すると、どことなく拍手が聞こえてきた。


「お見事でした」


「流石アイリス様! いやあ実に素晴らしかったですよ!」


 コルネリウスとケルトーという、悪童がそのまま大きくなった二人に喜ばれると、アイリスは思わず笑ってしまった。


「闘将と猛将の二人にそう言っていただけると心強いですわ」


 屈託のない二人の表情を見ると、啖呵を切り過ぎたか、あるいは冷酷なことを言ってしまったのではないかという思いが、一瞬にして吹き飛んでしまった。


「しかしまあ、あのアレックスのアホ面最高だったなあ。死刑台行きになるのが決まってる癖に、調子ばっかりコキやがって」


「あれは昔からああいう奴なんだよ。尊大な癖に、自力でどうにかしようとしない。アホ過ぎるから賢女であるアイリス様に、実質仕切ってもらうために婚約したんだとよ」


 コルネリウスがふざけながら軽口でケルトーに説明するが、その指摘は当たっていた。実際、アイリスは今は亡きファルスト公と父であるエフタル公に、それに近いことを説明されていた。


「コルネリウス、今更奴の話などするな。死刑台に行くことが確定した死人の話などどうでもいい」


 不快な顔をしながら、アウルスは従卒から茶を受け取る。


「なんだ、ずいぶん殿下ご機嫌斜めだな」


「ありゃ嫉妬しているんだ。殿下はアイリス様のことが大好きだからな。そのアイリス様に迷惑ばかりかけたアレックスのことを今すぐにでも八つ裂きにしたくてたまらんのよ」


 付き合いが長いケルトーは、アウルスがアイリスのことを深く愛していることを察していた。自身の恋愛をアウルスに仲介してもらった過去があるだけに、アウルスの思考はある程度理解できていたのである。


「伊達に殿下の武芸指南役をやっていないわけか」


「あたぼうよ、殿下には妻との仲も取り持って頂いたほどだからなあ。殿下のことは俺が一番よく知っている」


 自慢するケルトーに、思わず腹がったコルネリウスはケルトーの顔を叩いた。


「痛! 何すんだコラ!」


「なんかムカついたからだよ」


「何だ? まだやり足りねえのか?」


「そりゃこっちのセリフだよ! さりげなく殿下との付き合い長さアピールしやがって!」


「なんだよお前も嫉妬かよ! 女々しいこと言ってんじゃねえぞ! そりゃ俺は付き合い長げえが、付き合いなんざ長さよりも深さだろうが!」


 アウルスが止めようとするが、ケルトーの発言にコルネリウスと共に動きを止めた。


「縁切りてえのにクソみてえなしがらみで切れねえもんだってある。切りたくもねえのに切らなきゃいけねえ縁もあるんだ。俺は殿下は無論のこと、アイリス様との縁も大切にしてえんだよ」


 ケルトーの真面目な言葉に、思わずコルネリウスは襟元を正す。


「殿下は口悪い奴が戦争狂だの、冷酷君主だの、インケンだの、冷酷大公だの散々言われてる。だが実際はどうだ? 俺みたいな平民上がりですら、それ相応に役立つと思えばきちんと取り立ててくれる。反対意見を意見を言っても、筋があれば考慮し反省する。どこが冷酷だ?」


 ケルトーの主張の正しさは、コルネリウスにも分かる。アウルスは風評とは真逆に、よく臣下の意見を聞き入れ、取り入れる。今回の降伏勧告にしても、ジョルダンらと通信しながら打ち合わせつつ、コルネリウスらからアレックスの情報を精査した結果行われた。


 当初はもっと穏便に済ませるつもりだったが、コルネリウスはアレックスの小心さと、その臣下たち、特にヴァンデル伯やトラスト元帥、ムダート元帥は根っからの臆病者であることを説明した。


 すると、銃殺の予定からエルネストを踏み殺すという、天下の大悪党にみじめな死を与えることを思いついたケルトーの案を採用。


 その効果は抜群であり、アレックスを筆頭に全員がエルネストのみじめな死に恐怖していたのが確認できたのであった。


「これはいいと思った話ならばすぐに採用してくれる。俺にとって名君とは殿下アウルスのことよ! 誰が何と言おうとな」


「お前意外に忠義者だな」


 派手な殴り合いを行い、双方歯と肋骨をへし折り再生治療を行う羽目になったのだが、それだけに互いに認めるところは認めており、コルネリウスもケルトーが忠義者であることを認めていた。


