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第33話 敗者の落日①

 部下が殺された事に、ディッセル侯は自分が果たして現実に存在しているのか、それを疑いたくなった。


 そもそも、アレックスを筆頭にヴァンデル伯とフローラ、そしてトラスト元帥とムダート元帥が逃亡したことを知ったのが昨日。


 書置き一つ残して逃亡したことだけが玉座に残され、ディッセル侯は敗北を受け入れるべく降伏したのだが、今彼らは降伏の場ではなく文字通りの処刑場にいることを自覚させられた。


「そこの宰相、私がなぜケルトーに貴公の部下を始末させたかが分かるか?」


「それは大公殿下のご機嫌を損ねたからで……」


 何とか返答を試みるが、金髪の大公は鼻で笑っていた。


「やはり貴公は無能だな。所詮は暗君に媚びるだけしか能がないということか」


 好き放題に言われ、流石のディッセル侯も恐怖から怒りを覚えてきたが、粗相をしでかせばさらに多くの部下たちが殺害されるために、彼は怒りをこらえていた。


「アイリス、君なら何故私がこうしたと思う?」


 アウルスは黒髪の公爵令嬢に話を振ると、彼女はこの殺伐とした空気の中でも堂々と気品と気高さを失わずに口を開いた。


「敗者の立場を分からせるため、そして、真の降伏を果たすためでしょうか?」


 思わずぶりな口調で答えるアイリスに、ディッセル侯を筆頭にミスリル王国の臣民たちはあっけに取られていたが、その姿にアウルスは軽く拍手をした。


「流石はアイリスだ。そこの宰相とは雲泥の差だな。貴公らは、降伏というものをまるで分かっていない」


 笑顔から一瞬で覇王、そして暴君らしい冷酷な表情となったアウルスは、佞臣たちに向けてそう言った。


「国王が勝手に逃亡したとはいえ、宰相ごときが勝手に降伏して戦いが終わると思っているのか?」


「ですが、その陛下がいないことには……」


「ディッセル侯、大公殿下の真意が理解できないのですか?」


 かつてはアレックスのために尽力し、アイリスを追い落とそうとしていたディッセル侯に彼女は呆れてしまった。


 ここまで思考が回らない男に自分が振り回されていたと思うと、アイリスは悔しさや憎しみよりも呆れることしかできなかった。


「アレックス王は逃亡した、その代わりにあなたが最高位の臣下として降伏を決意した。ですが、アレックス王が再起をかけて立ち上がった場合はどうされるのです?」


 アイリスの発言に、ようやく瘦せぎすの宰相が気づいたらしい。


「アレックス王は逃走しただけ。ですが古来より、逃走した君主が再起を果たしたことなどいくらでもありますよ」


「担ぎ上げる者もいるだろう。私に追い落とされたと、支援する国がいたら新たなる戦争の原因となる」


「我々に陛下を始末しろと言うのですか?」


 ディッセル侯が、アウルスの真意に気づいた時、ようやく他の文官たちが右往左往し始めていた。


「奴は退位したわけでもない。玉座から逃げたとはいえ、王を辞めたわけではないのだぞ。それに、逃げたことすらどうせ貴官らは気づかなかったのだろう?」


 国難を招いて逃亡したアレックスと、そんな暗君にこびへつらうことしかできなかったディッセル侯をアウルスは皮肉たっぷりにそう言った。


「そんな貴公らにそこまでの事を求めてはおらん。奴を物理的に始末することはできないが、死んだことにすることは出来る。言いたいことが分かるな?」


 アウルスはディッセル侯の目を睨みつけるが、ディッセル侯は途端に目を逸らす。ある意味、彼自身も暗君に振り回された苦労人ではあるが、同時にその暗君に好き放題させた加害者側であることをアイリスは思い出す。


「どうもまだ分かっていないようだな」


「殿下、始末しますか?」


 ケルトーが尋ねると、金髪の大公は不適な笑みを浮かべた。


「物分かりが悪い宰相がいると、臣民は苦労することになる。そこの左に座っている奴を始末しろ」


「了解!」


 ケルトーは意気揚々とディッセル侯の隣に座っていた、大臣の首根っこを掴んでそのまま引きずって顔面を蹴り飛ばす。


 前歯が数本へし折れると、そのまま床に転がる大臣の姿にミスリル王国の重臣たちは再び惨劇を目撃することになった。


「ケルトー、ブラスターを使え」


「は!」


「やめてくれえ!!!!!」


 命乞いする大臣の願いは叶うことなく、ケルトーはブラスターで大臣の頭を打ち抜いた。


「全く、貴様らはとことん罪深いな。私はここまで貴様らに生きるための方法を教えてやったというのに」


 アウルスは悪態をついているが、アイリスはこの惨劇や殺戮には、アウルスなりの計算と無益な戦争を終わらせたいという思いが込められていることを知っていた。


 本来ならば、まさに暴君の所業であるのだが、アウルスが考える国家の大計を考えれば、些事に過ぎないからである。


「殿下、私から一つよろしいでしょうか?」


 見かねたアイリスは思わず口を挟む。同輩をも助けようとしない、己の体に血が通うことしか考えられない者たちに慈悲を与えるつもりなどさらさらなかったが、これ以上無駄な時間を費やすことが無意味であると思ったからである。


