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第2話 張り巡らされた糸 前編

「つまり、参上はできぬということですな」


 ロルバンディア第一遊撃艦隊司令官、エリオス・ヒエロニムス大将は目の前にいる老人に向けてそう言った。


「その通りだ。ロルバンディア大公に義はない」


 不躾な態度のままに、ベルナール・ソル・ユーゴ公爵はそう言い切った。


「大体、難癖をつけてミスリル王国に侵略をしてきた上に、大公世子をあのような残虐なやり方で殺すとはな」


 旧ロルバンディアの大公世子、エルネストを殺害したことにベルナール公は嫌悪感を抱いていた。


「お言葉ですが、エルネストは天下の朝敵。帝国から正式に賊として認識されている上に、それを匿うというのは帝国に対する反逆。閣下はそれを肯定しているということでよろしいですかな?」


 エルネストに苦渋を飲まされ、散々な目に遭わされたエリオスとしては、到底容認できる発言ではなかった。


 今、エリオスは艦隊を率いて旧ミスリル領の鎮撫と、有力諸侯のトールキン参上のために説得を行っていた。


 そこで、現在有力諸侯の1人であるベルナール公の下を訪れていたのだが、流石のエリオスもこの偏屈な老人に閉口していた。


「であるならば、堂々と高貴なお方にふさわしい死を与えるべきではなかったのか? あのように無礼な扱いをするなど、アウルス大公には礼節というものがないのか」


「自ら戦争を招き、挙句の果てには国を滅ぼした大罪人に名誉を求められるとおっしゃるので?」


「それが、慈悲というものではないか? ディッセル候にしても、三族皆殺しにするなどやり過ぎというものだ」


 吐き捨てるように、指摘するベルナール公にエリオスは内心はらわたが煮えくり返っていた。


 エルネストは無謀な戦争を仕掛け、多くの兵士たちを失わせ、しまいには国を滅ぼした。ディッセル候も自らの権力欲のために、善政を止めさせて悪政を行い、気づけば佞臣となって国政を無茶苦茶にした。


 そんな大罪人に慈悲や、やり過ぎという言い方に、エリオスは顔には出さないが怒りを持っていた。


「お二人とも落ち着いてください。別に戦争をしにきたわけではないのですから」


 険悪な空気を払うべく、エフタル公の三男であるイラム・ソル・エフタルが間に入った。


「貴公も貴公だ。貴公の父君は自分の娘を嫁がせ、自らの保身を確保して内乱を引き起こした。国家に対する反逆人になるだけで、功臣となるとは、世も末とはこのことよ」


 決してエフタル公も反乱を起こしたいわけでも、ミスリル王国を滅ぼしたかったわけではない。


 せっかくの婚約が、国王の浮気によって一方的に破棄され、家名にこれ以上もないほどの屈辱を与えられたのだ。


 流石のイラムも、妹と父を馬鹿にされたために、内心穏やかではいられなかった。


「では、ベルナール公は同じようなことがあっても、王への忠誠を誓われるのですな」


「何?」


 イラムを庇うかのように、エリオスはいつもよりも冷静な口調でそう言った。


「今回の戦争のきっかけは、アレックス王の不貞と野心、そして無道から始まっています。私は平民ではありますが、不貞によって婚約を破棄するなど、これ以上の恥辱はございません」


「なんだと?」


「ましてや、佞臣の言葉に促され、国益を軽視し、戦争を招いて国家を崩壊に導くようなお方を、ベルナール公は是とされるわけですね?」


 アレックス王の不貞、ディッセル候の専横が今回の戦争を招いたことは、その辺の子供ですら口にしていることだ。


 ベルナール公の態度は、明らかにアウルスらロルバンディアへの悪意が込められていた。


「そういうことを言っているわけでは……」


「では、ベルナール公はそこまでおっしゃるならば、今回の一件のとりなしや、国家を救うために奔走されたのでしょう。そのお立場であれば、確かに我らの言動は無道ですな」


 エリオスがそう言うと、今度はベルナール公の顔が強張る。理由はベルナール公は散々悪態をついているが、今回の事態には一切合切動いていないからだ。


むしろ、ベルナール公は領地に籠ってただひたすらに傍観していただけだった。


「アレックス王を諫め、エリオス公やディッセル候の仲を取り持ち、エルネストを処刑し、ザーブル元帥やコルネリウス大将らを叱咤激励していれば、我らはそもそも宣戦布告などしておりません。そうした行動をとられているお方に失礼な態度をとってしまい、誠に申し訳ございません」


