目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第30話 戦争の幕引き 後編

 コルネリウスがロルバンディア軍に降伏し、トールキンに向けての最後通牒を発した中で、ヴィラール星域にてエフタル軍とミスリル軍は未だに戦いを継続していた。


 次男のサラム、三男のイラムらを筆頭とした艦隊指揮官たちの能力と士気は高く、ヴィラール星域にある回廊を利用して、倍のミスリル軍相手に奮闘していた。


 一方、ミスリル軍では。


「なあ、いつまで俺たち戦わなきゃいけないんだ?」


「そこだよ、そもそもの発端は王様がエフタル公のご息女からヴァンデル伯のご息女に乗り換えたのが原因だろ?」


 食堂にて兵士たちは、終わりが見えない戦いに愚痴をこぼし始めていた。


「それ考えると、ホント馬鹿馬鹿しいぜ。ようは王様が浮気したから始まったわけじゃねえか」


「ホントそれだよ。そりゃエフタル公がブチ切れるのも分かるってもんよ。なんでもエフタル公はご息女を大切になさっていたからな」


「親としちゃ当然ながら、そんな不貞犯すクソ男の元に嫁ぐなんてことは、許せるわけがないか」


「むしろ、戦にならねえ方がおかしいぜ。しまいにはあのエルネストまで匿ったとなりゃ、ロルバンディアの覇王が激怒して攻め入ってくるのも当然よ」


「数時間で艦隊壊滅させられてるようなカス、そんな奴招いて何がしてえんだろうな?」


「なんも考えてねえんじゃね? 俺たちですらそりゃまずいと思うヘタ打ちいくつもやらかしているんだ」


「つくづく、面倒な戦いやらされてるな」


「ザーブル元帥の下ならなんとかと思ったが、勝ったところでどうせ褒美も出ねえだろうしな」


「同感同感。あほらしいにも程があるぜ」


******


「兵士たちの士気は、限りなく下がっております」


 討伐艦隊参謀長であるダンドリオン・アルス・カルスト中将の進言に、ザーブル元帥は手を組みながら黙ってそれを聞いていた。


「閣下、このままでは内側から崩れます。辛うじてローテーションすることで戦線を保っておりますが、このままでは……」


 負ければ後がなく、大義名分を背負っているエフタル軍とは違い、元々がアレックス王の不貞から始まった戦いを知っているだけに、ミスリル軍の兵士たちはやる気を失っていた。


 まだ、ザーブル元帥が率いるからこそやる気を出していることだけ救いであり、そうでなければ霧散霧消していただろう。


「貴官はどう思う?」


「私でございますか?」


「忌憚のない意見を聞きたい」


 ダンドリオンも正直言えば、この戦いについてはあまりにも馬鹿馬鹿しいと思っていた。


 国王ので始まったという、他国の人間が聞いたら腹の底から爆笑され、侮蔑される開戦理由であるからだ。


「……私も兵士たちの気持ちは分かります」


「私もだ」


 ためらいなくダンドリオンの返答にザーブルも同意するも、それでもザーブルは冷静なままであった。


「こんな馬鹿馬鹿しい戦いは、古今確認してもないだろう。後世の歴史家、いや、講釈師や作家たちに笑い話を提供するようなものよ」


「そうでしょうな」


「だが、そんな馬鹿馬鹿しい戦いであったとしても、エフタル公は反乱者であり謀反人であることに変わりない。そして、アレックス王が不貞を行ったとしても、主君であることに変わりない。であれば、我々のやることは一つしかないはずだ」


 ダンドリオンは深く頷きながら、ザーブル元帥という人物の強い信念を感じ取っていた。


 ダンドリオン自身も、元々はエフタル公の派閥に所属し宇宙艦隊から参謀本部、軍務省にて勤務しており、エフタル公やザーブル元帥、そして今はモリアで対峙しているコルネリウスとも面識があり仲がよい。


