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第32話 王国の幕引き 前編

「どうすればいい?」


 誰もいない自室で、一人アレックスは弱気になっていた。


 エルネストは蹴り殺されるという、惨めな最後を遂げ、その艦隊はコルネリウスらの寝返りと共にロルバンディア軍に吸収。


 そしてロルバンディア軍は一路トールキンへと迫っており、これを阻める者は現状存在しない。


「このままでは、私もエルネストのように殺されてしまう」


 帝国と枢軸国の敵となったとはいえ、もとはロルバンディアの大公世子であったエルネストが、まるで奴隷以下の扱いを受け、虫けらのように蹴り殺されてしまった。


 エリオス・ヒエロニムス大将を筆頭に、旧ロルバンディア軍の軍人の怒りがすさまじく、それを一切躊躇させずに実行させたアウルスに、アレックスは心の底から恐怖を感じていた。


 そんな恐怖の中で、フローラからの通信が入る。アイリスとの通信の中でのやり取りにて、アレックスは彼女のことを見限っていた。


「陛下、よろしいですか?」


「何の用だ?」


 不機嫌そうなアレックスに、フローラはいつもの愛くるしさや可愛さを全面に押し出していたが、今となってはそれもアレックスの癇に障っていた。


「殿下、先日は失礼しました」


「そうだな」


 あの時、フローラは我が身惜しさに自分だけ助かろうとしていたために、アレックスの不興を買っていた。


 正直アレックスは、愛情がそのまま憎しみにもなったことからフローラとの仲を清算しようと考えていた。


「先日のお詫びも込めて、謝罪いたします」


 愛くるしい姿を見せながらも、素直に謝る彼女の姿は今も十分に美しくは見える。しかしアレックスはあの時の我が身可愛さから、自分だけ助けようとしたこと、そこから来る不信感がフィルターとなり、わざとらしく見えていた。


「それで今更何の用だ?」


「陛下に進言したいお話がありました。是非、直接私の口から言わせてください」


 あの無邪気な可愛らしさから、一転して真面目になったフローラの姿に、アレックスも真剣さを感じ取った。


 その必死さからアレックスは彼女の話を聞くことにしたのであった。


******

 宰相ディッセル候は、顔に大きな痣を作りながら執務室にて唸っていた。


「どうすればのだ……」


 アウルス大公の最終勧告と、アイリスの宣言、そしてアレックスとアイリスとの婚約が意図があった政略結婚であったこと。


 特にエフタル公の娘であるアイリスとの婚約は王家にとって、非常にメリットがあることを知ったアレックスは、盛大にディッセル候を批判し、言い訳することしかできずにいたこの瘦せぎすの宰相をしまいには殴りつけたのであった。


「何故私は、あんな愚か者を信じてしまったのか」


 ファルスト公の腰巾着に甘んじていたディッセル候は、アレックスからの寵愛を得るためにエルネストを匿った。


 エルネストとその艦隊を匿うことで、ディッセル候はアレックスからの信頼を得ることができた。


「何故、宰相になどなろうとしてしまったのか……」


 ファルスト公が病に倒れた後、後継の宰相はエフタル公に決定していた。しかし、軍事のトップにいるエフタル公が、宰相まで兼任することは軍部の独裁が進み、諸侯の力はますます衰える。


 エフタル公は宰相になった場合、元帥位を返上するつもりでいたのだが、そこに付け込む形でアレックスの寵愛を得たディッセル候が宰相の地位に立った。


 その結果、エフタル公は退役し、ディッセル候は古き良き時代を取り戻そうとした。


「その結果がコレか……」


 ファルスト公により、ミスリル王国の諸侯たちは大きく力を奪われ、王家と国軍、そして官僚たちが力を付けていき、一時期にはブリックスやアヴァールからも一目おかれるほどの大国となった。


 それは諸侯たちの犠牲で成り立っていると、ディッセル候は思っていた。実際その通りであったが、宰相となったディッセル候が真っ先に知ったのは、諸侯たちの無能さであった。


「これほどに愚かな者たちを、私は守ろうとしていたのか」


 その愚か者には自分も含まれていた。ヴァンデル伯を外務大臣にしても、小国は何とか出来ても、大国相手には関係を悪化させる。


 彼以外の諸侯にしても、まともな業務もできず、むしろ悪化させていた。諸侯たちは自らの利権を守ることに固執し、王国への忠義などみじんもない。


 ムダートやトラストら元帥たちは、その位に満足しているだけの無能者。自分から戦うことすらもできない役立たずだ。


「全てはこの国のためのはずだったのに!」


 ファルスト公は諸侯の力を削りに削りまくった。そして、その浮いた金を軍事費と共に商人たちへと使っていた。


 それに憤慨し、古き良き時代を取り戻そうとしたはずが、結局それは亡国の道であったことに、今更になってディッセル候は気づかされたのである。


 その結果、ヴァレリランド回廊は突破され、エフタル公は反乱を起こし、しまいには宇宙艦隊の半数はロルバンディア軍に寝返ってしまった。


 ここから挽回する手は潰えた。だがそれはミスリル王国の滅亡を意味しない。まだディッセル候には最後の切り札が存在したのであった。


******


「あれがトールキンですか」


 ロルバンディア軍総旗艦インドラの艦橋にて、ウイリス・ケルトー大将はそう呟いた。


「それなりに美しい星ですなあ」


「有人惑星は大体が美しく見えるものだ。こうして見る分にはメルキアと変わらんな」


 アウルスは茶を口にしながら、ミスリル王国の首都星であるトールキンを眺めていた。


 今、ロルバンディア軍はトールキンの外縁部にまで接近しており、アウルスはトールキンとメルキアを比較しながら自国の首都星と、これから占領する敵国の首都星を比較していたのであった。


