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第128話……フィー姫の決断

 翌日――。


 ケードの家臣たちはある光景を見てびっくりすることになる。

 なんと、崩れやすい土で簡易の砦ができていたからだ。


「ライスター殿、これはいかようにして作られた?」


「いえ、土をもった後に繰り返し塩水をかけ、夜のうちに氷の土塁とした次第です」


「……塩?」


 確かに塩を使えばより強固に固まる特性は知られていたが、ここは山国。

 塩をどこから手にしたかと聞かれたのだ。


「いえ、撤退するリルバーン公爵家の部隊から、余っている塩を分けてもらってたんです」


 リルバーン家は海辺の貴族家で、特産品は塩だ。

 ケードの歴々がうらやましそうに聞いてくれたのが、少し可笑しかった。


 まあ何はともあれ、その後のケードの皆さんの協力もあり、木や砂利を氷で固めた簡易の城が完成したのであった。

 その中に幕舎を立て、比較的フィー姫の健康に障りのない養生所が完成したのだった。




◇◇◇◇◇


 翌日――。

 姫は家臣たちを集めた。


「のう、皆の衆。以前にも申したが、ライスター殿は先の首領の命の恩人。さらには功績も多い。私は臨時の宰相としてライスター卿を据えたいと思うのだが……」


 姫が発言した瞬間。

 老臣たちの顔色が激変。

 怒気をはらむ発言が相次いだ。


「なりませぬ! たしかにライスター殿は有能に間違いありませぬ。ですが、所詮はよそ者。譜代でもご親族でもありませぬ」


「左様! 我がケードは弱小の時代が長かったとは申せ、ぽっと出のよそ者に宰相を任せるには反対でございます」


「……ふむう。余も健康がすぐれぬゆえ、誰かを宰相としたいのだがな。ほかに適任はおるかな?」


「アルヴィン子爵殿はいかがかな?」


 老臣たちが宰相に推すのは、古くからラム盆地に居をもつアルヴィン子爵であった。


「いや、私は宰相の器にはありませぬ。政はともかく、ライスター殿が戦に秀でていることには、この氷の城においても明らかなはず。私も殿と同じく、ライスター殿を宰相として推したい」


 ケードの良識派といわれるアルヴィン子爵家。

 当代の家長である彼は、30代半ばであったが、革新的な考えの持ち主だったのかもしれない。


「ふむう、それでは我らが合議で殿を支えまする」


「左様、左様!」


 今、フィー姫側についている側近の老臣たちは確かに忠義にあふれていた。

 だが、それ故に彼らの考え方は保守的で頑なだったのだ。


「わかった。だが余の命も残り少ない。跡継ぎのことも考えねばならぬゆえ、皆の知恵をたのむぞ!」


「かしこまりました。殿に置かれては、この場でゆっくりご養生なさってください。戦場は我らにお任せを!」


「……う、うむ」


 フィー姫は老臣たちの意見に不満であった。

 彼女自身、容体は変動的で、補佐がいるのは誰が見ても明らかであり、さらにいつまで生きられるかもわからないのだ。


 ちなみに、枯花病になった女性は子を宿すこともできない。

 そういうことも関係してのパウロ伯爵たちの反乱であったのだった。




◇◇◇◇◇


 その晩――。


 私は苦手な書類仕事を終え、燭台の明かりを消した。

 そして寝具に包まろうとしたとき、侵入者の気配を感じた。


「誰だ!?」


 私は枕もとの愛剣に手を伸ばし、有事に備えた。

 だが、侵入者は透き通るほど薄い薄絹だけを羽織った女であった。


「御夜伽に参じましてございます」


「……!?」


 正直なところ、飢えた農民の娘が、貴族と一夜をともにすることで、家族を養うという話はよくある。

 だが、私の幕舎に入ってきたのは、髪は銀色で耳はエルフのものを有するフィー姫であったのだ。


「姫様、お帰りくださいませ」


「いえ、引きませぬ。帰れと言われれば舌を噛み切って死ぬのみ」


「……」


「あなた様は、父上からオーディンの剣を授与されたとききます。古代からその剣の持ち主はラム盆地の主となる言い伝えがあるのです。父の決断に私は間違いがあるとは思えないのです」


「……、わかった」


 私はフィー姫を寝床に招き入れた。

 姫は自ら纏っている布をすべて脱ぎ去り、私の腕に抱かれたのであった。




◇◇◇◇◇


 翌朝――。


 フィー姫の幕舎に宴席と称し家臣一同が招かれた。

 だが、参上した家臣たちは一様に目を剝いた。


 それは私がフィー姫の横に座り、家臣たちの上座にいたからであった。


「無礼者! ライスター卿、なぜそなたが殿の横に!?」


 老臣たちがそう声を上げると、姫は声を荒げた。


「ライスター卿は、今日から我が夫ぞ! 無礼は許さんぞ!」


「!?」


 その言葉を老臣たちは目を白黒させる。


「あはは、皆さま方、殿にやられましたな。確かに夫婦となればご一族衆でござる。宰相になるになんの支障もありませぬな」


 アルヴィン子爵が快活に笑う。


「よいか、ライスター卿を宰相とし、功臣であるオヴの孫であるサファイアを次の棟梁とする。書記官よ、記せ!」


「……は、はい。ただいま」


 王が詔を出し、それに逆らえば逆臣。

 姫は書記が書いた羊皮紙にサインを施したのだった。



「では、ライスター宰相殿、戦の方は頼むぞ!」


「ははっ」


 それだけ告げると、フィー姫はラム盆地へと帰っていったのだった。



「皆の衆、ご不満はあるかと存ずるが、上意にござる!」


「は、はーっ」


 意外なことにケードの家臣一同が平伏した。

 つまりは、この場において名実ともに最高司令官に私が就任したということだ。

 一人、殿下だけがにやにやしていたが……。



「掛かれ!」


「「応!」」


 統制の取れたケードの兵は国士無双。

 付け城として、氷の城を増やしたのち、アガートラム城を執拗に攻撃。

 パウロ伯爵を取り逃がしたものの、堅城をわずか三日で攻略したのであった。

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