頭痛に悩まされながら、ミスリル王国国王ミスリル・ディル・アレックスは目を覚ます。
メンブレン侯に出されたワインをホテルで飲み干しながら、どうやって残忍非道なロルバンディアの
「いい夢を見たようだな」
寝ぼけているのがと思い、アレックスは目をこするが、目の前には覇気溢れた金髪の髪の大公がいた
「ひええ!!!!」
立ち上がろうとしたと同時に腰が抜けたアレックスとともに、隣にいたフローラも軍服を着たアイリスの姿に同じく腰を抜かしていた。
「一体、なぜこんなところに」
「おかしいか?」
混乱する二人はひたすら困惑しながら、かつて婚約破棄の屈辱を与えたアイリスと、自分たちを首都星から逃走を選ばせたロルバンディアの覇王と対面した。
「まあいい、それにしてもあまり座り心地のいい椅子ではないな」
玉座を馬鹿にするアウルスではあるが、アレックスは激怒することもできずに呆然としていた。
確かに彼らはつい先日トールキンを脱出しレフレックス星域の惑星メンブレンにいた。
ところが改めて、トールキンの居城に戻っていたことが信じられなかった。
「醜態を見せつけ申し訳ございませんでした」
呆然としている王と伯爵令嬢に対して、メンブレン・エル・オーウェンは跪いてアレックスではなく、アウルスに詫びを入れた。
「そうだな、あまり愉快ではない。それにこいつらが今更できたところで何の価値もないからな」
「そ、それはどういうことで?」
フローラがおびえた顔をしていると、アイリスが少々憐れむような表情を取った。
「それにしても不思議ですね。なぜ
「殺された?」
首をかしげるフローラと、困惑するだけのアレックスに、アウルスはごみを見るような眼をしていた。
「先日処刑したディッセル候が全部暴露したぞ」
「処刑? 暴露?」
意味が分からないという表情をしているアレックスだが、アウルスは玉座にて頬杖を突きながら泰然自若としていた。
「ディッセル候はアレックス王とその婚約者を処刑し、私に降伏しようとした。奴らは盛大に暴露してくれたぞ」
意味が分からない。トールキンがロルバンディア軍によって制圧される前夜、国王、アレックスは婚約者であるフローラと、その父ヴァンデル伯から一つの提案を受けた。
「再起を図るために、ここはあえてトールキンを脱出しましょう」
ヴァンデル伯の提案にアレックスは不機嫌になったが、圧倒的な兵力を有したロルバンディア軍相手に、現状のミスリル王国軍では対抗することが不可能であることはアレックスも理解していた。
「……どこに逃げるというんだ?」
「メンブレン侯が統治するレフレックス星域です」
レフレックス星域はミスリル王国では辺境に位置するが、メンブレン侯は宰相ディッセル候により大臣職を辞職させられた過去があった。
「メンブレン侯は愛国者です。うまくすれば和睦を仲介してくれるかもしれません」
外務大臣のヴァンデル伯がそう言うのは、本末転倒かもしれないが、他国に名の通った人物という意味ならば間違いなくメンブレン侯よりも上だ。
「それにメンブレン侯はディッセル侯を恨んでいるはず。ディッセル候の後釜として、宰相に任命するとなれば、きっと喜ぶでしょう」
ヴァンデル伯がそう言うと、アレックスもメンブレン侯とディッセル候との対立を思い出す。
懐古主義者であり保守派のディッセル候と、現実主義者で革新派のメンブレン侯はまさに水と油。
対極に位置する二人は常に激論を交わしていたが、最終的にはディッセル候が勝利して、メンブレン侯は故郷へ戻ってしまった。だがアレックスはディッセル候を辞職させることでメンブレン侯を復職させる手筈を考えていたのである。
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「それにしてもメンブレン侯を頼るとは……愚かですね」
アイリスがそう言うと、アウルスは思わず笑ってしまった。
「溺れる者は藁をもつかむというが、自分から首吊りの罠に引っかかったようなものか」
「そうですね、ですが殿下、この二人は相当な不埒者です。今は亡き、アレックス王とフローラ嬢の名を騙るなど」
アイリスがそう言うと、アウルス死んだことにされた二人の滑稽な姿を再び見る。
「仕方あるまい、誰もが王と王妃は名乗りたがるものだ。だが為政者がそんなものにいちいち腹を立てるのもみっともない話だ」
「そうですわね」
わざとらしく、アイリスは同意するが未だに愚者二人は理解できていないようだった。
「ディッセル候曰く、自分たちの身の安全のためにアレックス王とフローラ嬢を殺害したというぞ。私にミスリル王国を与えたいとな」
無能で頑固な懐古主義者ではあるが、不忠者ではない。そんなことはあり得ないとアレックスは反論しようとするが、アウルスの覇気に気圧され反論できずにいた。
「ディッセルは大罪人として先日、電気椅子で処刑した。彼は懐古主義者だったからな。国王を弑逆する大罪人にふさわしい死を与えた。見たいか?」
ミスリル王国における王族殺し、大逆罪への罰は、三族皆殺しか、電気椅子による感電死が執行される。
電気椅子は大罪人に苦痛を与えるために執行され、実施された場合は全身が黒焦げになるまでじっくりと電気による通電が行われる。
