目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第32話 王国の幕引き 後編

 マクベス・ディル・アウルスは、ミスリル王国の首都星トールキンを初めて占領した人物となった。


「予想以上に、古臭い都市惑星だな」


 大気圏を突破し、旗艦インドラの艦橋から見えるトールキンの街並みはアウルスの好みではない古ぼけた建造物が立ち並んでいた。


「トールキンは景観を大切にするために、あえてこうしているそうです」


 時期大公妃であるアイリスがそう言うと、アウルスは苦笑してしまった。


「景観か。それは分かるが、その割には古ぼけているだけで全く洗練されていないな。単なる懐古主義者の趣味、それも極めて悪い趣味で出来ているな」


「メルキアの街並みは壮大でしたから」


 アイリスはロルバンディアの首都であるメルキアを、初めて訪れた時を思い出していた。


「広大な高層ビルが立ち並ぶ中で、文化遺産とも言える建物が並列し、そのどちらも利用できることに私は驚きました」


 アイリスが止まったホテルは各国の要人は無論のこと、連合からの外交官や富豪も利用していた。また旧大公家の居城について、アウルスは美術館として一般開放していた。


「あの城はちょっと趣味に合わなかったからな。外見はともかく中身は不便すぎる。それを美術館や公園と併設させることで、臣民に利用してもらった方がいいだろう」


 平然と答えるアウルスではあるが、それもアイリスは彼を好きになった理由でもある。


「殿下は決して豪奢ではありませんからね」


「そうかな? 私は欲しいと思ったものなら何でも手に入れるぞ」


 アイリスに視線を向けると、黒髪の時期大公妃は頬を染め、闘将と評される偉丈夫はニヤニヤとほくそ笑む。


「殿下は最高の宝物を手に入れておりますからなあ」


 ケルトーは自分の主君が、アイリスという賢女にして女傑を手に入れたことを揶揄すると、アウルスは途端に不機嫌になった。


「やっぱりお前ではなくマルケルスにしておくべきだった」


「ちょっと! 殿下そういう言い方は酷いですよ!」


「マルケルスはお前のようなことは口にしない。エリーゼにいろいろと暴露してやろうか?」


 ケルトーは自分の愛妻エリーゼのことを口にされると、急に背筋を伸ばして身を正す。


 あまりにも分かりやすい態度に、アイリスは笑ってしまった。


「アイリス、覚えておくといい。ケルトーが何かふざけたことを言って来たら、まず私とエリーゼに言うんだ。そうすればこの男は自然におとなしくなる」


 弱みを握られたと思うケルトーの態度に、さらにアイリスは笑っていた。これからアウルス達はミスリル王国の首都星を制圧しようとしているのだ。


 にもかかわらず、この二人はまるで食事をするためにレストランへと向かうかのような、そんな極めて日常的な態度を取っていた。


 首都星を陥落させる大事に直面している中の態度を見て、改めてミスリル王国がなぜ滅ぶのかを思い知った。


 名君と賢臣、そして名将たちがそろっているからであることを。


*******


 ロルバンディア軍は旗艦インドラと共に、8個艦隊がトールキンへと降下する。残りの艦隊はシュリーゼ提督が率いることで衛星軌道上を固めていた。


「殿下、宇宙港の制圧は完了致しました」


「ご苦労だった。では、我々も向かうとするか」


 アウルスは立ち上がると、アイリスに向けて手を差し伸べた。


「君にとってはあまりいい思い出ではないだろうが……」


「お気遣いいただきありがとうございます。ですが、すでにトールキンは殿下の領土ですよ」


 思わぬ形でトールキンに戻ってきた。婚約破棄からたかだか数か月程度の話であるが、アイリスは敗者としてこの星を去り、勝者側として戻ってきた。


 その事に複雑な思いを抱きながら、アイリスはアウルスと共に王宮へと向かい、そこで宰相ディッセル侯と対峙したのであった。


「貴公が宰相か?」


 ケルトー率いる陸戦隊に警護され、アウルスとアイリスは王宮の一室にて、宰相であるディッセル侯と向き合った。


「事ここに至った今、臣下の務めを果たすべく、私の独断にて……」


「誰がしゃべることを許した?」


 冷たく鋭利な矢の如く、アウルスはディッセル侯を睨みつけながらそう言った。


「貴様の言い訳を聞くために、我々はここに赴いたのではない。降伏は受諾した。後は、貴様らは敗者としての立場を理解した上で、どう振舞うかを確認に来ただけだ」


「ジジイが調子乗ってるんじゃねえぞ! 国王が逃げたから敗戦処理するだけだろうが。殿下はお忙しいお方だ! その貴重なお時間を、無駄で無意味な時間ばかり使うテメーの小さい物差しで判断してんじゃねえぞ!」


