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第1話 新たなる統治 後編

 ボナール・エル・クロード、その名を知った者では二種類の反応が起きる。


 一つはロルバンディアの悪魔、死神の眷族として恐怖し、畏怖し、そしてその場から逃げ出そうとする。


 怪物のような異形の顔は恐怖の象徴でもあり、見るものを恐れされる。


 そしてもう一つの反応であるが。


「これはこれは、ロルバンディアの守護神たるボナール侯が自らミスリルの地にこられるとは」


 メンブレン侯とオーウェンの二人は、杖を突くボナールを気遣って自らやってくる。


「父より聞いております。ボナール侯は瞬く間にロルバンディアの治安を回復させ、賊を取り締まり、今のロルバンディアの統治に貢献されたと」


 メンブレン侯とオーウェンの話から、エフタル公も思い出したかのように、立ち上がると、自らボナールの元に向かった。


「ロルバンディアの内務大臣閣下が自ら来られるとは、歓迎いたしますぞ」


「ほっほ、堅苦しい挨拶は不要ですぞ皆様」


 怪しい笑顔のまま、ボナールは近くの椅子に腰かける。


「申し訳ございません、昨年大病を患ってから体の調子が悪く、杖を突く羽目になりまして。誠にみっともないことで」


「いえいえ、ボナール侯は国家の元老にして、ケッセル侯に次ぐ副宰相。そのお方がこうしてやってきていただけるとは……」


「メンブレン侯、堅苦しさは不要でございますぞ。我らは殿下の旗の下、ロルバンディアという国家に仕えているのです。ましてや賢臣と名高きあなたが私のような老いぼれ如きにそう畏まれるのはよろしくありませぬ」


 堅苦しさを嫌うボナール侯にそう言われて、落ち込むメンブレン侯だが、一方で息子のオーウェンは羨望のまなざしを向けていた。


「ロルバンディアの守護神たるボナール侯にお会いできることを嬉しく思います」


「オーウェン殿、それは少々過剰ですな。私はそのような二つ名を名乗ったことなどありません。それに、私はその二つ名を好いてはいませぬ故」


 年少者に対しても、ボナールは温和で丁寧な形で諫めた。


「ですが、ロルバンディアの統治に閣下が尽力されたと」


「尽力したのは事実ですが、ロルバンディアの統治と治安が向上したのは、私の功績ではなく、優秀な部下たちや閣僚の皆様のご協力あってのこと。そして、私の意見に賛同してくれた大公殿下のおかげ。まるで私一人の手柄と言うのは、決して愉快ではありませんな」


 オーウェンもまた、父親と同じくショボンとしていたが、ボナールの筋の通った意見に落ち込みはすれども尊敬の念は全く衰えていない。


「エフタル公、ボナール侯の顔に驚いているかもしれませぬが、ボナール侯はロルバンディアやマクベスでは、悪魔の顔をした守護天使というあだ名もあるお方です」


 さりげなくエリーゼがエフタル公に耳打ちした。


「顔があんなんだから、初見の方々は驚かれますが、ボナール侯は釣銭一つごまかせない善人ですよ。それに、困っている者がいたら必ず手を差し伸べる優しいお方です」


 エリーゼだけではなく、夫であるウイリス・ケルトーもまた、エフタル公に耳打ちする。


「貴殿らが言うならばその通りなのだろうな」


「訝しむのも当然ではありますが、ボナール侯を悪党呼ばわりするのは、他国のスパイやテロリストだけです。内務省ではボナール侯の悪口を言うなという不文律まであるほどです。それだけ慕われているのですよ」


 ケルトーがそう言うと、実際ボナールが預かる内務省ではボナールの悪口を言う者は袋叩きにされるほどだった。


 旧マクベスからの者たちは無論のこと、ロルバンディアの旧政権からの官僚、警察官たちからボナールは慕われていた。


「ボナール侯は罪ある者ならば、例えそれが大貴族であろうと逮捕し、功ある者ならば平民や下級貴族であっても抜擢いたします。大公殿下もボナール侯は能力だけではなく、その人柄を高く評価されており、信頼しております」


 あえてエリーゼとケルトーは、人柄の部分を強調する。


「はは、そう言ってもらえると嬉しいですのう。ちなみに殿下のご様子は?」


「実は、その……」


 ケルトーが口ごもると、ボナールは憮然とした表情となるが、ただですら独特の怖さを持った顔が凄みを増し、オーウェンは思わず手にしていたコップを落としてしまったほどだ。


 慌ててエリーゼはボナールに耳打ちした。


「なるほど、そういうことか。しかし参ったな、殿下は恋愛事にはとんと疎いお方で、他人の恋愛話など小ばかにすることが趣味であったものを……」


 ボナールもエリーゼやケルトーと同じく、幼少期のころから彼の人となりを知っていた。


 それだけに複雑な顔になるが、事情を知らぬ、エフタル公やメンブレン侯らは戦々恐々としていた。


「まあ良いか。これは殿下の貸しにしておくとして、我らで進められることは進めてしまいましょう」


「よろしいでしょうか?」


 主君を無視して話を進めるボナールに、メンブレン侯は確認を取るがボナール侯は豪快に笑い飛ばした。


「仕方ありますまい。殿下はミスリル王国併合という大役を担っていただきました故。それに、これは殿下に事前に話を進めていたことです」


 そう言うと、ボナールは秘書官に命じて、全員メンブレン侯とエフタル公に資料を渡す。


「それでは、始めましょうか。ミスリル領の統治を進めるにあたっての優先事項を整理いたしましょう」


 メンブレン侯とエフタル公が資料を読むと、そこには意外な内容が書かれていた。


 周辺の鎮撫、諸侯達の召喚、そして、故ファルスト公を祀るための儀礼が記載されていたのだから。


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