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第31話 茶番はここまで 後編

「ロルバンディア軍が撤退?」


 酒が入った頭のまま、自室にてコーデリオン中将はザーブル元帥からの通信を受けていた。


「ロルバンディア本国が攻撃されたらしい。大公世子エルネスト殿が現在追撃しているそうだが、コルネリウスが四個艦隊を率いてこちらに向かっている」


 冷静な表情のままなザーブル元帥に、コーデリオンはややイラついてしまう。


「つまり、我々が圧倒的に有利ということですな?」


 ロルバンディア軍が攻めてくることへの恐怖から、コーデリオンは酒に逃げていたが、ロルバンディア軍がいなくなったとすれば、数で劣るエフタル軍は孤立無援となる。


「ではこの三倍の兵力で、奴らを粉砕してやりましょう! これで宰相閣下に吉報を伝えることもできますしね」


「……まずはコルネリウスと合流してからだ。その後に策を考えよう」


「はは、考えることなどあるのですかね?」


 酒に逃避していたとは思えないコーデリオンの勇ましさに、ザーブル元帥は辟易としているようだが、コーデリオンとしてはこれで叔父に相応の戦果を伝えることができると気合が入った。


「合流した後は、コルネリウス大将を先鋒にして攻めればいい。ロルバンディア軍に勝った提督が援軍として来てくれるのであれば、奴らも終わりです」


 勇ましい発言をしながらコーデリオンは、形勢が逆転したことを確信した。コルネリウスとは決して馬が合わない、というよりも正直嫌いな男ではあるが、戦場では役に立つことは間違いない。


 猛将コルネリウスが四個艦隊を率いて援軍に来てくれるのであれば、この戦いは勝ったも同然である。


「とにかく、コルネリウス合流後に会議に参加してくれ」


「ええ、そうさせて頂きますよ」


*****

「なかなか、勇ましかったですな」


 参謀長のダンドリオンがそう言うが、ザーブル元帥は眉間を押さえた。


「コーデリオンは愚かすぎる。今更降伏などするものか」


 酒に逃避していた男が、援軍が到着すると連絡が着た瞬間にここまで調子に乗ってしまうことにだ。


「エフタル公が降伏するなら、初めから反乱など起こさん。仮に一個艦隊で反乱を起こしたとしても、最後の一人になるまで戦うだろう」


「エフタル公からやりかねませんな」


 エフタル公の教えと信頼を受けていたザーブル元帥が、今いるミスリル軍の中で最もエフタル公のことを理解している。


 それだけにダンドリオンも、ザーブル元帥の意見に賛同した。


「ですが、事態は好転するかもしれませんね」


「どうだろうな? 勝ったところで先がない。それに、私はこの戦いが終わったら退役する」


 元帥の発言に、ダンドリオンは無言のままため息をついた。


「閣下がお決めになられたことであれば、私は何も言い返すことは出来ません」


 ザーブル元帥はエフタル公辞任後、ほぼ一人で軍をまとめてきた。エフタル公の反乱も事前に予期しており、防止に動いていたのだが、ディッセル侯やアレックス王の反感を買い宇宙艦隊司令長官職を辞職させられてしまった。


 退役した後も、こうして好き放題に利用されているザーブル元帥の姿を見ると、ダンドリオンは残ってほしいとは言えなかった。


「心配するな、多少は世の中マシになるはずだ」


 それを一番信じていないのがザーブル元帥であることをダンドリオンは分かっていたが、そう思わなければならないほどに今のミスリル王国には先がない。


 それだけに、わずかでも前向きな気持ちを持たなくてはならないことを、ダンドリオンは自覚させられてしまうのであった。


******


 コルネリウス率いる艦隊が到着すると、さっそくコルネリウスはザーブル元帥の旗艦へと向かった。


「元帥、到着が遅れて申し訳ございません」


 到着早々、コルネリウスはザーブル元帥に頭を下げた。


「コルネリウス、貴官らしくないな。やはり貴官も、エフタル公とやり合うのが嫌か?」


「宇宙艦隊に所属する者で、エフタル公と戦いたがるアホいませんわな」


 コルネリウスが高らかにそう言うと、ダンドリオンは思わずホッとする。コルネリウスは不平不満が服を来ており、同時にかなりの皮肉屋だ。


 だからこそ、この膠着している状況を、打破するきっかけを作ってくれるのではないかと思えた。


「ダンドリオン、貴官もよく元帥閣下を支えてくれたな」


「いえいえ、それよりもロルバンディア軍をたたき出した話は後程聞かせてください」


「分かってる分かってる。ちゃんとその辺の武勇伝は聞かせてやるからな」


 コルネリウスが明るく振舞う中で、ダンドリオンは安心したが、ザーブル元帥だけは唯一眉を顰めていた。


「コルネリウス、貴官は何かおかしいぞ?」


「何がですか?」


「お前、ずいぶんと気分がいいようだな」


「そうですか?」


 惚けた顔をするコルネリウスだが、ザーブル元帥はコルネリウスへ疑いの視線を向けていた。


「いつものお前なら、ロルバンディア軍を追撃できなかったことに対して、愚痴を連発していたはずだ。何故俺にちゃんと殺されない!と騒ぎ立ててもおかしくない。かといってそこまで熾烈な戦いをしたわけではない癖に、やけにおとなしいな」


