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第127話……フィー姫の冬、ケードの冬。

 統一歴568年10月下旬――。

 秋の風が冷たくなるころ。


 フィー姫を主とする新生ケード連盟は、リルバーン公爵家のモルトケ率いる三千の援軍を得て、ラム地方を完全に制圧。

 さらにデモーラ城を攻略し、パウロ伯爵軍をネヴィル地方へと駆逐したのであった。


 デモーラ城の謁見の間。

 フィー姫とモルトケの会談が行われる。


「よくぞ援軍にきてくださいました。ケード連盟はリルバーン家を末代までの友といたしましょうぞ」


「もったいなきお言葉。よろしければ、リルバーン家はこれからも力になりまするぞ!」


 この時をもってパウロ公爵軍は、正式に反乱軍と呼称されることに決定。

 さらに、リドリー峠を手にしたことにより、ノエル城との連絡を回復した。

 フィー姫は、名実ともにパウロ公爵との立場を逆転するに成功したのだった。



 ……だが、形勢が変われば、様々な憶測が飛び交う。


「姫様、リルバーン公爵家はこの機に、我がケードを乗っ取ろうとしているのではありませぬか?」


 姫の忠実な側近がこのような発言をするようになる。


「そのような心配は無用だ」


「……さようでございますか」


 だがアルヴィン子爵など、有力な譜代も同じような危惧を抱くようになって、さしもの姫もこれ以上のリルバーン家による介入を頼めなくなってしまったのだ。


「モルトケ殿、またいずれかの地で会おうぞ!」


「かしこまりました」


 姫率いるケード軍はヘザー盆地に防御の軍を残し、パウロ伯爵が逃げ込んだネヴィル地方に4500名の軍を進発させた。

 これに殿下と私も従軍することになる。


 だが、ネヴィル地方の貴族家は、名家であるパウロ伯爵の縁戚が多く、各地で反乱軍が蜂起。

 アガートラム城やその南部のバーシー城のみならず、多くの中小の砦が敵となったのであった。


 姫率いる軍が各地の抵抗を排し、ネヴィル地域の府であるアガートラム城にたどり着いたのでは、雪がちらつく11月になっていたのであった。




◇◇◇◇◇


 統一歴568年11月中旬――。


 山国であるネヴィル地方に強烈な寒波が襲ってきた。

 小さな道は言うに及ばず、主要な街道にも雪が積もり、各地で物流網や連絡網が寸断されたのであった。


 ケード軍本営にて、姫は諜報部から報告を受けていた。


「……で、レビンの賊徒はコーデリアの山脈の深雪に阻まれ、南下の気配はないと申すか?」


「はい、左様にございまする。サイゼリアの城を放棄し、自らの領地に引き返していきました」


「ほう、放棄したか」


「よし、ノエルにいるアイアースに連絡を送れ、すばやくサイゼリア、ルロイ、グレゴリーの各城を奪回せよと」


「はっ」


 私はその報告を聞き、少し安堵した。

 魔族も寒い時期は嫌なのだろうか?


 しかし、これでローランドの地を再び奪回できるだろう。

 だが、レビンに一度占領された地は無残な焦土と化している可能性もあったのだが……。



 それから四日後――。


 再三、決戦を挑もうとするも、敵はアガートラム城から出てこない。

 仕方なく、姫は城を包囲するように各将に命じたのであった。


 ……だが、ネヴィル地方は賊軍の支持基盤。


「敵襲だ!」

「火を消せ!」


 我々の陣地は、毎晩にどこからか現れる神出鬼没な夜襲に悩まされたのであった。

 敵もまた勇敢で鳴るケードの強兵。

 簡単には勝たせてくれなかったのだ。


 そんな折、私はフィー姫の幕舎に呼ばれた。


「リル殿はお達者かな?」


「はい、見回りに出ております」


 リルとは殿下のケードでの呼称である。

 というか、最近はほとんど通称と化してしまっているのだが……。


「でだ、ライスター卿。我が軍は度重なる夜襲を受け、兵の士気が下がっておる。どうしたものであろう?」


「そうですね。簡易で小さな城を作ってはいかがでしょう?」


「しかしな、このあたりの土は軟弱で築城に向かぬ。作ってもすぐにくずれるのだ」


「まぁ、やってみましょう」


「そうか、やってくれるか? ゴホッ、ゴホッ」


「姫様いけませぬ。ささ、寝床にお戻りくだされ。すぐにガンター先生を呼んでまります」


「……う、うむ」


 寒い地での遠征軍。

 それにより、久しく鳴りを潜めていた枯花病が再発していたのであった。


「ガンター先生、診立てはどうですか?」


「あまりよくないです。早く温かい地へと戻してあげてください」


 先生とこそこそ話をしているところに殿下が戻ってきた。


「……、何? そんなに悪いのか?」


「左様にございます。このまま放置していては春まで持たぬかと」


 殿下も先生の話を聞いてびっくり。


 内緒にしていてはケードの為にならぬということになり、親衛隊長であるヴェロヴェマ殿に相談するも、独断はできぬとのこと。

 結局、話はケードの家臣全員を集めてのものとなったのだった。



 その晩――。

 とりあえずよそ者の私は、傭兵たちを率いて城作りに出かけることにしたのであった。




◇◇◇◇◇


 ケードの譜代の重臣、アルヴィン子爵の幕舎。

 様々な身分の家臣たちが、車座になって話し合っていた。


「いかがしたものかのぉ?」


「いかがしたもないわい。姫様にはすぐに本拠にお戻りいただかなくては!」


 ケードの老臣たちの意見は、総大将の姫様の戦場離脱による休養。

 ひいては全軍の引き上げ案であった。


「では、この反乱軍を放置すると?」


「撤退しては、反乱軍に負けたとみなすものも出てこよう」


「そうじゃ、撤退は相ならぬ!」


 ケードの若い家臣たちは、撤退を容認しない。

 反乱軍に屈しては、すぐまた各地で反乱が起きかねないからであった。


「では、どうするのじゃ? 姫様なしでわが軍はまとまれようか?」


 座長でいまや副将格のアルヴィン子爵の言に一同は静まり返った。

 昔からケードの騎士たちは強いが、まとまりが弱いことで知られていた。

 まとまりが悪いことを突かれ、昔から外部勢力の調略や侵略を受ける歴史が長かったのだ。


 その歴史を乗り越えたのが、抜群の統率力を持った先代の棟梁であるドンなのだ。

 よって、フィー姫なくしては全軍がまとまりをなくすのは必定。


 かといって、姫が病死などしては、ケードが昔に逆戻りするのも間違いなかったのだ。

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