月が美しい夜――。
馬に乗った急使が次々と領主館に駆け込んだ。
「レンド男爵反逆! モルト子爵ご謀反!」
ラムの領主館にいるフィー姫のもとに、続々と悲報が舞い込む。
極め付きは次の報告だった。
「ご一族のパウロ伯爵がご謀反!」
「!?」
この報告にフィー姫はもとより、側近たちも青ざめた。
パウロ伯爵は大身であるのみならず、領地はラム盆地の中にあり、フィーの本拠であるラムの街のすぐ西側にあったからだ。
その距離による危機感はより切迫したものであり、フィーの側近たちはすぐに兵を招集した。
そして当然のように、殿下や私も呼び出されたのであった。
◇◇◇◇◇
私は姫に呼び出されたが、素直に姫の館へは向かわなかった。
殿下がどうするのか、その方針を聞いてからでも遅くはないと思ったからだ。
「殿下、いかようにいたしましょうか?」
「何を申して居る? 姫を助け、ケードとの交友を築くまたとない好機ぞ!」
「しかし、情報によれば姫側は劣勢とのこと。パウロ伯爵がケードの主になる可能性もございますぞ!」
私は地図を広げ、反乱側が優勢なことを説明した。
だが、殿下は頭を振った。
「常に有利な方につくようでは、人はついてこぬ。王族たるもの民衆の模範になるべきであるぞ!」
こうまで言われては反論の余地はない。
マントを翻し颯爽と出立する殿下の姿は、まさに王者の風格であった。
だが、今は乱世。
殿下、そう甘くはいきませぬぞ。
……そんなことを思ってみたが、私は殿下の決断をとても快く思ったのであった。
「はっ! すぐに参りましょう!」
私は以前に手配していた傭兵たちを招集。
さらに、リルバーン公爵家本家とライスター男爵家に援軍を出すように伝えたのだった。
◇◇◇◇◇
殿下に遅れること一時間。
私は傭兵250名を率いて姫の館を訪れたのであった。
「ようまいった。逃げ出したかと思ったぞ!」
「ご冗談を!」
私は姫の謀りを笑って払いのける。
だが、貴族家として生き残るためには、逃げるのも肝要だ。
その証拠として、ラム盆地の多くの小さな貴族家は、フィー姫とパウロ伯爵のどちらにもつかず、所領にて様子見をしていたのであった。
「いくぞ! ライスター卿!」
「え!?」
机に作戦図を拡げようとした瞬間。
後ろから殿下が現れた。
「何をしておる。いますぐに敵に夜襲をかけるのだ! 遅れずについてこい!」
「……は?」
私は一瞬きょとんとしてしまったが、元主家が出撃するのについていかない訳にはいかない。
私はコメットに跨り、傭兵たちに出撃を号令。
馬にて駆ける殿下の後に続いたのだった。
◇◇◇◇◇
パウロ伯爵の館が見える高台にて、私は姫の馬の手綱を握った。
「お待ちください。兵が来るのをお待ちください」
「……そ、そうだな」
眼下のパウロ伯爵の敷地には続々と兵士が詰めかけていた。
事前に聞いた話では、姫側の兵数が一千、伯爵側の兵士が千五百とのことだった。
殿下の馬に水を飲ませている間に、傭兵たちが追い付いてきた。
「ではいくぞ!」
殿下は愛剣を漆黒の闇夜に突き上げた。
そのあと、私が言葉を続ける。
「相手の館にあるものは乱捕り自由。家中の者への狼藉も許す!」
「おー!!」
私の卑しい言葉に、傭兵たちの士気は天を突かんばかり。
ここまで強行軍を続けた疲れもぶっ飛んだようだった。
「掛かれ!」
我々は闇夜に隠れながら高台を駆け下り、一気に伯爵の館に迫る。
木槌を使って塀を叩き壊し、敷地の中へとなだれ込んだ。
「夜襲だ!」
「皆、逃げろ!」
「敵の兵数は二万もいるぞ!」
「退却だ! 荷は捨てていけ!」
優勢をかこって油断していた伯爵側の兵士たち。
鎧を脱ぎ捨て、寝る準備に入っていた状態であった。
そこへ、逃げてきた味方に扮し、私が偽情報をばら撒く。
「相手は大軍だ。早く逃げないと殺されるぞ!」
私は誤ってぶつかった素振りをしながら、篝火や幕舎などを倒し、伯爵の館を火に包む。
「掛かれ! 皆殺しにしろ!」
ここへきて、殿下の率いる傭兵隊が登場。
すでに逃げに入った敵に追撃をかけた。
夜が白みかけたころには、パウロ伯爵の陣は壊滅したのであった。
「勝鬨!」
「えいえいおー!」
こうして殿下が敢行した夜襲は成功裏に終わったのであった。
◇◇◇◇◇
朝方――。
我々の部隊はラムの町へと凱旋。
民衆の喝さいを得て、姫の待つ館に入ったのであった。
「リルバーンの姫君! 夜襲の儀、お見事です!」
「いえいえ、この勝利を足掛かりに、敵を駆逐してまいりましょう!」
殿下は姫に褒められ、柄にもなく照れている模様。
私は、それをほほえましく見ていたのだった。
「乾杯!」
我々は奇襲に備えつつ、勝利の祝杯を挙げた。
ただ、私が傭兵たちに約束した報酬の件については、姫から軽く叱責をうけた。
パウロ伯爵の館にはケードの宝がたくさん収蔵されていたからだ。
だが、その反面。
姫側につけば、恩賞が思いのままとの風聞が広がった。
また、夜襲によりパウロ伯爵をラム盆地から追い払った勝利は大きく、ラム盆地の小領主たちがこぞって姫に忠誠を誓ったのであった。