「ふん! 俺は幼いころから殿下に付き従っているからな。まあそんなもんは自慢にもならんのだが」


「自慢していないのは嘘だろうケルトー?」


 アウルスが苦笑しながらケルトーにそう言った。


「そ、そんなことあるわけないじゃないですか!」


「お前がたまにそれを周囲に語っていることは、私の耳に入っているんだ。古参であることを誇るのは格好がつかんぞ」


 アウルスに指摘され、ケルトーは身に覚えあるだけに言い訳を考えるが、そこにマルケルス達がやってきた。


「お邪魔でしたか?」


「いや、再編ご苦労だった。では、会議と行こう」


 一同改めて席につくと、さっそく今後の方針を決めるべく話が始まった。


「まずはエリオス・ヒエロニムス大将、貴官を第一遊撃艦隊司令官に任命する」


「謹んでお受けいたします」


 エリオスの大将昇進に合わせて、第一遊撃艦隊の司令官はアウルスの肝入りでエリオスが推薦された。


「そしてウイリス・ケルトー大将、貴官を第一遠征艦隊司令官へと任命する」


「承りました」


 エリオスが第一遊撃艦隊を率いることで、本隊である第一遠征艦隊はケルトーがそのままスライドすることで指揮を取ることとなった。


「そして、コルネリウス・ウル・ハーマン大将」


「は!」


 予想外の拝命に、コルネリウスは神妙な態度を見せると、アウルスとアイリスは思わず微笑む。


「貴官には四個艦隊を預け、これを第一機動艦隊とする。残りの艦隊は私の直衛艦隊だ」


 事前に打ち合わせていたが、コルネリウスの降伏と共にロルバンディア軍は方針を定めていた。


「まず、私とケルトーはこのままトールキンを目指す」


「御意!」


 ケルトーが立ち上がり、勇ましく答えると、アウルスも頼もしさを感じていた。


「そしてマルケルス、貴官には第一遊撃艦隊と第一機動艦隊を率いて、ヴィラール星域に向かうように」


「は、エフタル公をお助けに向かいます」


「頼んだぞ」


 二十一個艦隊という途方もない大軍となっても、マルケルスに八個艦隊、約半分もの別動隊を預けることに、一同はアウルスの器量の大きさを感じ取っていた。



「そしてエリオス、貴官は賢いので回りくどい言い方はしない」


「分かっております。殿下が己を暗君としないように心がけているように、私もまた佞臣奸臣の道に陥ることなく、殿下とロルバンディアにふさわしい軍人としての責務を全う致します」


 エリオスらしい実直さが現れている言葉に、全員が感心していた。普段は無口で冷静ではあるが、エリオスの、アウルスに対する忠誠心はケルトーにも引けを取らないほどに高い。


「そしてコルネリウス、貴官には……」


「殿下、一つお願いがございます」


「何だ?」


 不平不満ではなく、実直が服を着ているとアウルスが評した猛将コルネリウスはあえて主君に懇願しようとした。


「ザーブル元帥と、元帥が率いる艦隊もまた、今我らと同じく元は規律正しい忠義者ばかり。そして、必ずや殿下の力となってくれる優秀な者たちです。どうか、殺傷を前提とするのではなく、降伏を優先させていただけませんか?」


 コルネリウスの進言に、アイリスは深く頷き、マルケルスは関心し、エリオスは内心同意していた。


 ケルトーだけは、内心ええかっこしいと思いながらも、その熱意を受け取っていた。


「コルネリウス、貴官はまだ私のことが分かっていないようだから言うが、私は無益な殺生は嫌いだ。戦争を恐れたことは一度もないが、戦争を望んだことはない。今回の戦争にしても、ミスリル王国に落とし前を付けるためだ」


 アイリスは思わず顔を赤く染め、ケルトーは素知らぬ顔をしていた。という俗っぽい表現は、ケルトーがアドバイスした結果取り入れた言葉だからだ。


「私の役に立つ立たないではなく、ロルバンディアの役に立てればそれでいい。無益な殺生をせずにケリがつけばそれでいい。所詮、阿呆が勝手に踊り、勝手に吹っかけてきた戦争だ」


「では?」


「ばかばかしい戦いで血を流すのは、ヴァレリランドを突破するぐらいで十分だろう。そして、ヴィラール星域でもこれ以上の流血は避けるべきだと私は思う」


 アウルスの言葉に、コルネリウスは深く頭を下げる。その姿に、アイリスはコルネリウスすら感服させるアウルスの器量の大きさを、再認識したのであった。


「殿下、進言を受け入れていただきありがとうございます」


「だがコルネリウス、争いを避けることは争いを起こす覚悟がなければ務まらない。アイリスが貴官の元に行った時がまさにそうだった。そのことを忘れるな」


 アイリスは自ら、コルネリウスに殺される可能性も視野にいれて、命がけでコルネリウスを降伏させた。


 アウルスはこれ以上の流血を避けたいという、コルネリウスの進言を取り上げた。だが、精鋭無比の忠義者で構成された艦隊であれば、簡単に降伏することなどありえない。


 本気で彼らを降伏させたいと願うコルネリウスのために、あえてアウルスはアドバイスをしたのであった。


「ご意見しかと承りました! アイリス様ほどの胆力は私にはございませぬが、その分は、体を張ってでも、止める所存にございます!」


 猛将と呼ばれ、軍の格闘技でも王者となったほどの猛者である自分相手に、侍女と二人だけで武器一つ持たずに会いに来て、降伏するように説得したことにコルネリウスは感銘を受けていた。


 かくして、圧倒的な兵力を有したロルバンディア軍はそれぞれ、トールキンとヴィラール星域へと進軍を開始したのであった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?