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第152話……リドリー城での宴

 統一歴570年1月――。


 雪深き中。

 新たな一年を迎え、貴きも卑しきも一様に新年を迎えた。

 里の家々においては、祝いの麦飯が炊かれ、炊煙はあちこちから上がったのであった。


 私はリドリーの政庁に付属する迎賓館で新年を迎えた。

 戦地であるので、警備責任者兼副官はアーデルハイトが務め、館の衛兵は信用ある腕利きが揃う。


「宰相様、新年まことにおめでたく……」


 我が軍がソーク地方の府であるリドリー城を制圧したので、ソークの地方豪族がこぞって私のもとに新年の祝いを届けに来たのだ。


「御心遣いはうれしいが、祝いの挨拶はシャンプールの女王陛下にお願いしたい……」


「……さ、左様ですか?」


 私は感謝しつつも、贈り物は王宮に届けるようお願いし、受け取りを拒否したのであった。


「閣下、受け取ってもよろしいのではないですか?」


 傍に控えるアーデルハイトが、耳元にそう呟く。


「……ああ、そうかもしれぬ。だが私に王才の類はないのだ。陛下に任せるとしようではないか」


「差し出がましいことをいたしました」


 私の言にアーデルハイトはすぐに引き下がった。

 確かに、私は王国で最も力を持つ者かもしれぬ。


 だが、その者が王を敬えば、皆はきっと王を敬うに違いない。

 それでこそ、代えがたきナンバー2の存在が生きると私は信じているのである。



 新年のあいさつが終わり、開場は宴に移った。


「その名も高き宰相閣下にお会いでき、恐悦至極に存じまする……」


「いやいや、こちらこそ、ジュリウス地方にその人ありとの男爵にお目にかかれて光栄にござる」


「左様なお言葉を頂き、家の誉といたしまする!!」


 私は立食パーティー形式の最中。

 様々な地方有力者の挨拶に受け答えした。


 私は、そのすべてに丁寧に受け答えすることにしていたのだ。

 これから戦の趨勢はどちらに転ぶやもしれぬ。

 地方貴族に恨みなど持たれては到底立ち行かないはずだったのだ。



「……うん?」


「どうなさいました?」


 私が大皿の料理の前で異を唱えたことに、料理人が素早く反応した。


「これは海鮭であろう? 寄生虫の処理はどうなっておる?」


 私が疑義を呈したのは海鮭のマリネ。

 海鮭は生で食べると、寄生虫によっての食中毒が有名であったのだ。


「このマリネは氷結魔法によって、二日間厳重に凍結処理しておりまする。寄生虫は皆死んでおりますゆえ、ご安心ください!」


「……ほう」


 料理人はそう説明したが私は納得いかない。

 傭兵時代に、海鮭は絶対に生で食べるなと先達から教わっていたからだ。


……魔法詠唱【超眼】


 私は仮面を取り外し、魔眼にて魚の切り身を拡大して見る。

 そこには身に挟まった虫が、一匹残らず凍死しているのが確認できたのであった。


「そちが考えたのか?」


 私は説明してくれた料理人に問うた。


「左様にございまする」


「うむ、よき料理法じゃ!」


 私はポケットに忍ばせておいた褒美袋を一つ手渡した。

 これには金貨が一枚はいっている。

 とっさの褒美需要に備えての配慮であった。


「……あ、ありがとうございます!」


 料理人は平伏してお礼を言い、周囲で見ていた貴族たちは目の色を変えた。

 これを見た皆はきっとこう思うに違いない。


 この男の前で手柄を立てようと、と……。

 そういう小賢しい戦術を込めての褒美袋であったのだ。



 宴は無事に終わる。

 私は慣れぬ挨拶の対応でヘトヘトであった。

 宮中行事を疎む英雄気取りは多いが、これはれっきとした戦の備えであったのだった。


「アーデルハイト、お茶をくれ」


「ただいま」


 私は椅子に倒れこんで、警備隊長にお茶を頼んだ。

 警備隊長にお茶を頼むなど、きっと無礼に違いなかったが、私の頭はすでに疲労の極致であったのであった。




◇◇◇◇◇


 その晩――。

 私は風呂に入る用意をした。


 私は食べること以外なら、風呂が一番好きだ。

 とくにたくさんの湯が張ってある風呂。

 貴族の贅沢は下品なものが多いが、湯がたくさんの風呂は別格であったのだ。


 ここリドリーの領主の館には大風呂があった。

 それは100年以上の前の領主が作った代物であるらしい。


 壁も床も、そして20人は入れそうな浴槽も、すべて白亜の大理石で作られていたのだ。


「ぽこ~♪」

「くまま~♪」


 子狸と小熊が疾走。

 水しぶきを上げて風呂にダイブした。


「宰相様、お背中をお流しいたしまする」


「……ああ、頼む」


 透けるような薄絹をまとったアーデルハイトが、私の背中にかけ湯をしてくれる。

 私は、風呂に見知らぬものを入れない。

 それは傭兵時分からの用心であったのだ。


「くま~♪」


 クママが母親を風呂に招きたいという。

 構わないと告げると、彼は見たことないない魔法で、デカい母熊を呼び出したのだ。


 ……げ!?

 それは見たことある巨大な熊だった。

 以前に殿下と共に戦った凶暴なやつだ。


 だが、巨大な熊は私に深々と一礼。


「息子がお世話になっております」


 ……って!

 アンタ人の言葉が喋れるのか!?


「いえいえ、大したことはしておりません」


 私は顔を引きつらせながらにそう答えた。

 今は鎧どころか、剣もない。

 今戦えば殺される可能性は非常に高かったのだった。



「……さて」


「嫌ですわ、御屋形様……」


 その後、皆が風呂から上がった後。

 湯船であられもない姿のアーデルハイトとイチャイチャしたのは言うまでもなかった。


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