「見る分にはそうですなあ、醜い有人惑星は見たことはないですよ」


「当たり前だ。だが、地上に降りた時の都市の規模や仕組みの方が重要だ」


「殿下、それはちょっと意地が悪いですよ。メルキアは殿下が宰相閣下らと共に四年もかけて整備しているのに。新しさと伝統を織り交ぜたメルキアに比べたら、大半の有人惑星は全部田舎惑星ですよ」


 ケルトーがアウルスを窘めるが、ケルトーが言うように、ロルバンディアの首都星メルキアは旧大公家の因習などを破棄し、自然と科学を調和させ、超高層建築物と共に伝統的な建築物を共存させた都市となっている。


 効率性を極限まで高めるとともに、快適な生活を送りながらも誰もが安心して娯楽や芸術を楽しめるようにしたメルキアは、連合側からも高い評価を受けるほどの観光スポットにもなっていた。


「トールキンには高層ビルも存在しないからな。退廃的で古風な建物ばかりだそうだ」


「いまだに機械やシステムを導入しないで、無駄で非効率な生活してるんでしょうな。いっそのこと、文明捨てて石器時代からやり直させた方がいいのでは?」


「……案外その方がいいのかもしれんな」


 ぽつりと呟くアウルスに、ケルトーは思わず目をギョッとさせた。この若き主君はいざとなったらえげつない手段を平気で実行するからだ。


「どうせ我々は侵略者だ。古き因習を捨て去り、そこに新しい街を一から作り直して、メルキアのような快適な都市を作り上げるのも悪くはないな」


「で、殿下、それはまずいですよ。降伏してきたミスリル軍の面々の家族もいるし、そんなことしたら、この国を征服することもできなくなりますよ」


「冗談だ」


 アウルスは、いたずらっ子のような態度でそう言ったが、そのいたずらのレベルがケルトーすら手を焼くほどの恐ろしい代物であるたけに、彼は主君の戯言を戯言として受け止めなかった。


「アイリス様にも同じことを言ったんですか?」


「言えるか、こんなこと」


「では私の方からアイリス様に伝えてこようかなと……」


 「ちょっと待てケルトー! 余計なことをするな!」


 今アイリスは疲れて居室で休んでいた。そこでケルトーは主君の失言を進言するつもりであったが、アウルスはケルトーを引き止めようとした。


「殿下、今の失言は頂けませんなあ。殿下は名君ですのに、あの暗君や佞臣どもからミスリルの民を解放するのが殿下の使命ではありませんか」


「いきなりどうした?」


「その殿下が、街づくりに便利だからと吹っ飛ばすなど、それは暗君のやることですよ。殿下ほどのお方が、あんな阿呆の真似をしてどうするのです?」


 ケルトーはふざけた言動が多いが、意外に弁が立つ。それが、彼を嫌う者にはより嫌わせるのであるが、その意見は正論であるだけにアウルスは逆にそこを気に入っていた。


「軍人である私には都市開発など専門外ですよ。ミスリルの民が殿下の偉大さに気づけば、皆率先して殿下のため、そして自分のためにこぞって素晴らしい都市を作ってくれるでしょうよ」



「……お前は時々いい事を言うな」


「はは、私は殿下の最初の臣ですからなあ。殿下のことは誰よりも知り尽くしておりますゆえ」


「そうだったな」


 ケルトーはアウルスが幼い頃に付けられた武術指南役であり、今やこうして艦隊司令官として活躍している。


 そして、アウルスは戦争よりも都市開発や芸術を好んでいることも、ケルトーは知っているからこそ、ロルバンディアのようにミスリルの民のことを考えるように促したのであった。


「その時はお前が総督をするか?」


「いやあ、まつりごとにはとんと疎いものですから……」


「失礼します!」


 二人の間に割って入る形で、部下がやってきた。


「どうした?」


「トールキンより通信が入りました」


 アウルスは果たしてどんな通信が入ってきたのかを考えていた。既にマルケルス率いる別動隊は、ザーブル元帥率いる討伐艦隊を無力化し、戦いを終えている。


 もはや、ミスリル王国にはまとまった機動兵力は存在しない。そのことを知った彼らがどんな泣き言を言ってくるのかが気になった。


「案外降伏宣言かもしれませんな」


「それはそれで楽でいいのだがな」


 アウルスとケルトーの発言に、部下はキョトンとした顔になっていた。


「あの、何故お分かりになられたのですか?」


「何?」


「ディッセル候の名で殿下に降伏したく、通信がありました。是非、殿下の判断を仰ぎたく……」


 部下からの報告と、宰相の名前が出てきたことにアウルスは一つの可能性から、一つの結論を出した。


 それは極めて愚かな判断であり、まさに暗君の行動と言えることであった。


「逃げたか、アレックス……」


 宰相ディッセル候からの降伏宣言に、アウルスはミスリル王、アレックスの逃亡を悟ったのであった。


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