 愛国心の靴を履いているとはいえ、コルネリウスは不平不満の服を着ていることで有名な男だ。


 それが、妙におとなしく優しい言葉をかけることにザーブル元帥は違和感を感じていた。


「……はは、分かっちゃいました?」


 コルネリウスは笑うと、腰のブラスターを素早く抜いてザーブル元帥へ向けて引き金を引いた。


「申し訳ございません元帥閣下」


「コルネリウス……貴様……」


 撃たれた元帥はそのまま膝をつきながら、床へと倒れこんだ。そして、それを合図に一斉に陸戦隊員たちが、周辺を制圧していく。


「コルネリウス大将、これは?」


「安心しろ、貴官らに危害を加えるつもりはない。同じミスリル軍同士、殺し合うなどもってのほかだ」


「閣下、何故ザーブル元帥を……」


「勘違いするな、殺してはいない! 傷つけてもいないぞ。スタンモードで気絶してもらっただけだ」


 コルネリウスは初めから、ザーブル元帥を殺すつもりなどはなかった。そこでブラスターをスタンモードにし、ザーブル元帥を気絶させることを考えたのであった。


「ダンドリオン、銃を向けたことと貴官らを結果として、裏切ったことに対しては謝る。だが、もうこれ以上俺たちが下らない連中の下で、くだらない戦いをする必要性などどこにもない」


 陸戦隊に拘束されるダンドリオンは悔しそうでありながら、コルネリウスの言葉に納得しているような顔をしていた。


 ザーブル元帥のように国家で忠実であることを利用され、好き放題にされている状況を見ると、ここで勝ってもなんの意味もないことを悟っているからであろう。


「おい! これは一体どういうことだ?」


 陸戦隊によって無力化された艦隊司令部の面々とは対照的に、監察官というイマイチな立ち位置でやってきたコーデリオン中将が吠えながら司令部へとやってきた。


「誰だコイツ? いかにもバカっぽそうな顔しているなあ」


「私はコーデリオン中将だ! ディッセル侯の甥だぞ!」


「ほう、貴様があの無能の甥っ子か?」


 コルネリウスはブラスターを仕舞うと、ザーブル元帥を陸戦隊員たちに任せると、そのままコーデリオンに近づく。


「コルネリウス大将、これは一体どういう茶ば……」


 コーデリオンが話しかけてから数秒後、彼の顔面にコルネリウスの鉄拳が突き刺さっていた。


「ぎゃあああああ!!!血、血、血が!!!!」


「うるせえなあ」


 コルネリウスはつま先でコーデリオンの腹部を、鋭く突きさすように蹴った。槍で突かれたかのような痛みと共に、コーデリオンは口から吐しゃ物を巻き散らかしながら、床を汚していく。


「血が流れてるのは生きてる証拠だろうが? 血の代わりにオイルを流してやろうか……って汚えなコノヤロウ!」


 汚物を巻き散らかすコーデリオンに、コルネリウスは追撃して更に蹴り続けた。コーデリオンに振り回されていた司令部の面々は、コルネリウスを誰一人として咎めずにいた。


「たく、あんなクソジジイの甥っ子だからってイキってんじゃねえぞ! どうせあいつら今頃は死刑台送りなんだからな」


「閣下、それはどういうことですか?」


 たまりかねたダンドリオンが尋ねると、コルネリウスは深呼吸をして昂る気持ちを落ち着かせる。


「ロルバンディア軍は撤退なんてしていない。エルネストは処刑され、今頃アウルス大公率いる本隊はトールキンに向かっているよ」


「閣下、まさか?」


「すまんなダンドリオン、俺はどうも愛国心の靴を脱ぎ捨てたみたいだ」


 不平不満の塊と呼ばれながらも、コルネリウスは誰よりも味方を助け、窮地の時には最大の活躍をしてきた。その彼が平然とこう言ってのけた時点で、ダンドリオンはミスリル王国の滅亡を、否応なく気づかされてしまうのであった。


「マルケルス大将に連絡しろ。司令部は無力化したとな。ここからはゴミ掃除だ。諸侯派で逆らう奴はこのゴミ野郎のようにしておけ」


 部下にコルネリウスは、半殺しにされたコーデリオンを指さしながらそう命じた。


 こうして、元ミスリル軍大将、コルネリウス・ウル・ハーマン大将は、ロルバンディア軍第一機動艦隊司令官として、友軍であるエフタル軍を救援したのであった。

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