できるだけ長く、苦痛を与えることで大罪人を裁くことと、王族殺しの大罪人に厳しい罰を与えるためだ。
「そうか、実に情けない死に方だったからな。自分の主君を弑逆しておきながら、伝統ある大逆罪にふさわしい死を与えたにも関わらず、泣き叫ぶだけだった。大国の宰相としては実に情けない小人だったよ」
アウルスは一国の宰相を電気椅子という惨い方法をもって処刑をした。一方でその死をハエや蚊を叩き潰した程度の感覚にしか認識していない。
その態度にアレックスはアウルスの本当の恐ろしさを理解し始めた。その気になれば、人を殺めることも一切容赦も手加減もしないということを。
「そして、貴様らのことだが……正直どうでもいい。アイリス、構わないかな?」
玉座に座りながら、アウルスは二人を見下しつつ、次期大公妃であるアイリスに尋ねる。
アイリスもわざとらしく悩むふりをした。
「そうですねえ、ですがすでに死体も処分されていますし、ディッセル候は大逆人として処刑しています。今更それを覆すのも面倒というか……」
「とすれば、ここにいるこの二人は偽物と判断するべきかな?」
「その通りではないかと」
「ちょっと待て!」
アレックスが何とか勇気を振り絞って口にするが、ごみを見るような眼をしたアウルスの目に思わずひるんでしまう。
「わ、私たちは今こうして生きている!」
「そこだよ、私も不思議に思っている。ディッセル候は己の安全を買うために貴公らを処刑したという。故に、私は大逆人にふさわしい刑罰を実行した。ところがだ、オーウェン卿からレフレックスに貴公らがやってきたと連絡を受けた。これはどう解釈するべきか?」
既にディッセル候は処刑されており、真実は明らかにする術がない。アウルスは不思議と言わんばかりの表情を取る。
「わ、私たちは既に殺されているということですか?」
場違いともいえるフローラの発言に全員呆れてしまうが、アイリスは諦観を込めて「そうです」と答える。
「だかららこそ、困っているのですよ。ディッセル候はアレックス王とともにフローラも殺害したと自白。罪を一身に背負って、電気椅子により処刑されております。今更、それを精査するのも面倒ですが、かといって一国の王とその婚約者が生きているというのも問題ですね」
「別に問題はないだろう。アレックス王らは弑逆され、実行犯のディッセル候は処刑した。それ以上もそれ以下もない事実だ。揺るぎのないものとしてな」
アイリスの問いに、アウルスは淡々と答えた。
「さて、私も忙しいのでな。今更、こんな些末な話に付き合ってはいられない。とはいえ、あの愚かな王に巻き込まれてしまったとあれば、貴公も可哀そうだ。幾何かの金を与えるので素直に立ち去るがいい」
アウルスは玉座から立ち上がり、その場を去ろうとした。納得がいかないアレックスは食って掛かろうとするも、アウルスの冷静な青い瞳の前に、再び威圧される。
「まだ何か用か?」
「い、いや、何も……」
「こんなのおかしいです! 私たちは生きているんですよ!」
おびえたアレックスとは対照的にフローラが叫ぶと同時に、アイリスとオーウェンはため息をつき、アウルスは指を鳴らすと玉座の間に、兵士たちが駆け付けた。
「ならば、本当に殺すしかないだろうな」
兵士たちがブラスターライフルを構えると、アレックスはその場に屈服し、流石のフローラも大人しくせざるを得なかった。
「望み通りに殺してやろうじゃないか。私が死んだと言えば、死んだことになる。それが、玉座に座る者の発言の意味であり、重さというものだ」
アウルスはブラスターを抜くと、フローラの足元に光弾を放った。とたんに、世間知らずの伯爵令嬢はその場で尻餅を付く。
「私は無益な殺生を好まない。だが、君主として臣民のためにならない相手は処断することを心掛けている。アレックス王は死に、ミスリル王国の王位は絶えた。そして、ミスリル王国は私の支配下に収まる」
ヴィラール星域での戦いも終結したという報告も入り、ミスリル王国は現在、アウルス率いるロルバンディア軍の支配下に落ちていた。
「その状況で、生きているという発言を通すということは、私の一連の行動にケチをつけるということ。そうすれば、私としても貴公らを生かしておくわけにはいかなくなる」
アウルスはブラスターでフローラの髪の一部を撃ち抜くと、彼女はたまらず怯えた表情でアウルスを見上げていた。
アレックスとは比べ物にならない程の怪物であり、恐ろしい君主であることをやっと理解し始めたからである。
「単なる冗談ということであれば、今の話はなかったことにしよう。しかし、そうではないのであれば、貴公らは虚言をばらまく者として電気椅子に座ってもらうしかないな」
再び、アウルスからの助命が提案されると、アレックスもフローラもその提案をようやく受け入れることにした。
電気椅子によって処刑されることが恐ろしいだけではない。この覇王と戦うことがいかに無謀であり、真に恐ろしいことをようやく理解したからである。
彼らは自分たちの決断を大いに悔やんでいた。アレックスはアイリスとの婚約破棄、フローラは側室ではなく王妃になろうとしたことを。
高望みしすぎたツケを彼らは身をもって理解したのであった。