目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第39話 幼馴染の居場所

「今日は、有アト13巻の発売日だ!」


 あれから数日が経って、とある日の学校からの帰り道。


 隣を歩く理代が、嬉しそうにはしゃいでいる。


 有アト……正式名称、有終のアトランティカとは、異能力バトル漫画で、俺が理代に布教したら見事にハマってくれた作品だ。


 今日は待ちに待った有アト最新刊が発売される日。

 そんなわけで、俺たちは学校帰りに本屋へ寄ることにした。


 少し混雑気味の電車に乗ると、夕日が差し込んでおり、車内がオレンジ色へと染め上げられている。


「たーくんとこうして放課後一緒にどこかへ行くのって、あんまりないね」


「確かに。いつも家だもんな」


「どこかに出かけるとしても休日が多いもんね」


「まあそもそもあんまり出かけないがな」


「インドア派ですからね」


「だな」


 吊り革につかまりながら、とりとめのない会話をする。


 俺も理代も家のなかで漫画を読んだりゲームをしたりして楽しむ派だ。

 でもたまにはこうやって外出するのもいいなと感じる。

 それに、最近では椎川たちに連れられて外出する機会が多くなったように思う。


「しかし、オタクにとって好きな本の発売日というのは貴重な外出日であるのだ!」


「いきなりどうした。有アトの最新刊が読みたすぎてテンションぶっ壊れたか?」


「有アトの最新刊が読みたすぎてテンションぶっこわれてる」


 まんま返してきた。

 まあ、前の巻がすごいところで引っ張られてるからな……。

 理代のハマり具合もなかなかのものだし。


「先にどっちが読む?」


 一応俺の本ではあるが、ここまで待ち焦がれている姿を見ると先を譲りたい気持ちが生まれなくもない。

 もし理代が先に読みたいというのなら、先手を譲ろうと思っていたが……。


「たーくんでいいよ。買うのたーくんだし」


「いやでも……」


「ただし。ネタバレは絶対だめだからね」


「そりゃわかってるって」


 これはたぶん先には読まなそうだな。

 どう誘導しても駄目そうな感じがする。


 まあいいか。

 先に読み終えて、理代が読むときの反応でも楽しむとするか。


 いつもは降りない駅で降りて、近くの本屋へ入る。

 新刊コーナーの平台に積まれた有アトを発見するなり、理代の目が輝き出す。

 一冊手にとって、まるで金貨でも見ているかのような目つきで表紙を見つめる。


 そして、ハッとなって隣の俺を見て、本を手渡した。


「たーくんが買うこと、完全に忘れてた」


「理代が買ってもいいんだぞ」


「き、金欠でして……」


 気まずそうに目をそらしながら、理代は言う。


「バイトでもしてみたらどうだ?」


「……バ、バイト?」


「いや、ほら……せっかく高校生なんだし」


 俺は動画投稿で少額だが収益を得ている。しかし、理代はお小遣いしかない。


 これから椎川たちと遊ぶ頻度も増えるだろうし、このままでは金欠で回らなくなってしまうことも考えられる。


「バイトかぁ……」


 深く考え始めたので、俺は会計してくるとだけ告げた。


 会計を終えても理代はボーッと悩まし気な顔で突っ立っていた。

 帰りの電車に乗ると、スマホを取り出して調べ始めた。


「どんな仕事をしたいんだ?」


「初めてだし、楽そうなのがいいなぁ」


「楽そうなの……」


 俺もバイトをしたことがないため、楽そうなのと言われてもピンとこない。

 一見楽そうに見えても実際にやっている人たちは大変だというパターンもあるしなぁ。


「あ、いいこと思いついた」


「なんだ?」


「たーくんに雇って貰えばいいんだ!」


「何を言ってるんだ」


 本当に何を言ってるんだ。


「動画編集のアルバイトとしてわたしを雇わない?」


「雇わない。というか必要としてない。一人で十分だ」


「えー」


 理代には悪いが、今のところ人員は必要としていない。再生回数もすごく伸びているわけじゃないしな。


 もし急激な伸びを見せたならばアシスタントとして欲しい気もするが、そんな未来は残念ながら見えないのが現状だ。


 理代は「名案だったのに……」と若干落ち込みながら、バイトについて調べるのだった。



 * * *



 家に帰ると俺は早速13巻を取り出して読み始めた。


 その間、理代は落ち着きなく部屋をぐるぐると回っていた。


 どんだけ読みたいんだ……。


 12巻の引きからどうなるかと思っていたら、まさかこうなるとは。予想外すぎてページをめくる手が止まらない。


 気づけば読み終えていた。

 これは理代もやばいと騒ぎ出すだろう。


「読み終わったから、はい」


「お、面白かった?」


「それはネタバレに入らないか?」


「大丈夫大丈夫。アウトなのは内容についてだから」


「めっっちゃくちゃ面白かった」


「ふおおぉ! 読む気がますます増加したー!」


 そう言ってベッドに寄りかかって読み始める理代。


 先ほどとはうってかわって、ページをめくる最低限の動作のみしか行わない。とても静かだ。


 だがその表情はコロコロと変わっており、真剣な眼差しから、口元の笑み、熱量をぶつけるような顔まで、多種多様だ。


 理代が隣にいることに、この当たり前の日常に、安心感を覚える。

 俺たちの居場所はここなんだな、という気持ちが芽生えてくる。


 そんなことを考えながら、理代の表情をスマホをいじりながらぼんやり眺めていたら、どうやら読み終わったようだ。




 訊かなくても、満足したということが一瞬で伝わる、そんな表情だった。


 そんな理代の表情をスマホをいじりながら隣でしばらく眺めていたら、読み終わったようだ。


 訊かなくても満足したということが一瞬で伝わる、そんな表情だった。


「めちゃくちゃ面白かった!」


「だよな! ストーリーの予想がつかなすぎるよな」


「まさか、こうなるなんて……次どうなっちゃうのおおお!」


 やっぱり理代とこうして話すのはすごく楽しい。


 そんな感じでしばらくの間、有アトについて熱く語り合ったのだった。



 * * *



【理代視点】


 語り疲れたのか、たーくんが寝ちゃったみたい。

 わたしの隣で、小さくすうすうと寝息を立ててる。


 起こそうかと思ったけど、せっかくだし寝かせておこうかな。


 なんだか、たーくんの寝顔っていいなぁ。


 見ていて癒されるというか……。


 でもこんなこと、たーくんには言えないな。



 ありがとね、たーくん。


 わたしを救ってくれて。




 好きだよ、たーくん。


 ずっと一緒にいたいな。









【完】

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?