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第31話 茶番はここまで 前編

 コーデリオンは宰相ディッセル侯の甥として生まれ、何不自由のない生活の中で生きてきた。


 諸侯としての礼儀作法や勉学は厳しく教えられたが、生来出来のよかった彼にとってはそれは障害とはならず、むしろ高貴なる者としての義務として受け入れることができた。


 だが、ファルスト公による政治改革による直轄地や行政官の派遣などで、これまで国庫に納めるべき分を横領していた者たちは摘発され、同時に没落していったのだが、コーデリオンの家も危うく取り潰されるところまで追い込まれてしまった。


 叔父のディッセル侯がとりなししなければ、没落するところであったが、それでも豪奢な生活は終いとなり、苦しい生活を余儀なくされ、妹たちは公爵らに嫁ぐはずが、格下の子爵家に嫁ぐことになってしまった。


 今回の任務は、叔父であるディッセル侯に作った借りを返すためのものであった。伯爵としての教育は受けてきたが、彼は軍務とは無縁であり、軍事の素人であったがディッセル侯の代理人としてザーブル元帥を監視することが役目であった。


 ザーブル元帥のことは見下してはいたが、能力だけはコーデリオンも認めていた。楽な仕事だと思っていたが、ロルバンディア軍の侵攻に伴い、全ての計画は狂ってしまった。


「あの公爵令嬢め! なんてことを……」


 歯噛みしながら自室にてコーデリオンは、ディッセル侯の代理人という立場に甘んじていたはずが、気づけばザーブル元帥の言いなりになることと、何をどうすればいいのかが分からなくなっていた。


 そこで彼は酒を飲みながら無為なる日々を過ごすようになったのであった。


****


 アウルス率いる本隊は現在、トールキンに迫りつつあった。アウルスは自室にアイリスとセリア、そしてケルトーを呼んで茶を飲んでいた。


「殿下、一つよろしいでしょうか?」


「何かな?」


 名実ともに自分の力で大公妃としての地位を手に入れたアイリスに、アウルスは妙に上機嫌でいた。


「正直、このままトールキンを直撃してしまえばよろしいのでは?」


 アイリスの言葉に、ケルトーはその手があったかと言わんばかりに頷いていた。


「アイリス様の言う通りですよ。その方が、案外スムーズに事が運ぶのでは?」


「コルネリウス大将がおっしゃるように、アレックス王は惰弱な王です。降伏さえすれば、どうにかなるような気も」


 アイリスとケルトーがそう言うが、アウルスは冷静なままにカップを置いた。


「ケルトー、お前もずいぶん甘くなったな?」


「どういうことです?」


「ザーブル元帥の下に、エリオスのような指揮官がいてもおかしくはあるまい。それに、ザーブル元帥がエリオスのようになったらどうする?」


 アウルスの指摘に、ケルトーとアイリスは改めてハッとさせられる。


「エリオスは主力艦隊が壊滅しても、首都星までの航路でゲリラ戦を行いながら、遅滞戦術を取っていた。あれを最初からやられていえばこちらが危うかった」


「それはそうですが、エリオスのような名将がいるとは……」


「あり得ないということが、あり得ない。最悪の状況を常に考えておく必要性がある。それにケルトー、我々はミスリル王国へ何しに来た?」


「それは国賊エルネストと、それを匿ったアレックス王への制裁と、エフタル公の支援と……」


「すべての民衆から見ても同じことが言えるか?」


 アウルスの鋭い指摘に、ケルトーは押し黙る。そして、アイリスも自分の考えがいかに甘いかを思い知らされた。


「我々はだ。そこを忘れるな」


「申し訳ございません殿下、差し出がましいことを……」


「君が謝ることはない、私はこう見えて臆病だ。エリオスのような勇者が出てこないかと危惧している。人は、立場と状況次第で国賊にも英雄にもなれるのだからな」


「エルネストがまさにそうでしたな」


 ケルトーの指摘にアウルスは頷いた。


「奴はどうしようもないほどに愚かな奴だった。エリオスが初めから指揮を取っていれば、我々は負けていたかもしれない。四年前、エルネストは国賊となり、エリオスは英雄となった。尤も、エリオスは初めから勇者でもあったがな」


