アドガルムの貴族達へのお披露目が終わり、自室に戻ってようやくレナンは安心した。
嫉妬と羨望の眼差しは感じたものの、表立っての悪口は言われず、無事に王太子妃としての挨拶を終えることが出来たからだ。
堂々としたエリックの隣を歩くプレッシャーは半端なく、このような事がこの先何度もあるのかと思うと少々憂鬱になる。
「こんな事をするのは初めてだもの」
今まで生きてきた中で、レナンが主役になるような事は一度もなかった。
誕生日パーティーですら姉のヘルガが注目を集めていた為、レナンはいつも隅の方でじっとしているしかなかった。
皆レナンへのお祝いの言葉などそこそこに、将来性の高いヘルガに挨拶をしたりダンスのお誘いをしたりなどで、贈り物もヘルガの方がレナン以上に受け取っていた。
「本日はレナンが主役なんですのよ」
などとヘルガは言っていたものの、受け取りを拒否などすることもなくその後はレナンに構う事もなく過ごしていた。
誰からも顧みられず、居た堪れなくなったレナンがパーティーを抜け出して部屋に戻っても、誰も見向きもしないし、心配もされない。
気にかけてくれたのは母と、異母兄の一人だけだ。
「ヘルガ姉様……」
故郷の事を思い出すと、自然と出立前の別れが頭に浮かぶ。
美しく気高く、知性に溢れた姉のヘルガ。
(エリック様の隣に姉が立っていたら、わたくしよりまもっとお似合いだったのではないかしら?)
ヘルガはいつでも自身に溢れており、たくさんの人々を魅了していた。
レナンも尊敬していた為に、こんな自分に自信のない女よりもうまく立ち回ってもっと多くの人を魅了したのではないか? とつい考えてしまう。
ヘルガがレナンを陥れた為にエリックからは拒否されていたが、ヘルがは最後まで否定していた為、心が痛む。
疑わしいし信じきれないのもわかるのだが、心より嫌いになる事も出来ない。
(本当に冤罪であったならば、ヘルガ姉様がエリック様の伴侶になることもあったわよね……)
レナンは首を振って、その考えを振り払おうとする。
考えるだけ無駄だ。
エリックはこんな自分でも選んでくれたのだ、最後の場面でも姉を選ぶことはなかった。
自信をもっていいはずなのに、どこかでやはり心が引っかかる。
あんな美しい人に選ばれたのに、喜んでいいはずなのに、まだどこかしこりが残る。
「どうしたら自信がもてるのかしら?」
パルス国からついてきてくれた侍女、ラフィアに相談をする。
「自信を持つというよりも、もはや諦めでよいのでは? 今更レナン様が何を言おうとエリック様は手放さないと宣言されてますし」
レナンの欲しい回答ではないと知りつつも、ラフィアはそう言うしかなかった。
「だってレナン様。もうお披露目もすみ、皆の前で王太子妃と言われたのですよ? 自信がないといって辞退できるわけではありません」
レナンが責任を放棄したいわけでいっているわけではないと知っているが、どうしようもないものはどうしようもない。
「それはわかっているし、そうなのだけど。エリック様の隣がわたくしでいいのかしら。もっと相応しい女性はいっぱいいるはずなのに」
ラフィアはいまだうじうじと言う主が心配で仕方ない。
「覚悟を決めてください、もうすぐお時間なのですよ」
「何の?」
レナンはキョトンとしている。
「世継ぎです」
レナンはピンと来ておらず、きょとんとしている。
けれどこれは仕方ない事だ、王族の女性がそのような事を詳しく習う事は少ない。
嫁ぐまで貞淑であることが前提だし、大事な母体だ。興味を持ち過ぎて間違いがあっては困るため、最低限の知識しかないし、基本男性任せになっている。
「婚姻も済んで、お披露目も終わりました。結婚式は上げてませんが、もう二人は正式な夫婦です」
エリックからもそれとなくレナンに伝えるように頼まれている。
デリケートな話題だからこそ、信頼しているラフィアから簡単にでいいから伝えてほしいと言われたのだ。
「今夜は結婚初夜となります、つまりエリック様と二人で過ごすという事ですよ」
レナンは言葉も発せず、目を丸くして、呼吸も忘れてしまった。