五百年以上経過したマウリヤ帝国を中心とする枢軸国の歴史の中で、ミスリル王国はロルバンディア大公国によって完全併合された。
過去何度か、いくつかの国々が併合されたが、八王国が完全に攻め滅ぼされて大公国に併合されることは前代未聞のことであった。
「おめでとうございます」
立体画像にて宰相ケッセル侯を筆頭に、尚書令であるジョルダン、軍務大臣であるガスコン元帥、外務大臣であるジュベールら閣僚たちが一斉に、玉座に腰かけるアウルスに跪いた。
「貴公らが本国を固めてくれたおかげで、今回の遠征も成功した。むしろ、私の方こそ感謝する」
玉座から立ち上がり、アウルスは閣僚たちに向けて頭を下げた。
「畏れ多いことです。ですが、ここからが大変となりますな」
ケッセルの一言に閣僚たちはもちろんのこと、アウルスも頷いた。ミスリル王国にある莫大な鉱物資源と領土をアウルスは手に入れてしまった。
その結果、枢軸国のパワーバランスは大きく変化することが予想される。それでも、アヴァールやブリックスには及ばないが、その二か国に次ぐマクベスやベネディアを凌駕するほどの力を手に入れていた。
そうなれば、強くなりすぎたロルバンディアに向けて大なり小なり、妨害工作などが活発化するのは避けられない。
「だが、これで我が国に面と向かって喧嘩を吹っ掛ける国は減るだろう。幸いなことに、我々はミスリル王国軍宇宙艦隊をほぼ無傷で手に入れることができた」
アイリスの活躍と、寝返ったコルネリウスらのおかげで、ロルバンディア軍はほとんど損耗することはなかった。
さらに、エフタル公が作り上げ、ザーブル元帥が育てた宇宙艦隊の大半が、ロルバンディア軍の兵力となったのである。
「経済面においても、ミスリル王国を手に入れたことでこの資源を我々が一括管理することができた。さらにワームホールゲートの有効性から、物流が活発となればその利益は莫大なものとなるだろう」
本来は民生用に使うはずのワームホールゲートを、今回の戦争にて活用したが、死の壁とも言うべきルーエルラインを容易く突破することができた。
「ワームホールゲートの軍事的な有効性は無論のこと、経済面における有効性は確認できた。真正面切って戦争を仕掛ける国は減る。だからこそ、隙を作ろうとする者が出てくるだろう」
「すでに何か国かが、動いている節もあります」
情報機関の長でもあるジョルダンからの報告にアウルスは不適に微笑む。
「それは結構なことだ。だが、しばらく戦争をするつもりはない。今回は最小限の損害で済んだとはいえ、ミスリル王国とロルバンディア、両方の統治に専念する必要性がある」
「ミスリル王国は旧態依然であり、連合との取引も活発ではありませんしね」
「そうした要素を一つ一つ変えていかなくてはなりませんな」
ジュベールと農林水産大臣であるヴァルナス侯が言うように、ミスリル王国はルーエルラインという壁があることから、経済に関しては国内で自己完結し、さらに連合との取引も活発ではなく、商慣習は無論のこと、経済システムそのものが非効率なままであった。
「今後、連合との取引も間違いなく増える。法制度とともに、ミスリル領とロルバンディア、両者ともに格差が生じることなく、また差別が生まれるようなこともあってはならないと私は考える。これに関してはぜひ、諸君らの力を貸してほしい」
戦場においては勇猛果敢な将であるが、政治家、為政者としてのアウルスはかなり謙虚であった。
基本的には要点を定めた上で、閣僚たちはに業務を任せた上で、報告を聞きながら判断をし、決断する。そのサイクルを彼は心掛けているが、国家的な大プロジェクトとなるものに関しては、自ら会議を主催することで、彼らに実行を促す。
この簡潔なやり方からロルバンディアは行政処理能力が効率化されており、結果、たった四年でミスリル王国を併合してしまうほどの国力を有したのであった。
「我ら一同、殿下の下で国家を繁栄させることを第一と考えております。是非、我らをお使い下さい」
宰相ケッセル侯を筆頭に、全員が頭を下げる中でアウルス彼らの忠誠心、そして愛国心を感じていた。
そして、彼らに相応しい主君であることを心掛けた。
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ヴィラール星域での戦いが集結し、 エフタル公率いる艦隊は宇宙艦隊司令長官であるマルケルス大将と合流した。
そして、コルネリウス大将とエリオス大将による掃討と治安維持のために残ると、エフタル公を筆頭としたエフタル軍の面々は、改めてトールキンへと参上したのであった。
「お父様!」
宇宙港に到着した老齢の父に、アイリスは思わず抱き着いた。厳しく、それでいて優しく自分を育てた父との再会を彼女は心よりうれしく思っていた。
「しばらく見ないうちに成長したな」
「嫌ですわお父様、まだ半年も経過しておりませんのに」
「そんなことはあるまい。どことなく大きくなった気がするぞ」
ミスリル王国の軍権を一任されていただけに、エフタル公はアイリスが成長したことを感じ取っていた。
「前は線が細かったが、今はいい意味で大きくなった。やはり、アレックス王などではなく、アウルス大公の影響か?」
「大公殿下とともに、多くの方にご助力していただきました」
アウルスは無論のこと、ケッセル侯らロルバンディアの閣僚や、ラートルやマルケルス、ケルトーらロルバンディア軍の名将たち、そして間接的な支援を行ってくれたブリックス王クラックス。
そして、自分と同じく婚約破棄を受けながらも確実な幸せを手に入れたレティシアからの助力も得て、アイリスはミスリル王国へと凱旋することができた。
「苦労をかけてしまったな」
「お父様のせいではありません、これは私が選んだことです。ですが、こうしてお父様と再会できたことが何よりもうれしいです」
父の手を握りしめながら、アイリスは気づけば涙を流していた。こうして再会できたこと自体が奇跡であり、その運の良さや父を筆頭にした家族を巻き込んだことに対する罪悪感とともに、心からアイリスは家族と再会できてうれしく思ったのである。
「アイリス無事だったか!」
「無事で何よりだったよ」
次兄のサラムと、三兄のイラムが駆け付けたことにアイリスは涙を流しながらも横んでいた。
そして、一人落ち着きながらもゆっくりと長兄のレスタルも現れ、全員が無事であったことに安堵する。だが、全てはここからであることも賢い彼女にはわかっていた。
問題は山積していることや、遺族への補償、ロルバンディア大公国の一員としての行動や、アウルスとの婚約等々。
だが今はただ、家族との再会をアイリスは喜びたかった。自分の行動によってもたらした勝利のために。
そして、自分の行動を後押しし、文字通り命をかけてくれた家族のために。