「君がそういうならば仕方ないな」


「ありがとうございます」


 アイリスはわざとらしく大げさな態度を取る。


「ディッセル侯、愚かな宰相であるあなたにも分かりやすく伝えましょう」


 かつて見下していたはずの政敵ともいうべき、公爵令嬢にぞんざいな態度を取られても、死という恐怖の前に彼はすっかり怯え切っていた。


「アレックス王を廃位するのですよ」


「廃位?」


 あまりにも予想外の言葉にディッセル侯は思わず叫んでしまったが、途端にアウルスとケルトーに睨まれ、身をすくませる。


「殿下は間違いなく、アレックス王やあなた方の統治とは比較にならぬほどの善政を行います。おそらく、ミスリル王国は間違いなく豊かな国となるでしょう」


 皮肉まみれの発言に、アウルスはほくそ笑み、ケルトーなどは大声で無礼ではあってもせいで胃に笑っていた。


「しかし、アレックス王が再起を決意した時どうなると思います?」


「それは、つまりまた戦争が起きると……」


 ディッセル侯の認識の甘さに、思わずアイリスはため息をついた。


「罪なき民が戦争に巻き込まれることになるのですよ。あなたは宰相として、真っ先にそれを考えるべきではないのですか?」


「ファルスト公ならば真っ先にそう答えたであろうし、ファルスト公がいれば私はルーエルラインを突破することも、トールキンを占領することもなかっただろうな」


 アイリスは瘦せぎすの宰相に呆れつつ、アウルスは追い打ちをかけるように彼を前任者であるファルスト公と比較させることで、無能ぶりを指摘した。


「しかし、廃位とは……」


「アレックスは阿呆だ。奴自身に何の価値もないが、国を失えども王という立場には価値がある。その価値を目に付けた他国が「国を取り戻さないか?」と考えたらどうする?」


「あの方は愚かですから、領土半分を割譲を要求されても実行しそうですね」


 アウルスが指摘した危険性と共に、アイリスはアレックスの愚かさを揶揄する。否定したいディッセル侯ではあるが、この状況で逃げ出したアレックスに対し、彼も忠誠心を失っていた。


「しかし臣下が王を廃位するなど前例が……」


「このトールキンを占領された前例は、私がやるまでにあったのか?」


 懐古主義者の瘦せぎすの宰相に、金髪の大公は首都星を陥落させた事例を突きつけた。


「別に構わんぞ、できないなら貴公らは三族皆殺しだ」


 三族皆殺しという単語が出てきたことで、ディッセル侯を筆頭に全員が驚愕する。三族皆殺しとは罪人の父方、母方、そして妻の実家まで含めた一族を文字通り皆殺しにすることを意味する。


 マウリヤ帝国開闢以来、幾度か行われてきた残虐な刑罰にして処刑であるが、現代ではあまりにも残忍で厳格すぎるために実行することはほとんどない。


「お、お言葉ですがアウルス大公は名君であるのでは?」


「私の本質は暴君であり異常者だ。でなければ、部下たちの命を犠牲にして、ルーエルラインを突破しないし、貴公らを二名も殺害させていない。お得意の甘言は、相手を選んでやるべきだな」


 ディッセル侯の主張をあっけなく打ち砕きながら、ケルトーはふてぶてしく笑っていた。


 そして、二名の重臣たちの死体はそのままになっており、その雑な扱いが彼らの現在の状況を物語っていた。


「それにだ、貴公らの一族を皆殺しにしたところでせいぜい5000人というところだろう。トールキン10億の民、ミスリル王国の民たちに比べれば取るに足りない数字だ。貴公らを皆殺しにして彼らを安寧に導けるのであれば、何の問題もない」


 アウルスは常に臣民の事を優先させる。だからこそ、常に民の暮らしや平穏を考え、その結果四年でメルキアは繁栄し、ロルバンディア全体が豊かな国となった。


「だが、私も残忍さを誇るつもりは毛頭ない。貴公らが助かりたければ、私がこれから提案することを実行してくれればいい。そうすれば、貴公らの一族は助けてやる」


 金髪の大公にそう言われ、全員が助かりたい一心で前のめりになる。生殺与奪を完全に握られている中で、彼らは自らの生存を優先させようとしたのであった。


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