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第33話 幼馴染は近くて遠い

「探したぞ……理代」


 泣き腫らした顔を見せる理代に俺は言った。

 理代は目元を手で拭い、涙ぐんだ声で話す。


「……ひとりに……してよ」


 弱々しく紡がれた言葉は拒絶の意思だった。


「おねがいだから……ひとりで、いさせてよっ」


 懇願するように、理代は必死で言い放つ。


 理代が一人になりたい気持ちはなんとなくわかる。けれど、俺は理代を一人にしたくはなかった。


 このまま一人にして状況が改善するとは思えない。


 それに、落ち込んでいる理代をどうしても救いたかった。


 選択を間違えて理代を悲しませてしまったせめてもの償いとして、俺は自分が出来る精一杯のことをしなくてはならないという使命感に駆られていた。


 だから俺は、理代の思いとは裏腹に、言葉を続ける。


「明坂に何を言われたのか、俺にはわからない。けれど……、どんなことがあろうと俺は理代の味方だから」


「…………っ」


 強く思いを込めて告げた言葉を、理代は唇を噛み締めて受け止めた。

 俯いた顔に隠れ、表情は窺えない。


 これ以上、何と声をかければいいのかわからなかった。


 励まし続けたところで、一人になりたいのだから、余計気が滅入ってしまうかもしれない。


 下手に話をせず、俺は理代の隣に座り、そっと見守る。


 その時だった。

 ヴー、とポケットが振動し始めた。スマホを取り出すと、剣村から電話がかかってきていた。


『幸田! 橘師匠は見つかったか?』


 荒い息をしながら剣村は訊ねてくる。


「見つかったが……もしかして、探してくれてたのか?」


『あったりまえだろ。椎川さんも久須美さんも必死で探してたさ』


「……っ! ありがとな、みんな……」


 俺は深くみんなに感謝の気持ちを覚えた。

 今は理代のことを優先したいと話すと、剣村は俺の意思を尊重してくれた。


 俺は再び理代と向き合う。


「今日のところは家で休もう。ゆっくりすることが心身にとって一番だから、な」


 理代はこくり、と小さく頷いた。



 その後、ボーリングはお開きとなり、家へ帰ることとなった。


 帰り道、電車内でも歩道でも理代は俺の隣にいたが、終始無口であった。


 俺は何度か話しかけようと口を開いたが、言葉が出てこず渋々口を閉じるという動作を繰り返す。


 これまでにも互いに無言なことがあったが、その時に感じられた心地よさを今は感じない。


 何を言ったら正解なのか。

 どう声を掛けるべきなのか。


 下手な慰めはかえって逆効果かもしれない。

 そう思い始めたら、いつまで経っても告げる言葉が思いつかなかった。


 何も喋らないまま、俺たちは家へ辿り着いたのであった。



 * * *



 翌週から理代は学校へ来なくなった。


 あれだけ、頑張ったのに。


 たくさん、成長したのに。


 楽しそうに、笑っていたのに。


 それらを全て無碍にしてしまうかのように、理代は引きこもり始めた。


 休みは一日だけに留まらず、二日、三日と続いていく。


 あの日ボーリング場で何があったのか、剣村たちに話すことは出来なかった。理代の過去を無断で明かすことは、理代にとっても嫌な気持ちになるだろうから。


 けれど、剣村たちはそのことを察してくれたのか、追求してくることはなかった。ただ、幼馴染である俺が理代の傍にいて支えてあげた方がいいとアドバイスをくれるのみだった。


 だが、俺がいるだけで何が出来るというのか。


 心に積もるのはどうしようもないほどの無力感だけだった。



 学校生活のあらゆる場面で理代のことを思い出す。


 たとえば、昼休み。


 購買で買ったパンは美味しいはずなのに、味がいまいちわからない。

 昔食べた時は絶対にこんな味じゃなかった。気分が落ち込んでいると食事の味も変化するのだろうか。


 もう、あのお弁当は食べられないのだろうか……。


 俺が深く沈んでいるからみんなは楽しそうな話題で気分を盛り上げようとしてくれるが、適当な作り笑いと相槌しか打てない。



 食後、剣村からは「大切な幼馴染なんだろ。絶対に救ってやれ」と言われた。


 放課後、椎川からは「理代ちゃんからLILIの既読が付かないの」と言われた。俺も何件か送ってはいるが既読が付かなかった。


 久須美は「本当は面と向かって言葉をかけたいけど、大勢で押しかけてもかえって嫌になるかもしれないから」と、一番近い関係の俺に気持ちを託すと言った。


 理代を想ってくれる仲間は学校にいる。

 だから怖がらなくていい。

 そう、伝えたかった。


 だが、俺は――



 * * *



 夕方、電車を降りた後の通学路。


 隣を見ても会話をしてくれる騒がしい幼馴染はいない。

 歩いても歩いても家までの距離が縮まらない。

 こんなに遠かっただろうか。


 いつもはあっという間だというのに。



 体感ではいつもの倍近い時間をかけて、家に着いた。

 俺の部屋は静まり返っている。部屋の主が帰ってこようと、理代が入ってくる気配はない。


 中学時代に引きこもった際は俺の部屋に来ることは出来ていた。

 しかし、今の理代は放課後になっても俺の部屋に来ない。


 やるせない気持ちが胸にふつふつと沸き上がる。


 理代の家はすぐ隣だ。

 会おうと思えば簡単に会える。


 しかし、拒絶されてもなお踏み込むという行為には恐怖が伴う。


 もしかしたら、今よりも酷いことになるかもしれない。取り返しのつかないことになるかもしれない。


 臆病な考えが顔を出して、俺の行く手を何度も遮る。


 窓から家を眺めてもカーテンが閉められていて、様子はわからない。


 けれど、あのカーテンの先に理代がいることは間違いないはずなんだ。


 たった、これだけの距離なのに。



 幼馴染という近い関係の理代のことを、




 ――遠く、感じた。

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