統一歴568年12月初旬――。
私はケードの軍を率いてラムの街へと凱旋した。
パウロ伯爵はネヴィル地方最南端のバーシー城に逃げ込んでいたが、もう雪深くなっており、私は兵を故郷に返すのを優先したのであった。
「ケード万歳!」
「フィー棟梁万歳!」
私は戦勝の将軍として、民に歓呼をもって迎えられた。
ケードの民にとって、戦の結果はとても関心のある事案であったのだ。
「戦いに勝てない棟梁は要らない!」と、子供までも真顔でいうのだから怖い。
流石は傭兵国家というべきであろうが……。
「皆、休め。任務ご苦労であった!」
私は諸将に解散を号令。
フィー姫に戦勝を報告に領主の館へと入ったのであった。
「殿、ただいま帰りました」
「ご苦労である」
「ありがたき幸せ」
「予は変わらずライスター卿を頼みにしておる。明日、そなたを正式に宰相に任じ、その功績を称え子爵に任じようぞ」
「ははっ」
そのあと姫は、召使いたちに退出するよう手で合図する。
召使いが退いた後に、私に近く寄るよう手で招いた。
「近うよれ」
「はっ」
そして、姫は私に膝枕をするように強請り、私はそれに応えた。
「予はのう、幼くては男のように厳しく育てられ、長じては病に臥せった。そしてもう長い命ではないのじゃ。残り少ない時間を町娘のように甘えさせてほしいのじゃ」
「かしこまりました」
私は私の膝の上で寛ぐ姫に、何かできないかと思い、小さな子向けの子守唄をうたった。
この年まで戦場暮らしで、気の利いた歌は歌えなかったのだ。
「ふふふ……、あはは!」
しばらく静かに聞いていた姫だが、我慢ならぬといった風に噴出した。
「おぬし、戦以外はまったくのでくのぼうじゃな?」
「申し訳ありませぬ」
「よいよい、予も何か男を喜ばせる手段などはないのじゃ。その歌を続けてたもれ。次第に心地よくなるであろうからの……」
そういわれたので、恥ずかしながら子守唄を続けて歌った。
傭兵での旅の過程で覚えた子守唄は意外と多く、歌をすべて披露したころには姫は眠っていたのであった。
私は毛布を姫にかけ、部屋を出ようとした。
すると姫のお気に入りの召使いが止めた。
「姫様はようやく孤独から脱しようとしております。今宵くらいはお泊りください」
「……う、うむ。わかった」
私は戦に勝ったわけだし、街でおいしい酒でも飲みたいのだが、そうもいかないらしい。
そう思っていると、召使いがそっと葡萄酒を差し入れてくれた。
……この姫様は、思いのほか人に愛されている。
私は宰相として、このように人に愛される人物になれるのだろうか?
私は少し姫に嫉妬する自分を笑いつつ、酔いに身を任せたのであった。
◇◇◇◇◇
三日後――。
領主の館で戦勝の宴が開かれた。
諸将が居並ぶ中、フィー姫が最後に上座に座った。
「皆よくやってくれた、乾杯!」
「「乾杯!」」
宴の最初は儀式であり厳かに行われたが、途中からは半ば無礼講となったのであった。
私の席は次席。
臣下の列では最上位である。
そこに酔ったハム男爵がやってきて、酒を注いでくれた。
「これは、痛み入る」
私は杯を受け取り飲み干す。
そして返杯しようとしたところ。
「要らぬわ! この女衒宰相が!」
「……、ははは」
私は一瞬ムッとしたが、ここは祝いの席。
笑ってごまかすことにしたが、場の空気は凍り付いていた。
なぜなら、姫が剣を抜き放っていたからだ。
「宰相を侮辱するのは予を侮辱するも同じ。ハムよ、そこに直れ! たたっ斬ってやる」
「……いや、お命ばかりは」
ハム男爵は顔を真っ青にして姫に命が負いをするも、かなわぬと悟り、私にすがってきた。
「宰相殿、某が悪かった。このとおり……。まだ子も幼く、某が死ぬ訳には参らぬ」
ハム男爵が床に顔を擦り付けて詫びてきた。
「殿、お許しください」
「ならぬ!」
私が仲介をしても、姫の怒気は退かない。
どうしたものかと思っていると、とある文官が法律書のあるページを開いて持ってきてくれた。
そこには、宰相を侮辱する者は耳削ぎ刑とあった。
「……殿!」
「わかった。法には従おう!」
こうしてハム男爵は外へ放り出され、そのあと絶叫が聞こえたのであった。
「いやいや、名裁きでしたな」
アルヴィン子爵がそう言いながら酒を注いでくれた。
「いやいや、それはあの文官の手柄でござる」
そういいながら、先ほどの文官を探したが、この場にそのようなものはいなかった。
代わりに、汚れた羊皮紙の束を抱えたポコリナとクママが、照れながら頭を掻いていた。
……お前たちの変身の魔法かよ!?
どうやら上座の席に戻った姫にはバレていない模様。
「さすがは姫が選んだ宰相殿じゃ、人徳が備わっておられる」
「そうじゃな。侮辱してきた相手を救う策をとっさに為すとはな。天晴じゃ……」
……いや、誤解でござる。
タヌキとクマの独断でござる。
宴席が終わった後。
私は領主館専属の料理人の厨房に出向いた。
「これはこれは、宰相様。何か御用ですか?」
「料理はとてもよかったぞ」
「それはありがとうございます」
「……でな、仕事以外で二人分の子供用の豪華な食事を作ってほしい。礼はこれでよいかな?」
私はゲイルの地から持ってきた金貨を料理人に手渡した。
「は、はい。心を込めて作りまする」
その日――。
ポコリナとクママが食べ過ぎたのは言うまでもなかった。