 イラムはエリオスの言い方に笑いそうになり、口を押えていたが、代わりにベルナール公はエリオスを憤怒の表情でにらみつけていた。


「言っておきますが、大公殿下は私のような平民、しかも最後まで戦った敵将であっても厚遇し、国家と臣民のために尽くすべしと道を示す名君でございます。忠節を尽くし、大義を重んじ、臣民のために尽くすものならば殿下は決してぞんざいな扱いは致しませぬ」


 エリオスはアウルスを持ち上げるが、これは暗にベルナール公に対する皮肉でもあった。


 エリオスは旧ロルバンディアでも首都攻防戦まで戦い続けたが、その実力と忠誠心を評価され、アウルス直々に軍への参加を求められ、今に至る。


 ところがベルナール公は、婚約戦争前は無論のこと、婚約戦争後も何もしていない。悪態をついているだけに過ぎなかったのだが、エリオスはそれを皮肉ったのである。


「この平民上がりが!」


「これは申し訳ございません。ですが、私は現在アウルス大公より大将としての地位を当たられております。それを軽んじる意味は当然ながらお分かりでしょうね?」


 淡々とエリオスは口にするが、ベルナール公の狼狽は止まらない。


 軍の最上位階級である元帥の次に格式を持つ大将位は、枢軸国内では侯爵と同等として扱われる。


 ましてや、大公という国家元首の命を受けてやってきた相手にぞんざいな態度を取るのは、文字通り喧嘩を売るようなものだった。


「まあ、考える時間はまだございます。私では釣り合わぬというのであれば、大公殿下をお呼びいたしましょう」


「そんなことができるのか?」


「殿下は私の平民上がりであっても重用致しますので。ただ、殿下は慈悲深く、同時に素晴らしい徳の持ち主ですが、その時はさらに艦隊を引き連れてくるかもしれませんね」


「私は恫喝するつもりか?」


「とんでもない。殿下は迂遠で無駄なことを何よりも嫌うお方であると忠告しただけです。それに、恫喝ならば我々は四個艦隊を引き連れております。この艦隊を使った方が恫喝としては手っ取り早いかと」


 ベルナール公は今更ながらにハッとするが、すでに四個艦隊を引き連れてエリオスがやってきている時点で、自分の状況をようやく悟った。


「まあ、殿下ならば速戦即決と口にされるかもしれません。殿下は面倒事程、果断に解決されますから」


 エリオスが立ち上がると、そのままイラムも釣られて立ち上がった。


「どこに行く?」


「殿下の下へ帰還致します。ベルナール公には是非、賢明な選択が出来るよう、お祈り申し上げます」


 こうしてロルバンディアの大将と中将はその場を後にした。ベルナール公はがっくりと肩を落とすと、別室の扉から一人の男がやってきた。


「凄まじい恫喝でしたな、ベルナール公」


「ああ、貴殿の言う通りだったなヴァルド伯」


 ヴァルド辺境伯はソファーに腰かけると、ベルナール公を酒を酌み交わす。


「あれがロルバンディア、いや、アウルス大公のやり口ですよ。国を分断させ、内側から壊乱させて戦争を仕掛ける」


「そして、気に食わない相手は軍事力で潰すか。無道にもほどがあるではないか」


 呆れた口調でベルナール公はそう言うが、ヴァルド伯は常ににこやかでいた。


「それで、グリフィス公はどう動かれる?」


「グリフィス公もトールキンに参上するとのことです」


 以外な返答にベルナール公がキョトンとした。


「なぜだ? グリフィス公も当初は不参加だったはずでは?」


「状況は刻一刻と変化しております。それに、現在トールキンにはほとんどの諸侯が参上していないとのこと」


「誠か?」


「ええ、おそらくは諸侯の方々も内心はアウルス大公に反発されているのでしょう」


 実際はベルナール公のように、状況を伺っているだけに過ぎないのだが、そこはヴァルド伯が巧みに扇動していた。


「そんな状況の中で、あえてグリフィス公と共にベルナール公、あなたが諸侯らを引き連れてトールキンに参上すればどうなると思いますか?」


 ヴァルド伯の意見に、ベルナール公は一瞬で酔いが覚める。


 現状、エフタル公やメンブレン侯ら、一部の諸侯だけがトールキンに参上していない中で、グリフィス公とベルナール公らがトールキンに参上すれば、それは服従ではなく威圧を意味する。


「なるほど、それは面白いことになりそうだ」


「奴らに思い知らせてやりましょう。負けたのはアレックス王とディッセル候であって、我々ではないということを」


 不適な笑みを見せたヴァルド伯と共に、ベルナール公もまた痛快な気持ちのままに、トールキンに向かうことを決意した。


 ミスリル王国は滅んでいないことを、ロルバンディア大公国の面々に分からせてやるために。

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