 その中で一番愛国心と忠義心があるのがザーブル元帥であった。


「つまらないことを申し上げました」


「貴官はありのままを報告しただけだ。謝ることはない。だが、このままいけば内側から我々は瓦解する」


「エフタル軍も定期的にこちらに通信をつなげながら、兵士たちに向けて放送を行ってますからね」


 エフタル軍は兵士たちに向けて、今回の戦いが始まった経緯を役者たちに読ませて、面白おかしく放送を行っていた。先日などは、アレックス王とアイリスとの婚約破棄の話をわざわざ演劇にしていた。


「あれでは、真面目な兵士ほど馬鹿馬鹿しいと思うだろう。なんとか対策を取らねば………」


「ちなみに、コーデリオン中将は?」


「彼は体調が優れぬそうだ」


 監察官という仰々しい役職でやってきた、ディッセル侯の甥であるコーデリオンだが、彼は今自室に引きこもっていた。


「ロルバンディア軍がヴァレリランドを突破してからアレだ。よほど、彼らが怖いのだろう」


「おかげで艦隊を抽出することもできません。参謀本部はなんと?」


 ダンドリオンの質問に、ザーブル元帥は首を振った。


「なしのつぶてだ。どうも、通信が上手くつながらん。おかげで判断を仰げないのだ」


 ザーブル元帥としては、ダンドリオンと話しながら、討伐艦隊から3~4個艦隊を抽出し、ロルバンディア軍と対峙することを考えていた。


 ヴァレリランドを突破し、勢いに乗っている上ロルバンディア軍は名将も揃っている。


 マルケルス、ケルトー、エリオス、シュリーゼと名だたる将たちがいる上に、彼らを束ねる覇王、マクベス・ディル・アウルスがいる。


 同数ですら勝てるかどうかすら危うい状況な上にな指揮官、エルネストがいるのだ。


「流石のコルネリウスも、奴らを相手に艦隊決戦するとなると簡単にはいかない」


「勝つのは難しいですか?」


「難しいな。コルネリウスはウイリス・ケルトーや、サヴォイアマルケルス大将にも匹敵する。だが、そこにエリオスやシュリーゼも揃っている。コルネリウスがあと三人いれば、話が変わってくるがな」


 流石のザーブル元帥もため息をついた。現在の宇宙艦隊に人がいないわけではない。コルネリウスが優秀すぎるだけで他の提督たちも十分すぎるほどに優れていることは、ザーブル元帥も理解していた。


「まずはエフタル軍を倒すことを考えなくてはならん。戦力は削れている。このまま維持すれば我々は勝てる」


 らしくもない虚勢に、ダンドリオンは思わず現状を嘆きたくなった。確かにこの戦いには勝てるが、こちらも無傷では済まない。


 それはザーブル元帥が一番理解しているはずであり、結果としてここで勝ったとしても、疲弊した状態でロルバンディア軍と戦わなくてはならない。


 改めてダンドリオンはこの戦いの馬鹿馬鹿しさを痛感させられた。


*********

「なんかいい手はないものかねえ?」


 コルネリウスの一言に、第一遊撃艦隊司令官となったエリオスと、宇宙艦隊司令長官であるマルケルスも複雑な顔をしていた。


 現在三人はモリア星域から再編を終えて、ヴィラール星域へと向かっていたのである。


「コルネリウス大将、貴官が投降を呼びかけるというのは?」


「エリオス大将、それは火に油を注ぐだけだ。俺はともかくとして、ザーブル元帥はそんな生易しい人ではない」


 コルネリウスをして、一筋縄ではいかぬという言葉にマルケルスは神妙な顔をした。


「あのケルトーと殴り合いをする貴官ですら、一筋縄ではいかんのか?」


「ザーブル元帥はそういう類の人間じゃない。俺は不平不満の服を着てるとか言われているが、ザーブル元帥は愛国心が忠義の鎧を着ているという人だ。裏切りには一番縁遠いお方よ」


