「はぁ」
ため息をつくミューズの表情は冴えず、神妙な面持ちである。お披露目が終わっても緊張感が抜けず、そわそわとしているのだ。
自室としてあてがわれた部屋でドレスを脱いでラフな格好にはなるが、先のことを思うと落ちつかない。
折角出来た少しの自由時間なのに、大好きな本を手にしても全く文章が頭に入らず、ミューズの目と手は同じページで止まっていた。
お付きの侍女チェルシーはそんなミューズを見て何も言えず、お茶を淹れた後はじっと側で待機するしか出来ない。
今のところミューズの力になれることは何もないからだ。
気持ちが落ち着かず、ふと手を見るとティタンにもらったブレスレットが目に入る。
(そう言えばティタン様に言われたわね)
エスコートされ、部屋の前で別れた時のことが思い出される。
「今夜、君の元へ行くから」
精一杯の気持ちで絞り出したのだろうなという表情をしていた。
口元を隠し、目線も反らしていたけれど、見える耳や頬が真っ赤であったのが記憶に残っている。
遠くで見守っているティタンの護衛騎士がガッツポーズしていたのが、目の端に映ったのも思い出された。
(アレは恐らく初夜の事を応援していたのよね)
そう考えるだけでミューズの顔は赤くなっていく。
本を閉じてテーブルに突っ伏した。
「嫌いではないの、寧ろ好きなの……」
ぽつりとミューズは小さな声で本音を漏らした。
最初にティタンの話を聞いた時は、嫌悪し憎んだ。
沢山の人を殺しても平然としている男。
そんな風に聞いていたのに、実際に会ったティタンはミューズの想像とは違っていた。
戦がなければ、きっとティタンは剣を振るって人を傷つける事も、命を奪う事もしなかったはずだ。
そう思うくらい優しさにあふれた人だった。
国の為、民の為、その力と剣を振るい、アドガルムを守りたいとそう願っていたように思う。
ティタンだけの力ではないだろうが、街の様子や、民たちの暮らし、そして城の騎士たちのティタンへ向ける視線が偉大さを語っていた。
他の王子たちも素敵ではあったが、ミューズとしてはこれ程までに武力に優れているのに、時々人間味を見せるティタンが一番好ましかった。
彼の表情や言動が好きだ、そしてあの逞しい体も。
赤くなる頬を押さえ、ミューズは艶のあるため息をついた。
ティタンへの好意を自覚してからは、ミューズの恋する気持ちは加速していった。
誰にも言っていないが、昔から小柄で非力であったミューズは、あのような筋肉や屈強な騎士に憧れていたのだ。
軽々とミューズを抱き上げ、多少の事ではびくともしないティタンは時に大胆で、けれど時に臆病で、そのギャップがまた愛おしく思えた。
しかもティタンは白い結婚を望まず、ミューズと本当の夫婦になりたいと望んでくれたので、尚更好意が強くなった。
妹たちを庇いミューズ自ら志願した結婚だったのけれど、最初はティタンの本心がわからず、このようになるとは思っていなかったのもあって予想外の連続であった。
ティタンはきっと妹を庇うミューズの心情に同情をして選んでくれたのだと思っていた。
本当は最初から好意を持ってくれていたと、望まれていたというのが、わかって嬉しい。
今夜あるであろう夫婦生活を意識し過ぎて、数日前は淑女にあるまじき悲鳴を馬車内であげてしまったが、今はようやく覚悟も出来、受け入れるつもりだ。
ミューズも数々の恋愛小説を読んできたのだから。多少の知識はある。
「恥ずかしいけど、きっと耐えられる」
またしても顔は赤くなるが、もう大声を上げることはなかった。