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第3話 義民が駆ける 前編

 帝国には辺境伯という役職が存在する。


 マウリア帝国は広大な支配領域を有しており、多くの諸侯を抱えているが、その中でも辺境伯という役職は侯爵位と同等であり、権限は公爵以上のものを有していた。


 というのも、辺境伯の役割は帝国領の防衛を目的としており、複数の星域の支配権と共に独自の軍事力の保有、そして、皇帝の命令を受けなくてもそれらを運用する権限を与えられていた。


 そしてそれは行政と軍事だけではなく、独自の外交権すら有していた。それを利用する形で、ヴァルド辺境伯はミスリル王国のグリフィス公と密かに手を結んでいたのであった。


「いやいや、一時はどうなるかと思ったが流石はヴァルド伯だ」


「アウルス大公も覇王とは言いますが、こうした陰謀事はどうもからっきしのようですな」


 上機嫌なグリフィス公に対して、ヴァルド伯も安堵の表情を見せた。


「まさかトレノフ公だけではなく、ベルナール公まで賛同してくれるとはな」


 トレノフ公もベルナール公も、ファルスト公とディッセル候時代から冷や飯を食わされ中央の政治に関われなかった諸侯であった。


 能力はともかく、両家共にミスリル王国開闢以来の名門貴族であり、そのコネクションはミスリル王国の諸侯たちと幅広い形で所有している。


「両家共に、エフタル公やファルスト公よりも名門です。家格が低い者たちの専横にはうんざりされているご様子でした」


 エフタル家やファルスト家もミスリル王国では名門ではあるが、トレノフ家とベルナール家は王国開闢以来の名門である。


「そうよのう、両家共に王家の血も引く王族でもある」


「はは、それでもグリフィス公が一番の名門ではありませぬか。何しろ、グリフィス公爵家は王室の血を代々引いているのですから」


 ヴァルド伯が言うように、グリフィス家はミスリル王国の中で一番高貴な名門にして、王族でもあった。


「それほどのこともないが、私の場合は父が先々代の王だっただけだ」


 まんざらでもない口調でグリフィス公はそう言った。


 元々、グリフィス家自体、王家から血を分けた分家だ。特に現在の当主であるグリフィス公ガルシアは、アレックス王の父の弟、つまり伯父の立場であった。


「世が世ならば閣下が王でありましたな」


「その通りよ。兄上は可もなく不可もなくという人物であったが、その分臣下に振り回されていた。特にファルスト公とエフタル公には困らせたものよ」


「うかつに逆らえば、艦隊を差し向けますからな」


 ファルスト公が宰相となり、エフタル公が最高総司令官を務めたころ、真っ先に二人がやり始めたことは強力な中央軍である宇宙艦隊の設立であった。


「言うことを聞かねば、ザーブルやコルネリウスといった連中が押し寄せてくるからな。我らは実に閉口させられたわ」


 ヴァルド伯は頷きながらグリフィス公のご機嫌を取るが、内心ではファルスト公とエフタル公の手腕は認めていた。


 諸侯たちは基本的に中央の言うことを聞かない。


 独自に領地と軍事力を有している中で、中央政権の指示に忠実に従っていては損をすることが多々ある。


 それに諸侯たちを好き放題させていれば反乱を起こされる危険性が高い。そこで、ファルスト公は数々の政策を実施する上で、盟友であるエフタル公に宇宙艦隊を統括させ、反発する諸侯がいれば、艦隊を差し向けるという強硬策を取っていた。


