お披露目が終わり、エリックは興奮冷めやらぬ様子で自室の椅子に腰かける。
憮然とした表情を向ける二コラの事は無視だ。
「やっと終わった……長かった」
初めてレナンに会ってからここに至るまで数か月も経っていないのだが、それでもエリックにとっては待ち焦がれるものだった。
最初に父である国王から政略結婚を言い渡された時は、とりあえず動けなくなるようして気が済むまで殴ってやろうかと思っていたのだが、こんな素晴らしい女性と出会えるとは予想だにしていなかった。
パルス国に向かう道中までは、武力にてこちらの言う事を聞かせて本当の人質として適当な王女を選んで連れ帰ろうかなど思っていたのに、レナンに会ってそんな考えは吹き飛んだ。
こんなにも強く独占したい人に会うとはエリックは全く思っていなかった。
独占なんてものではない、囲って閉じ込めて、誰にも見せたくない程夢中である。
見た目も考え方も自分好みで時折見せる弱さがたまらなく良い、色々と迂闊過ぎるところなど守って上げたくなる程魅力的だ。
(庇護欲を掻き立てられるとは、このような事なのだな)
レナンは愚かにも話し合いの場で忖度のない発言をするものだから、他の者から厭われていた。
だから彼女の考えを受け止める度量のない者、見る目のない者達から孤立する彼女をあの場から連れ出せたのは良い事だ。
レナンに会う前であれば、きっとエリックはヘルガを選んでいただろう。
小賢しく、自分を有能だと信じるあの女なら、幽閉しようが酷い扱いをしようが、エリックの心は痛まないと断言出来るからだ。
(仮初めの王太子妃の地位などくれてやっても別に良い、そう考えていたが)
裏切りそうなものに大事な仕事を任せるわけがないから、張りぼての王太子妃で良かった。
世継ぎの為とは言えヘルガと婚姻していたら、手を出す気なども起きず世継ぎなど諦める気であった。
優秀な弟が二人もいるのだから、跡継ぎについてはそちらに任せればいいという考えもしていた。
自分はそういう事に淡泊だし、興味もなかったと思っていたのだが、レナンに会ってからエリックの気持ちはだいぶ変化していつわた。
彼女が欲しい、誰にも渡せない、レナンを思えば狂おしい程体が熱くなる。暴走しそうになるエリックを二コラが止めてくれなければ危なかった。
いつでもこの従者はエリックの為に動いてくれるので、本当に助かる。
しかし今、その有能なニコラは上の空であった。
「気になるならば、声を掛ければいい」
二コラが心ここにあらずの理由も事情も知っている。
(このまま苦悩しているだけならば、はっきりと言えばいいのに)
「リオンでもマオでもいい。はっきりと言えばすっきりするだろう」
「言えていれば苦労はしません」
二コラは嘆息した。
マオは二コラの大事な人だ。
まだ正式に顔合わせをしていないし、昔とだいぶ風貌が変わった二コラにマオはまだ気づいていない。
「いずれバレる、早いうちがいいと思うが」
「リオン様に殺されてしまうかもしれませんが」
リオンがマオを溺愛しているのは明らかだった。
催眠魔法などをかけてでもマオの負担を少なくしたいという狂気に満ちたリオンに、秘密を暴露したら何をされてしまうか。
「そんな事はしないだろう。二コラは俺の従者でマオの大事な者だ、せいぜい半殺しじゃないか?」
「……」
リオンの実兄であるエリックの発言に、二コラはただ静かに天を仰いだ。
「助言を下さいませんか? 穏便に済ます方法とか」
「小賢しく話してもリオンなら見抜いてしまう。変に隠し立てするよりはしっかり伝えた方がいい。意外とわかってくれるよ」
酷くマオを傷つけた自覚がある二コラにはそうは思えない。
全ては自分のエゴと罪で行なった事だ。
過去の過ちとはいえ、払拭されるのもではない。
「いつまでも辛気臭い顔をするな。本当に拗れそうな時は俺がリオンを説得するから」
心強い言葉を貰え、二コラはようやく安堵した。
「ありがとうございます、エリック様」
あとは伝えるタイミングだけだ。