 アウルスの冷徹な発言にかぶせながら、ケルトーが机を叩いて罵倒を浴びせると、ディッセル侯は目を白黒させていた。


 その姿に思わずアイリスも笑ってしまう。そして、いかに自分が狭い世界で右往左往させられていたのかが分かる。


 婚約破棄を告げられた時、その中にディッセル侯もいたのだが、この瘦せぎすな老人は実に悪辣な笑みを浮かべていた。今のアイリスには様々な苦難を体験したからか、あの時にあったディッセル侯の覇気が感じられなくなっていた。


「それとも、仕切り直してもう一度こちらは戦ってもいいのだぞ?」


「そりゃ最高ですなあ。ヴァレリランドは簡単に突破してしまったし、ろくに戦わないで気づいたらトールキン陥落ですからなあ。まあ、エフタル公がいないミスリル王国などリンゴの入っていないアップルパイのようなものです」


「同感だな。そんな体たらくだから、ザーブル元帥も活用できず、コルネリウスはすんなりと下った。まあ、コルネリウスら宇宙艦隊の降伏に関してはアイリスの手腕によるところが大きいがな」


 アウルスが嫌味を交えてそう言うと、アイリスもわざとらしく堂々としていた。


「愚かな主君は害悪ですが、コルネリウス大将らはアウルス殿下という名君と出会えました。そのおかげで、ロルバンディア軍は勝利しました。愚かな国が賢臣に支えられた強国に勝てるわけがありませんから」


 アイリスの主張に瘦せぎすの宰相が睨みつけるが、すかさずケルトーが椅子を蹴り飛ばした。


「貴様、誰に向かってガン垂れてんだ!? 時期大公妃であるアイリス様に対して、なんちゅうクソ生意気な態度を取っているつもりだ!」


 ケルトーの剛足に蹴飛ばされた椅子は、無残に破壊され、ディッセル侯を筆頭にミスリル王国の面々は迂闊な発言どころか、態度を取るとどうなるのかを思い知った。


「どうも貴様らは、敗者の立場というものを分かっていないようだな?」


「そ、そのようなことは……」


 めいっぱいの虚勢を張りながら宰相は金髪の大公に向けてそう言うが、数々の激戦を潜り抜け、賢臣や名君たちを見てきたアウルスには敗戦国の宰相は塵芥にしか見えなかった。


「確かに降伏は受諾した。だが、そちらの条件は一切の抵抗はしない、トールキンを明け渡し交渉に着く。本来これだけでも我々をバカにしているのが分かるな」


 アウルスは降伏は受諾したが、その内容までは順守するつもりは一切なかった。


「だが降伏は受諾すると!」


「やはり貴公も無能だな。宮中での立ち回りと、暗君へのおべっかは上手でも、私には通用せんぞ」


「つくづく、殿下をバカにしておりますな」


「国王がこの危機に逃げ出すような国だ。政権を担っていた者も、所詮はこの程度。トカゲの分際でドラゴンを指揮するからこうなる」


 アウルスとケルトーの容赦ない嫌味に、ミスリル王国の面々は分かりやすい嫌悪感を見せるが、その姿にアウルスはさらに手を打つ。


「そんな物分かりの悪い貴公らにも、私の要求を分かりやすく伝えよう。ケルトー」


「は!」


 ケルトーが立ち上がると、アウルスはディッセル侯の隣にいた文官を指さす。ディッセル侯の腹心だった人物であることをアイリスは思い出すが、ケルトーはそのまま彼の胸元を掴む。


「てめえも大公殿下は無論のこと、アイリス様に対しても生意気な態度取っていたよな」


 アイリスが来る時に彼は露骨なまでに嫌悪感を出していたが、アウルスはそれを察していた。


「ケルトー、しっかりと敗者の立場を分からせてやれ」


「かしこまりました」


 偉丈夫のケルトーに襟元を掴まれ、怯える腹心の態度にディッセル侯も恐怖を感じていたが、ケルトーは彼の股間を盛大に蹴り上げる。


 激痛で絶叫するが、休む間もなくケルトーは鋼の拳を彼の顔面に命中させ、さらに追い打ちをかけて顔面を踏み続けた。


 肉が潰れ、骨が砕け、さらに脳漿すら漏れて、物言わぬ肉塊へと変化していく中で、ミスリル王国の面々は自分たちの立場をやっと受け入れつつあった。


 敗者という立場には、生殺与奪すらも全て勝者に奪われるということを。


 そして、自分の生存すら勝者に支配されるという事実に気づかされた。


「まだ分からん者がいるならば、次は誰を始末させようか?」


「殿下、流石に疲れるので次はブラスターを使ってもいいですか?」


「構わんぞ。さて、これで貴公らも少しは賢くなったかな」


 頭部を徹底的に踏みつぶされ、部下が物言わぬ肉塊となったことにディッセル侯はようやく自分が誰と戦っていたのかを再認識させられた。


 マクベス・ディル・アウルスは、彼が仕えていたアレックスとは雲泥の差を持った覇王であったことを。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?