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第126話……夜襲

 月が美しい夜――。

 馬に乗った急使が次々と領主館に駆け込んだ。


「レンド男爵反逆! モルト子爵ご謀反!」


 ラムの領主館にいるフィー姫のもとに、続々と悲報が舞い込む。

 極め付きは次の報告だった。


「ご一族のパウロ伯爵がご謀反!」


「!?」


 この報告にフィー姫はもとより、側近たちも青ざめた。

 パウロ伯爵は大身であるのみならず、領地はラム盆地の中にあり、フィーの本拠であるラムの街のすぐ西側にあったからだ。

 その距離による危機感はより切迫したものであり、フィーの側近たちはすぐに兵を招集した。

 そして当然のように、殿下や私も呼び出されたのであった。




◇◇◇◇◇


 私は姫に呼び出されたが、素直に姫の館へは向かわなかった。

 殿下がどうするのか、その方針を聞いてからでも遅くはないと思ったからだ。


「殿下、いかようにいたしましょうか?」


「何を申して居る? 姫を助け、ケードとの交友を築くまたとない好機ぞ!」


「しかし、情報によれば姫側は劣勢とのこと。パウロ伯爵がケードの主になる可能性もございますぞ!」


 私は地図を広げ、反乱側が優勢なことを説明した。

 だが、殿下は頭を振った。


「常に有利な方につくようでは、人はついてこぬ。王族たるもの民衆の模範になるべきであるぞ!」


 こうまで言われては反論の余地はない。

 マントを翻し颯爽と出立する殿下の姿は、まさに王者の風格であった。


 だが、今は乱世。

 殿下、そう甘くはいきませぬぞ。


 ……そんなことを思ってみたが、私は殿下の決断をとても快く思ったのであった。


「はっ! すぐに参りましょう!」


 私は以前に手配していた傭兵たちを招集。

 さらに、リルバーン公爵家本家とライスター男爵家に援軍を出すように伝えたのだった。




◇◇◇◇◇


 殿下に遅れること一時間。

 私は傭兵250名を率いて姫の館を訪れたのであった。


「ようまいった。逃げ出したかと思ったぞ!」


「ご冗談を!」


 私は姫の謀りを笑って払いのける。


 だが、貴族家として生き残るためには、逃げるのも肝要だ。

 その証拠として、ラム盆地の多くの小さな貴族家は、フィー姫とパウロ伯爵のどちらにもつかず、所領にて様子見をしていたのであった。


「いくぞ! ライスター卿!」


「え!?」


 机に作戦図を拡げようとした瞬間。

 後ろから殿下が現れた。


「何をしておる。いますぐに敵に夜襲をかけるのだ! 遅れずについてこい!」


「……は?」


 私は一瞬きょとんとしてしまったが、元主家が出撃するのについていかない訳にはいかない。

 私はコメットに跨り、傭兵たちに出撃を号令。

 馬にて駆ける殿下の後に続いたのだった。




◇◇◇◇◇


 パウロ伯爵の館が見える高台にて、私は姫の馬の手綱を握った。


「お待ちください。兵が来るのをお待ちください」


「……そ、そうだな」


 眼下のパウロ伯爵の敷地には続々と兵士が詰めかけていた。

 事前に聞いた話では、姫側の兵数が一千、伯爵側の兵士が千五百とのことだった。


 殿下の馬に水を飲ませている間に、傭兵たちが追い付いてきた。


「ではいくぞ!」


 殿下は愛剣を漆黒の闇夜に突き上げた。

 そのあと、私が言葉を続ける。


「相手の館にあるものは乱捕り自由。家中の者への狼藉も許す!」


「おー!!」


 私の卑しい言葉に、傭兵たちの士気は天を突かんばかり。

 ここまで強行軍を続けた疲れもぶっ飛んだようだった。


「掛かれ!」


 我々は闇夜に隠れながら高台を駆け下り、一気に伯爵の館に迫る。

 木槌を使って塀を叩き壊し、敷地の中へとなだれ込んだ。


「夜襲だ!」

「皆、逃げろ!」


「敵の兵数は二万もいるぞ!」

「退却だ! 荷は捨てていけ!」


 優勢をかこって油断していた伯爵側の兵士たち。

 鎧を脱ぎ捨て、寝る準備に入っていた状態であった。


 そこへ、逃げてきた味方に扮し、私が偽情報をばら撒く。


「相手は大軍だ。早く逃げないと殺されるぞ!」


 私は誤ってぶつかった素振りをしながら、篝火や幕舎などを倒し、伯爵の館を火に包む。


「掛かれ! 皆殺しにしろ!」


 ここへきて、殿下の率いる傭兵隊が登場。

 すでに逃げに入った敵に追撃をかけた。


 夜が白みかけたころには、パウロ伯爵の陣は壊滅したのであった。


「勝鬨!」


「えいえいおー!」


 こうして殿下が敢行した夜襲は成功裏に終わったのであった。




◇◇◇◇◇


 朝方――。


 我々の部隊はラムの町へと凱旋。

 民衆の喝さいを得て、姫の待つ館に入ったのであった。


「リルバーンの姫君! 夜襲の儀、お見事です!」


「いえいえ、この勝利を足掛かりに、敵を駆逐してまいりましょう!」


 殿下は姫に褒められ、柄にもなく照れている模様。

 私は、それをほほえましく見ていたのだった。


「乾杯!」


 我々は奇襲に備えつつ、勝利の祝杯を挙げた。


 ただ、私が傭兵たちに約束した報酬の件については、姫から軽く叱責をうけた。

 パウロ伯爵の館にはケードの宝がたくさん収蔵されていたからだ。


 だが、その反面。

 姫側につけば、恩賞が思いのままとの風聞が広がった。


 また、夜襲によりパウロ伯爵をラム盆地から追い払った勝利は大きく、ラム盆地の小領主たちがこぞって姫に忠誠を誓ったのであった。


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