マオは侍女達に頼んで、色々なものを持ってこさせ、自分で初夜の準備を進めていた。

　髪を艶々にするオイルも、人目を惹くメイクも、良い匂いのする香油も、出来る限り準備してもらう。

　これら全て娼館にいた頃に見たものだ。

　メリハリのない体だが、着ないよりはましだと肌の露出を抑えた夜着も準備してもらう。

「驚いた、てっきり拒否されると思っていたよ」

　部屋に来たリオンはマオの変わりように、ただただ驚くばかりだ。

　さらりとした髪も蠱惑的なメイクも自分の為に準備してくれたのだろうかと思えば、どんな意図があろうとも嬉しくなる。

　近づこうとするリオンだが、マオは手をあげて制止する。

「お待ちいただきたいのです。その前にぼくから話があるのです」

　いつもの口調で話し始めたマオに、リオンは黙って耳を傾ける。

「まずはぼくが話すことを受け入れてくれたら、このままリオン様の諸々のいう事を聞いてあげるのです。受け入れられないなら、離縁して欲しい。あ、でも慰謝料はもらいたいですね、当面の生活費だけでいいのです」

「離縁はしないけど、いう事を聞いてくれるのは嬉しいかな。いいよ、話してごらん」

　優しい口調でマオの提案をあっさりと受け入れた。

「では遠慮なく。ぼくはシェスタの王城に行く前は、娼館で暮らしていたのです」

　突然の始まりに、リオンは眉をしかめる。

　その反応にマオは脈ありと感じ、リオンは知りたい情報にありつけそうだと感じる。お互い自分の思惑通りに進むのを嬉しく思った。

「娼館は、意味わかるですか？」

　王族には全く縁のない場所であろうと、念の為確認する。

「知っている、男性が女性の事を金で買う場所、だろう？　逆もあるし、男性が男性を買うとも聞いたが」

　その昔、自身も男性から迫られたことを思い出して、リオンは顔を伏せた。

　マオはその態度が娼館に対する嫌悪だと勘違いし、そのまま話を進めていく。

「そう、そこにぼくはいたですよ。つまりそういう事です」

　暗に体を売っていたのだと示唆をする。

「生きる為なら仕方ない事もあるだろう、過去の事も僕は受け入れるつもりだよ」

　リオンの気丈な言葉にも、マオはため息をついた。

「王女なんかに程遠い平民と、本当に結婚するですか？　リオン様に傷がつく前に追い出した方が身のためなのです」

　今別れれば、世間から見たリオンの評判も下がることはないだろう。

　後々平民だとバレてリオンの功績に傷がつくよりは、という思いもあった。

　怖い程マオに執着してくるが、リオンの根は悪い人ではない。騙して生きていくには、気が引けてしまうのだ。

「何の傷だい？　僕はマオとならどんなことも耐えられると思うよ」

　一歩もひかないリオンに、マオは夜着を脱いだ。

　リオンは息を飲む。

　マオの体には無数の傷がついていた。

「ぼくは平民どころか、貧民なのです、その日を生きる為に兄と二人、必死で生きてきたのです」

　リオンはその話を聞いても、マオの体から目が離せないようだ。

（こんな醜い体なんて、綺麗な世界で生きてきたリオン様は見たことないですよね）

　罪悪感に駆られてしまう。

「生きる為、盗みも人も殺したです。それでも、あなたの妻とするですか？」

　リオンは無言でマオに近づいていった。

　その目は怒りに満ちており、真っ直ぐにマオを見つめている。

　あまりの迫力に、殺されるかもと思ったマオは、思わず後ずさろうとしたが、その前にリオンに捕まえられてしまった。

「許せない」

　強く抱きしめられたマオの耳元で、低い声がした。

「こんな事をした者達が許せない、俺が殺したかった」

　殺気に満ちた言葉は、マオには向いていなかった。

「でももういないのか……くそ、俺にも少し残してくれれば良かったのに。誰だか知らないが、きっとマオの兄だな。仇を討ったのは」

　リオンの言葉は、マオにとって意味不明なものだ。

「仇って？」

「君がいた娼館も、その関係者も、全部いない。みな殺されたんだ」

　衝撃の言葉にマオは固まった。

「状況的とタイミング的に、君を大事に思うものが行なったことだろうと。君が恙なく王女として過ごせるように、害になるものは皆消されたようだ」

　リオンは、優しくマオの傷だらけの背を撫でる。

「僕はマオが好きだ、何があっても、離縁はしない。だから明日から専属侍女もつけるし、少しでも肌を治す為の薬湯にも入ってもらう。傷跡が消えないまでも、薄くなるはずだから」

　マオの肩に顔を埋め、リオンは息を吐いた。

「娼館にいたか……知ってはいたが、マオがそのような仕事はしていないと信じてるよ。さっき盗みと殺しって言ったし、危険を冒してまでマオの為に行動する兄が近くにいて、体を売るなんて事させるなんて思わないよ。病気と妊娠のリスクのほうが怖いもの」

　リオンは愛おしそうにマオを撫で続けている。

「急に脱ぐなんて止めてくれ、話も聞かないまま抱いてしまうところだった。ねえ、そろそろ僕が初めての男だって事、確かめてもいい？」

　マオは目を閉じる。

　自分が賭けに負けたことに気が付いたし、何か知らぬ間に色々調べ上げられていることもわかったし。

　なんかに気負っていたのがどうでも良くなって、マオは全てを受け入れることにした。

「ご自由にどうぞ」