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第129話……耳削ぎの刑

 統一歴568年12月初旬――。

 私はケードの軍を率いてラムの街へと凱旋した。


 パウロ伯爵はネヴィル地方最南端のバーシー城に逃げ込んでいたが、もう雪深くなっており、私は兵を故郷に返すのを優先したのであった。


「ケード万歳!」

「フィー棟梁万歳!」


 私は戦勝の将軍として、民に歓呼をもって迎えられた。

 ケードの民にとって、戦の結果はとても関心のある事案であったのだ。


 「戦いに勝てない棟梁は要らない!」と、子供までも真顔でいうのだから怖い。

 流石は傭兵国家というべきであろうが……。



「皆、休め。任務ご苦労であった!」


 私は諸将に解散を号令。

 フィー姫に戦勝を報告に領主の館へと入ったのであった。


「殿、ただいま帰りました」


「ご苦労である」


「ありがたき幸せ」


「予は変わらずライスター卿を頼みにしておる。明日、そなたを正式に宰相に任じ、その功績を称え子爵に任じようぞ」


「ははっ」


 そのあと姫は、召使いたちに退出するよう手で合図する。

 召使いが退いた後に、私に近く寄るよう手で招いた。


「近うよれ」


「はっ」


 そして、姫は私に膝枕をするように強請り、私はそれに応えた。


「予はのう、幼くては男のように厳しく育てられ、長じては病に臥せった。そしてもう長い命ではないのじゃ。残り少ない時間を町娘のように甘えさせてほしいのじゃ」


「かしこまりました」


 私は私の膝の上で寛ぐ姫に、何かできないかと思い、小さな子向けの子守唄をうたった。

 この年まで戦場暮らしで、気の利いた歌は歌えなかったのだ。


「ふふふ……、あはは!」


 しばらく静かに聞いていた姫だが、我慢ならぬといった風に噴出した。


「おぬし、戦以外はまったくのでくのぼうじゃな?」


「申し訳ありませぬ」


「よいよい、予も何か男を喜ばせる手段などはないのじゃ。その歌を続けてたもれ。次第に心地よくなるであろうからの……」


 そういわれたので、恥ずかしながら子守唄を続けて歌った。

 傭兵での旅の過程で覚えた子守唄は意外と多く、歌をすべて披露したころには姫は眠っていたのであった。


 私は毛布を姫にかけ、部屋を出ようとした。

 すると姫のお気に入りの召使いが止めた。


「姫様はようやく孤独から脱しようとしております。今宵くらいはお泊りください」


「……う、うむ。わかった」


 私は戦に勝ったわけだし、街でおいしい酒でも飲みたいのだが、そうもいかないらしい。

 そう思っていると、召使いがそっと葡萄酒を差し入れてくれた。


 ……この姫様は、思いのほか人に愛されている。

 私は宰相として、このように人に愛される人物になれるのだろうか?


 私は少し姫に嫉妬する自分を笑いつつ、酔いに身を任せたのであった。




◇◇◇◇◇


 三日後――。


 領主の館で戦勝の宴が開かれた。

 諸将が居並ぶ中、フィー姫が最後に上座に座った。


「皆よくやってくれた、乾杯!」


「「乾杯!」」


 宴の最初は儀式であり厳かに行われたが、途中からは半ば無礼講となったのであった。


 私の席は次席。

 臣下の列では最上位である。

 そこに酔ったハム男爵がやってきて、酒を注いでくれた。


「これは、痛み入る」


 私は杯を受け取り飲み干す。

 そして返杯しようとしたところ。


「要らぬわ! この女衒宰相が!」


「……、ははは」


 私は一瞬ムッとしたが、ここは祝いの席。

 笑ってごまかすことにしたが、場の空気は凍り付いていた。

 なぜなら、姫が剣を抜き放っていたからだ。


「宰相を侮辱するのは予を侮辱するも同じ。ハムよ、そこに直れ! たたっ斬ってやる」


「……いや、お命ばかりは」


 ハム男爵は顔を真っ青にして姫に命が負いをするも、かなわぬと悟り、私にすがってきた。


「宰相殿、某が悪かった。このとおり……。まだ子も幼く、某が死ぬ訳には参らぬ」


 ハム男爵が床に顔を擦り付けて詫びてきた。


「殿、お許しください」


「ならぬ!」


 私が仲介をしても、姫の怒気は退かない。

 どうしたものかと思っていると、とある文官が法律書のあるページを開いて持ってきてくれた。

 そこには、宰相を侮辱する者は耳削ぎ刑とあった。


「……殿!」


「わかった。法には従おう!」


 こうしてハム男爵は外へ放り出され、そのあと絶叫が聞こえたのであった。



「いやいや、名裁きでしたな」


 アルヴィン子爵がそう言いながら酒を注いでくれた。


「いやいや、それはあの文官の手柄でござる」


 そういいながら、先ほどの文官を探したが、この場にそのようなものはいなかった。

 代わりに、汚れた羊皮紙の束を抱えたポコリナとクママが、照れながら頭を掻いていた。


 ……お前たちの変身の魔法かよ!?

 どうやら上座の席に戻った姫にはバレていない模様。


「さすがは姫が選んだ宰相殿じゃ、人徳が備わっておられる」

「そうじゃな。侮辱してきた相手を救う策をとっさに為すとはな。天晴じゃ……」


 ……いや、誤解でござる。

 タヌキとクマの独断でござる。



 宴席が終わった後。

 私は領主館専属の料理人の厨房に出向いた。


「これはこれは、宰相様。何か御用ですか?」


「料理はとてもよかったぞ」


「それはありがとうございます」


「……でな、仕事以外で二人分の子供用の豪華な食事を作ってほしい。礼はこれでよいかな?」


 私はゲイルの地から持ってきた金貨を料理人に手渡した。


「は、はい。心を込めて作りまする」


 その日――。

 ポコリナとクママが食べ過ぎたのは言うまでもなかった。

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