「エリオス大将は立派なお方ですね。普段は寡黙な方ですが、言うべきことは決して歯に衣着せぬ人です」


「その上で、奴は誰からの言葉も素直に聞き入れる度量がある。正直もっと早く大将にしたかったほどだが、それはともかくとして……」


 二杯目の茶を入れようとすると、セリアが静かにアウルスの動きを察して茶を入れると、アウルスは軽く会釈し彼女の行動に礼をした。


「何が起こるか分からないのが戦場だ。アレックス王に停船命令を出して素直に戦いが終わるならばそれでいいが、それを出すまでに無用の被害が出ることが惜しい」


「簡単に降伏はしないと?」


「するかもしれないが、しないかもしれない。我々の立場は侵略者だ」


 再びアウルスは自分たちを侵略者であると強調する。


「我々はあくまで侵略者であることを認識するべきだ。民衆から見れば、所詮は外国の軍隊であり、戦争をしていることに変わりない」


「まあ、その通りでしょうけどね」


「ケルトー、コルネリウスと喧嘩して頭が悪くなったのではないか? 認識が甘くなってるぞ」


「殿下、私もそれは同じですわ」


 アイリスがケルトーを擁護するかのように言うと、アウルスは苦笑する。


「君は何も悪くない、悪いのはこの阿呆だ。こいつは人を阿呆にさせる悪いところがあるからな」


「ちょっと殿下! それはいくらなんでも酷いですよ!」


「お前のせいでアイリスが傷ついたぞ。こういう時に上手く悪知恵と得意の屁理屈でなんとかしろ」


 アウルスは二杯目の茶を飲みながらそう言った。ケルトーはなんだかんだと弁が立つことを、アウルスは幼少の頃から理解していた。


「アイリス様助けてください。殿下が虐めてくるんです」


「殿下、臣下に無理難題を吹っかけることは暗君のやることですよ」


 アウルスが暗君になることを毛嫌いしていることを、アイリスは上手く突く形で彼を諫める。


「君には敵わんな」


 唯一、自分が思うようにならない相手である彼女を前に、アウルスは苦笑してしまった。


 確かにその通りであると、納得しつつ、アイリスを上手く利用しているケルトーをこの戦争が終わったら叩きのめすことに決めた。


*****

「コルネリウスから連絡が入っただと?」


「はい、今通信を繋げます」


 副官からの報告から、ザーブル元帥はコルネリウスとの通信を始めた。


「閣下、報告が遅れてしまいすいません」


「どうやら無事でよかったな。ロルバンディア軍はどうした?」


「何とか、追い出すことには成功しました」


 コルネリウスの報告に、一同が騒ぐが、ザーブル元帥は冷静なままであった。


「あの覇王が撤退したというのか?」


「モリアでは一進一退で戦いを行っていたのですが、情報を探った限りにおいては、どうもロルバンディア本国に侵攻した国があったそうで」


「アウルス大公にしてはずいぶんお粗末だな」


 今回の戦いは、全てアウルスが緻密で入念な計画を練っている。それはザーブル元帥も把握していた。


 ヴァレリランド回廊を突破した方法はともかくとして、気づけばミスリル王国は内乱が発生し、周辺諸国からは孤立して援軍も期待できない状況にあった。


 その中で本国を攻撃されるということにザーブル元帥は引っかかっていた。


「ですが、撤退したのは事実ですよ」


「それで、何故このタイミングで連絡が入ってきた?」


 ザーブル元帥らしい指摘に、コルネリウスは頭をかいていた。


「お恥ずかしいことですが、ロルバンディア軍はモリア星域周辺にジャマーをばらまきましてね。各種通信網も破壊するなど、無茶苦茶なことをやらかしているんですよ。そのために、トールキン方面までが通信障害になっておりまして」


「なるほど、我々との連携を削ごうとしていたというわけか。で、大公世子は?」


 エルネストはもうこの世の人ではない。死体はあの後そのままゴミのように捨てられ行方知れずになっている。


「ロルバンディア軍を追撃してヴァレリランドに向かっています。そこで私は元帥の支援をするために四個艦隊を率いて、ヴィラール星域へと向かっています」


「援軍として来てくれるのか?」


「流石にエフタル公や、レスタル達を筆頭とした面々を相手にするのは心苦しいと思っている奴らも多いでしょう。ですから、圧倒的な兵力をもって、私とザーブル元帥が一緒に入れば、奴らの士気をくじくこともできるはずです」


 猛将コルネリウスが合流すれば、そのまま三倍の兵力と、ロルバンディア軍を撤退に追い込んだ事実を公表すれば、流石のエフタル公も矛を収めてくれるはずだろう。


 馬鹿馬鹿しい戦いの幕引きはここで下すべきではないか? そんな思いがザーブル元帥が脳裏を駆け巡った。


「分かった。まずは今後の状況を確認したい。早速合流して会議を行おう」


「もちろんですよ、是非、コーデリオン中将も同席させてください。あんなんでも、ディッセル侯の甥っ子ですからね。ちゃち入れられて、終わるものも終わらないようなことになったらバカらしいですからね」


「分かっているさ。コルネリウス、何としてもこの馬鹿馬鹿しい戦いを終わらせるぞ」


「ええ、期待してください」



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