 コルネリウスをしてそう言わしめる時点で、猶更全員が頭を抱えた。三人はできるだけ穏便に、ザーブル元帥率いる討伐艦隊を降伏に追い込むつもりでいた。


「それにエリオス大将、貴官とて最後まで殿下と戦っただろう? 降伏するつもりでいたか?」


 そう言われるとエリオスも複雑な気持ちになる。エルネストのおかげで艦隊決戦には参加できずにいた。だが、エルネストの大敗のおかげで艦隊は壊滅し、エリオスは残存艦隊によるゲリラ戦により首都を防衛する羽目になったのだから。


「愚問だったな」


「いや、嫌な話をして済まなかった」


 素直にエリオスに詫びるコルネリウスに、マルケルスは好感を持った。ケルトーのように無茶苦茶なことを言うこともあるが、ケルトーと違って下手な言い訳をしないで、素直に謝罪するところが良かった。


「しかし、そうなると正面切って説得するというのは無理だな」


 コルネリウスの情報と、他にもアイリスらから集めた情報を元に判断すると、ザーブル元帥に降伏を勧めても無意味な結果になることをマルケルスは実感した。


「やっぱりそうなるか」


 コルネリウスが残念がるが、マルケルスは降伏させることそのものは諦めてはいなかった。


「真正面切って戦うことは論外だし、ザーブル元帥らと戦うのは馬鹿馬鹿しい。それに、貴官と同じでやる気がない将兵たちを殺傷するのは心苦しいしな」


 コルネリウスだけではなく、ミスリル軍の面々は規律正しく礼儀正しい。統率も良く取れているため、味方にできるのであれば味方にしたいとマルケルスも考えていた。


「やはりここは、奇策を使う他ないな」


 マルケルスはアウルスやジョルダン達に、あらかじめアドバイスをもらっていた。降伏を素直に促せる相手ではないならば、素直ではないやり方を使うしかない。


「ザーブル元帥を暗殺するというならば、サヴォイア大将、今ここで撃ち殺してくれ」


「コルネリウス大将、まずは司令長官閣下の話を聞くべきだ。サヴォイア大将は巧妙な戦いをすれど、卑劣とは無縁な方だ」


 一本気なコルネリウスに、エリオスは敵対した側の人間としてマルケルスを擁護した。


「閣下は民間人は無論のこと、捕虜に対しても一切の暴行や拷問も禁止していた。閣下には閣下なりの策があるのだろう。それを聞いてダメなら、私を殴って溜飲を下げてくれ」


「……申し訳ない」


「頭を上げてくれ。しかし、殿下が評したように貴官は実直なのだな」


 コルネリウスの言う不平不満とは、全てが現状の改善であり現状の問題点の指摘である。それを改善できぬからこそ不平不満という形に解釈されてしまうのだろう。


「ザーブル元帥を射殺しても、何も解決はしないだろう。むしろ、戦いを収めるどころか収拾がつかなくなる。貴官ほどの人物が助命を懇願するほどの人物だからな」


「元帥はエフタル公に並ぶ、元帥としてふさわしいお人よ。何度俺は尻拭いをしてもらったか両手は無論のこと、両足の指を合わせても数え切れないほどだ」


「ならば、猶更そんな人物を死なせるわけにはいきませんな」


 冷静なままにエリオスがそう言うが、暗君に振り回されて無茶ぶりをさせられた経験を持つだけに、エリオスもザーブル元帥に同情していた。


「そこで殿下や尚書令閣下からいろいろと事前にアドバイスを受けている。ザーブル元帥は無論のこと、将兵をも損なわない。となれば、取れる手は一つしかないだろう」


 そこでマルケルスは二人に策を提案する。馬鹿馬鹿しい戦いであるからこそ、終わらせ方も馬鹿馬鹿しくても仕方がない。


 であれば、いかに幕引きをするべきか。それは、盛大なる茶番を演じるべきであると、マルケルスはジョルダンからアドバイスをもらっていたのであった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?