「トールキンが落ちただと……」
愕然とした表情でグリフィス公ガルシアは、椅子に座りこんだ。
「ロルバンディア軍はアウルス大公直々に攻め入ったそうです。いやあ、すさまじいですな」
まるで感心したかのように、そう口にする男にガルシアは思わずにらみつける。
「褒めてどうする! 貴公が持ち込んだ話ではなかったか?」
ガルシアが怒鳴りつけるが、彼は禿げ上がったガルシアとは対照的に、ひょうひょうしながら黒髪をなびかせていた。
「その通りですが、特段問題はございません。予想以上にディッセル候、そしてアレックス王が惰弱であっただけの話です」
ミスリル王国の国王と宰相を、彼は平然とした態度で小ばかにしていた。
「それはその通りだが……このままでは当初の計画が吹き飛んでしまうではないか。それでいいのか、ヴァルド辺境伯?」
ヴァルド辺境伯と呼ばれた男は、にこやかな態度を見せる。
「全くございません。惰弱な王と宰相が滅んだだけのことですよ」
にこやかに、だがその顔はどこか狂気を帯びていた。ヴァルド辺境伯の態度にガルシアも落ち着きを取り戻すために、深呼吸を行う。
「そもそも、この状況でどうやってひっくり返すつもりだ?」
「いくらでもございますよ。アウルス大公はまさに傑物、時が時ならばおそらくはブリックス以上の大国を作り上げていたかもしれませんな」
マクベス・ディル・アウルスはマクベス王国の第四王子の立場から、ロルバンディア大公国を支配し、そして今はミスリル王国をも陥落させた。
ヴァルド辺境伯は関心しながら、彼を高く評価する。
「今もその気になろうと思えばできるのではないか?」
「無理でしょうな、これ以上の拡大は周辺諸国が認めません。どの国も同盟を結び、枢軸という形でつながってはいる。ですが、その心はバラバラです」
ヴァルド辺境伯の指摘に、ガルシア公も納得する。枢軸国を構成する八王国十二大公国は、表面上の付き合いこそにこやかで朗らかであるが、腹の底では他者の幸運を妬み、不幸を喜ぶ癖がある。
「そんな状態であれば、周辺諸国が黙ってはいないでしょう」
「勝ちすぎたからこその嫉妬ということか?」
「その通りです。そこで、閣下のお力が必要となります」
落ち着いたガルシア公に、ヴァルド辺境伯は神妙な態度を取り始めた。
「アウルス大公はまだ独身。そして、このミスリル王国が欲しい、であればそこに付け入る隙がございます」
ガルシア公にそう持ちかけると、当人もそのことに気づいたのか深くうなずいていた。
「それに、ミスリル王国を占領したからと言って、ミスリル王国が手に入るわけではございませぬ。全ては帝国が決めることですので」
「ヴァルド伯……」
「大丈夫ですよ閣下、私と閣下の縁が今日まで続いたように、此度の計画も順調に進むでしょう」
「頼んだぞ」
「お任せください。では、私は帝国へと戻りますので」
ヴァルド辺境伯は笑顔でそう答えると、踵を返すようにガルシア公の元を去った。
そして、内心では腸が煮えくり返っていたが、アウルスへの怒り、ロルバンディアへの憎しみを必死に抑え込み、自らが使えるマウリア帝国へと戻ったのであった。