目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

第153話……獄中のチェスタートン男爵

 統一歴570年2月――。


 ソーク地方北部の要衝であるジュリウス城は、周辺貴族の支持を徐々に失い降伏。

 このジュリウス城の降伏により、私はソーク地方北部の義賊であるリンゼイ=ウエストバリーとの連絡網が復活した。


 私の調略の触手は西の要衝であるハーディー城へと向かった。

 この城は潮の満ち引きを生かした海に浮かぶ名城。

 だれが作ったのかは知らないが、信じられないほどの堅城であったのだ。


 まだ雪が深いので兵は動かせない。

 だが、将としては単独で動くには適した時節であったのだ。


「準備をせよ!」


「はっ!」


 私はアーデルハイトにハーディー城に向かう準備を指示。

 我々は2日後には西に向かった。


 予想より雪深く、ドラゴネットであるコメットの足も取られる。

 急ぎに急いだが、ハーディー城の城下町に着くには四日の日にちを必要としたのであった。




◇◇◇◇◇


「とまれ! 顔を見せろ!」


 私はハーディー城の城下町の関所で衛兵に止められる。

 今回顔の仮面は付けず、ぼろ布で隠していた。

 衛兵は私のぼろ布をめくると、彼は少し気分を悪くしたようだ。


「悪かったな。入っていいぞ」


 私たちはエクレアが用意してくれた偽手形で街に入る。

 冬の休戦時期につき、城下町は活気があった。

 城下町から遠くにハーディー城が、その威容を見せつけてきていたのだが……。


 私は城下町で宿をとる。

 そこは中級程度の感じで、店員の愛想もよかった。


 私たちは案内された部屋に入り、事前に潜入させていたエクレアを待った。



「お待たせいたしました」


 音もなくエクレアが部屋に入ってくる。

 彼女は私の前で片膝をついた。


「……で、どうだった? チェスタートン男爵は?」


 チェスタートン男爵は、王国時代のハーディー城の城代。

 爵位はさほど高くはないが、皆に不思議と人気があり、この周辺の地方貴族をまとめる顔役であったのだ。


「城の地下牢に囚われているようです。詳しい位置はわかりかねるのですが……」


「わかった。よくやってくれた」


 私は彼女に金貨の入った褒美袋を渡す。

 彼女はそれを恭しく受け取り、雲のようにどこかへ消え去った。


「まぁ、寝るか」


「ぽこ~♪」

「クママ!」


 私たちは食堂で精の付くものを食べ、翌日に備えるのであった。




◇◇◇◇◇


「……さてと」


 翌日の晩。

 暗闇の中、私たちは街の郊外にて、魔方陣を描く。

 過去の記憶をたどり、ハーディー城への瞬間移動の準備を整えた。


「風の聖霊よ、我らを疾風に包み、彼方へと連れ去り給え!」


 魔法を詠唱し、私たちは闇の支配する城内へと侵入。

 地下牢を探す算段をした。


「ぽこ~♪」


 ポコリナは鼻を利かせ、チャスタートン男爵の匂いをたどる。

 城壁の陰を伝い、こそこそと歩くのだが、松明を持った敵兵と出会ってしまう。


「誰だ!?」


「くま~♪」


「ん!? 獣か? どこかへ行けよ」


 敵の衛兵は、怪しい影が小熊だと知ると、シッシとあしらう。

 衛兵が後ろを向いた瞬間に、クママは母熊を召喚。

 母熊の強烈な一撃で、衛兵は失神してしまった。



「よし、急ぐぞ!」


「ぽこ~♪」


 私たちは地下の階段を進むと、同じように衛兵にであったが、クママの同じようなやり口で次々に撃破していったのだ。


 先頭を行くアーデルハイトが松明を掲げ、地下牢の階段を下へ下へと進んでいく。

 そして、最下層にある地下牢へとたどり着いたのであった。




◇◇◇◇◇


「……ぬ? 何者かな?」


 薄暗い牢に近づくと、チェスタートン男爵が我々に気づいたようである。


「ライスターにござる」


 私は急ぎ牢に近寄り、灯りにて自らの顔を照らした。


「……おう、醜い宰相様か、いや失敬。宰相閣下」


「いえいえ、救出が遅れ申し訳ございません」


 チェスタートン男爵は、チャド公爵の攻勢に頑強に抵抗するも、王国からの援軍もなく、部下の裏切りにより落城したと聞いていた。

 彼は虐待された跡が多数あり、特に両足は血まみれであった。


「いま、開けまする」


 私は愛剣で牢のカギを叩き壊す。

 そしてゆっくりと牢の扉を開けた。


「しっかりなされ」


「かたじけない」


 男爵は足を痛め、自力では歩けない様子だった。

 私は彼に肩を貸し、牢の中から引きずり出した。



「私のような手負いを連れては、とうていこの城は脱出できぬぞ?」


 男爵は不安そうであったが、私は素早く魔方陣を床に描き、詠唱を始めた。


「ご心配に及びませぬ。風の聖霊よ……」


 私たちは男爵を連れ、宿屋へと瞬間移動で無事に戻ったのであった。


◇◇◇◇◇


 翌日――。


 私は街で薬草を買い付ける。

 チェスタートン男爵の治療のためだ。

 落ち着けば治療魔法師も呼べるが、今は潜伏の身でそれはむつかしい。


 私は部屋に帰り、痛み止めの薬草を煎じて男爵に飲ませ、傷薬を足に塗り込んだのであった。


 男爵には城内の下級貴族や騎士たちへの寝返りを要請する手紙を書いてもらう。

 さらに寝返った場合には、リルバーン家が褒美を与えるとの文言も添えた。

 それを、私が瞬間移動で次々に城内に届けたのであった。


 いまは雪深く、城が寝返ったとしても、チャド公爵の軍はすぐには動けない。

 そういった状況は我々に味方し、一週間を待たずに城内で反乱がおきた。


 チャド公爵側の城代は拘束され、我々はほぼ無血で難攻不落を誇るハーディー城を開城させたのであった。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?