「流石の我らも、エフタル公率いる艦隊には逆らえぬわ。ファルスト公の時代は、まさに苦渋と忍耐の日々であった」


「ですが、今やファルスト公もおらず、エフタル公も老人になり果てました」


「しかし、ロルバンディア大公はどうする? あれはファルスト公とエフタル公を合体させたような男ではないか?」


「閣下のご慧眼は流石ですな。確かにその能力はとびぬけていますが、私から見ればまだまだ未熟。それに、諸侯たちの七割はこちらの味方です」


 アウルス達の強硬的なやり方は、高貴な身分である諸侯たちから忌避を買うには十分すぎた。


 それに、ファルスト公らの強権的な政治に嫌気を指していた者も大勢いる。


 その反発もあり、ヴァルド伯による工作は順調に進み、今や七割もの貴族たちがグリフィス公と密約を交わして盟主となっていた。


「それに、アウルス大公は臣民たちを味方にしようと思っていますが、それも上手くはいきますまい」


「ヴァルド伯の手腕はすさまじいな。もうそこまで手を打っているのか?」


「お任せください。私に任せていただければ、ミスリル王国を復活させてごらんにいれます」


 笑顔で答えるヴァルド伯に、グリフィス公は感激するが、同時にヴァルド伯はアウルスを出し抜けたことに有頂天となっていた。


 そして、彼の策は諸侯だけではなく、アウルスが最も大切にしている臣民にも及んでいるのだから。


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「メンブレン侯を解放しろ!」


「私たちには閣下が必要なのよ!」


「閣下を助命してくれるならば金はいくらでも惜しまないぞ!」


「ああ! 閣下を死なせてなるものか!」


 現在トールキンの宇宙港には、レフレックス星域からの商人たちが一斉に駆けつけており、彼らは総督であるメンブレン侯の解放を求めて抗議活動を行っていた。


「どうか大公殿下に直訴させてくれ!」


 彼らの代表であり、レフレックス星域一の富豪であるユンカース・ノイマンがロルバンディアの憲兵たちに直訴状を見せた。


「申し訳ないが、我々にそんな権限はない」


「では権限を有したお方にお取次ぎ願えないか?」


「それはおそらく可能だが……」


 ロルバンディアの治安を守る国家憲兵隊は平民も多い。実際、ユンカースの対応をしている小隊長も平民出身であった。


「おうおう、すごいことになってるなあ」


「シュタミッツどん、着任早々大変なことが起きてるな」


 この騒動を見物するかのように、一人の軍人と憲兵がやってくると、小隊長は途端に敬礼する。


「よく訓練されとるなあ」


 間の抜けた言い方をしながら、ウイリス・ケルトー大将は返礼すると、彼の隣にいた偉丈夫も黙って返礼する。


「閣下、なぜこのようなところに」


「王宮に連絡が入ったので見に来た。それに、彼らは殿下への直訴が目的となれば、相応の人物が対応した方が面倒がなくていい」


「仕事さぼるのにうまく使える言い訳だな。俺も今度真似させてもらうわ」


 金髪の偉丈夫に、ケルトーがそう言うと彼は深くため息をつく。


「ケルトーどん、お前さんも出世して重責担っとるんだろ。エリーゼどんが聞いたなら泣くだろうなあ」


「大丈夫だよ、お前さんが黙ってくれればバレる要素がない」


「殿下経由でバレたら倍で怒られるぞ」


「……冗談だよ冗談。シュタミッツどんもさ、俺の冗談ぐらいわかってくれてもいいだろ。俺たち親友じゃん」


「親友だから苦言しとるんじゃい。まあそれはともかくとして……」


 シュタミッツと呼ばれた憲兵はユンカースと向き合う。


「ユンカース・ノイマン殿ですな。小官は殿下にお仕えしております、カレル・フィル・シュタミッツと申します。殿下に直訴したいというのは誠でございますか?」


 ユンカースに向けてシュタミッツは礼を持って接すると、ユンカースも少し落ち着きを取り戻す。


「ええ、我らはメンブレン侯の解放を求めてやってまいりました。メンブレン侯はレフレックスになくてはならぬお方です」


「そうでしょうね。小官も殿下に仕える身であり、何度か同伴させていただきましたが、メンブレン侯は真の政治家でした」


「おお、ロルバンディアの方々にもわかっていただけましたか」


「もちろんですとも。ちなみに直訴とは、メンブレン侯の解放が目的と言うことでよろしいですか?」


「いかにも、これがその証拠です」


 古めかしい直訴状をユンカースが差し出すと、シュタミッツはそれを受け取り中身を確認する。


「これだけの商人たちと、献金……途方もない金額ですな」


 直訴状には、星一つ買えるぐらいの献金と共に、レフレックス星域の名高い商人たちはもちろん、ユンカースを含めて、ミスリル王国の中でも五指に入る大商人達の名前が書かれていた。


「メンブレン侯の価値を考えれば、こんな金などはした金です」


「わかりました。小官から取り次ぎましょう。その代わりユンカース殿、商人の皆様を王宮へとお連れ致します」


「本当ですか?」


 ユンカースが信じられないという顔をするが、ケルトーはほくそ笑みながらユンカースの肩を叩く。


「この男ならそれぐらいできますよ。何しろ、この男は憲兵大将ですからね」


「憲兵大将……シュタミッツ……まさか?」


 ケルトーの言葉にユンカースの顔色が変わる。


「ケルトーどん、あんまり地位やらなんやらを口にするのは」


「第一遠征艦隊司令官の俺よりも、天下の国家憲兵隊総監殿の方が間違いなく殿下に話を通せるだろ。ボナール侯もシュタミッツどんのことをべた褒めしているからな


「あなたがあの、憲兵総監閣下ですか?」


 ユンカースが恐れおののき、後退る。ロルバンディアの国家憲兵隊は精鋭無比にして、治安を守るための命知らずの集団。そのトップがこの金髪の偉丈夫なのだから驚くのも無理はない。


 ロルバンディアの反アウルス勢力を一網打尽とし、宇宙海賊やマフィアらを一掃してきたのが国家憲兵隊なのだから。


「まあ、その、そういう立場でしてね。ともかくユンカース殿、皆様の身の安全は、このカレル・フィル・シュタミッツが責任を取ってお預かりいたします。ありのままの本音を殿下にぶつけてください」


「ちなみに殿下は嘘つかれるのが一番嫌いなんで、馬鹿正直にメンブレン侯を返してくれって言った方が効果的ですからね」


 憲兵総監シュタミッツ大将ケルトーに蹴落とされそうになるユンカースであったが、目的を果たすべく毅然とした態度を取り戻す。


 メンブレン侯を取り戻すという目的を、なんとしても果たさねばならない。


 単に大儲けをさせてもらった恩返しだけではなく、メンブレン侯はレフレックスだけではなく、ミスリルの人々のために無くてはならぬ人物として、ユンカースたちはメンブレン侯を信頼していたからであった。

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