「お待ちしておりました」
高鳴る鼓動を感じながら、ミューズは極力声を抑えてティタンを部屋に迎え入れる。
ティタンは部屋には入るものの、ミューズに近づこうとはしない。
疑問に思うものの、こういう事は男性に任せるものだと言われている為余計な事は言わずにただじっと待つ。
「……こんな時でも君はとても真面目なんだな」
ティタンは少し寂しそうに笑う。
受け入れる言葉、そして受け入れる夜着を纏っているというのに、ティタンは何だか虚しくなった。
ミューズが形式的にしか接してくれない事に。
「真面目、ですか?」
一方のミューズは何故ティタンが笑うのかわかっていなかった。何かおかしかっただろうか、そんな事ばかりを考える。
(チェルシーが自信を持って送り出してくれたのだから、大丈夫だと思うのだけど)
こう言っては何だが、自分でも可愛く仕上がってたと思っている。
可愛らしいレースに彩られた夜着は、真面目とは程遠いと衣装だと思うので、ティタンが言う言葉の意味がわからない。
「無理に義務は果たそうとしなくていいからな」
そう言ってティタンはミューズの体を隠すようにガウンを掛けた。なるべく触れないように、見ないようにと気を遣いながら。
「義務、ですか?」
「そう、好きでもない男と肌を合わせようとしなくていい」
ティタンはそのままミューズの事を避けて、ソファに座る。
「疲れただろう、そのまま休んでくれ。信用は出来ないだろうが、俺はここから動かないし、ベッドにも近づかない。気になるなら腕を縛ってもらっても構わない」
言っていることがミューズにはさっぱりわからなかった。
「あの、どうしてですか? もしかして、私の事が嫌いなのでしょうか?」
明らかに避けられてしまうので、ミューズは困惑してしまう。
「そんな事はない、俺は君が好きだ」
ティタンははっきりと宣言する。
「だから、君に好かれもしていない内に手を出すことは出来ないと考えたのだ。手を出さないことで女性としての名誉が傷つけられぬようであれば、不能者だと声高に言ってもらって構わない。その方がミューズが傷つくよりも数万倍マシだ」
腕組をしたティタンはそう続ける。
「無理矢理手を出して嫌われたくはないし、寧ろ嫌われだもしたら、それこそ生きてはいけない。ミューズがいつか受け入れてくれる日が来るまで、待つつもりだ。今後もし君が俺を愛してくれる事があれば、だが」
ティタンはゆっくりと目を閉じる。
「だから安心して今夜は休んでくれ。先程は軽率に声をかけて済まなかった、断る余地も挟めず困ったことであろう。もうそのような事は人前で言わないから許して欲しい」
それだけ言ってティタンは口すらも閉ざしてしまう。
あまりにも一方的な言い分にミューズは呆気に取られてしまった。
言いたい事だけ言ってティタンは会話を閉ざしてしまったからだ。
それと共にミューズは全く自分の想いを伝えていない事に気がつく。
(そう言えば私はティタン様の思いを否定してばかりだわ)
羞恥で叫び、声高に政略結婚の宣言をした。
ティタンがミューズに好かれていないと思っても、仕方のない事だ。
そっと近づいてみるが、ティタンは目も開けてくれない。
もしかしたら肌を見ないようにしてくれているのかもしれないが、悲しくなる。
掛けてもらったガウンをテーブルに置いてティタンの前に立つ。
(首も太く腕も太い、二の腕なんて私の腰回りくらいありそうだわ)
短く刈りこんだ薄紫の髪はしっかりとしていて固そうだ。
そっと触れてみると、ピクリと体が動く。
完全に無視されるわけではないようだと、今度は
ティタンの体に触れてみた。
固く張りのある肌に筋張った体、くすぐったいのか眉に皺が寄せられている。
「愛してますよ、ティタン様」
そう言うとようやく目を開けてくれた。
「いいんだぞ、本音を言ってくれて」
まだ疑っているらしいティタンの首に腕を回し、心を込めて思いを伝える。
「本心ですよ、あなたが好き」
恥ずかしがりながら、ミューズは自ら唇を合わせた。
ほんの僅かな触れ合いだが、温かみがあるものにティタンも顔を赤くする。
「本気にするが、いいのか?」
ティタンの最後の確認にミューズはこくりと頷いた。
ティタンはミューズを抱え、椅子にかけてあるガウンも持ってベッドに向かう。
セシルが気を利かせて痛みを抑える薬を持たせてくれたのだが、それがポケットに入っているからだ。
(やはり必要だろうな)
抱き上げたミューズの体はいつも以上に軽く、小さい。
ドレスがない為もあるだろう。
出来るだけ優しく触れなきゃ壊れてしまいそうだ。
「愛している、ミューズ」
「私もです」
ベッド上で抱き合い、しばしお互いの体温を感じていた。
「良かった、これで子どもも出来ますね」
そう言ってミューズは眠りにつこうとした。
「いや、その。まだ色々とあるんだが」
まさかここでお預けを喰らうとは思わなかった。
あれだけ煽られて何もないとか、さすがに耐えきれない。
「夫婦になって朝まで一緒に眠ればいいのですよね、違います?」
少なくともミューズの読むような恋愛小説ではそのような描写だ。
ティタンはさすがに拳を握りしめる。
「違う、全く違うんだ。もう我慢できない」
間違いを言葉で訂正する余裕は持てなかった。
せめて優しくするから、許して欲しいとティタンは心の中で詫びた。