（悔しい、何故私がこんな目に！）

　レナンが嫁いだ以降父であるパルス国国王も、王妃もヘルガを見限り、兄弟たちも距離を置いた。

　宗主国の王太子に逆らい、勝手な事をしたという事で嫌われたのだ。

　あまつさえ王太子妃となったレナンに会う事すら禁じられる。これではレナンを何とか退けて、王太子妃の座を譲り受けることも叶わない。

（本来私がいる場所よ。私はいつまでも尊敬されるはずで、頂点にいるべきなのに）

　全てレナンのせいだ。

　そんな憤りを感じていた時に、帝国の使者を名乗る女性がパルス国に来た。

　幾重もの宝石で着飾る、とても綺麗な美女だ。

　綺麗な紫の髪と紫の瞳を持つ彼女は、優雅で気品溢れ、妖艶な魅力を放っている。そして、ヴィルヘルムにある話を持ち掛けた。

　帝国が力を貸すからこの状況を打破しよう、アドガルムを下し、パルス国が宗主国にならないかと言ってきたのだ。

　帝国が後ろ盾になり力を貸す、それはとても魅力的な話だと思った。

　なのに国王ヴィルヘルムは、頭を振ってその申し出を断る。

「この国はアドガルムに従うと決めている」

　圧倒的な力の差を見せつけられ、そしてパルスの者が少なからずアドガルムにいる。

　その家族たちからの反発も考えられる事と、また今の国力ではアドガルムに到底及ばないからだと伝えられた。

「すまないが、うちの国では帝国の期待に見合う力を持っていない、話を聞かなかった事にし、アドガルムへは報告しないから、見逃して欲しい」

　あの強気であった父の言葉とは思えないと、ヘルガは驚愕した。

　父はこんなにも弱くなっていたのかと。

　実際は戦より戻ってきたルアネドに懇々と説教されたのが、原因だ。

　アドガルムの国力と慈悲深さ、そしてレナンがこうしてエリックの側にいるならば、彼はけしてパルスに攻め入らないとも言われている。

　貸してもらった王家の影の力をヴィルヘルムに見せた事で、ルアネドの主張も納得してもらえた。

　じかに戦に行き、そして生還して帰ってきたルアネドの言葉は重く、ヴィルヘルムも考えを改めたのだ。

◇◇◇

「つまらないわぁ、どうしましょう」

　帝国からの使者ルビアは、まさか断られると思っておらず、仕方なく引き下がった。

　アドガルムにちょっかい出そうと思い、好戦的なパルスに焚きつけに来たのに、国王がこんな腑抜けとは。

「面白くなると思ったのに」

　エリックにとってはパルス国が攻めてきても痛くも痒くもないだろうが、レナンにとっては身を切られるより辛いだろう。

　自身を傷つけられるよりもレナンにダメージを与えた方が、あの澄ました王太子には効くはずだ。

「あ～あ、そうしたらあの王太子を物に出来たかもしれないのに」

　心に隙が出来れば、ルビアの魔法は効きやすい。

　精神を捕え、傀儡にし、側においてもいいし、そのままアドガルムを掌握するのに利用してもいい、どちらにしろ美味しいのだ。

「詳しくお話を聞かせてもらえませんか？」

　決意を込めた声にルビアが振り向く。

「あなたは？」

「この国の第一王女のヘルガと申します」

　優雅な礼を見せる女性にルビアは驚いた。

「あなたがあの有名な……！」

　妹と争い、敗れた愚かな王女。

　ルビアはにやりと笑う。

「あなたの聡明さは聞いております、ヘルガ様。さぞ悔しい思いでしょう、不出来な妹に王太子妃の座を取られて」

「私の心をわかってくれるとは、嬉しく思います」

　ルビアの偽りの言葉をあっさりと信じてしまう程、ヘルガの心は弱っていた。

　この女性はヘルガの気持ちをわかってくれていると思い込むほどに。

「ルビア様、先程は父が失礼な態度を取ってしまい誠に申し訳ありません」

　ヘルガは頭を下げる。

　ルビアはそんな様子を見て上機嫌ながら宥めた。

「いいのです、こうしてあなた様とお話し出来たのですから。それであたしに詳しく聞きたいこととは？」

　先程の独白を聞かれていたとしたら、確実にあの事だ。

「お話を勝手に聞いてしまい、すみません。もしかして王太子とは、エリック様のことかと思いまして」

　ヘルガが罰の悪い顔をしながら、尋ねてくる。

（わかりやすく、動かしやすい子ね）

　プライドの高いものは追いつめられるとすぐに知性を失う。

　帝国という元来味方ではないものに対しても、こうしてのこのこと弱みを見せるとは。

「ええ、エリック様の事よ。あたしとパルス国が手を組めば、あの王太子すら跪かせることが出来るわ」

「え？」

　自信たっぷりに話すルビアに、ヘルガが疑問の声を上げる。

「これらの魔石は魔力を増幅させるの。これがあれば魔力であの王太子を思いのままに操れる」

「エリック様を、思いのままに」

　魔石の光を見たヘルガの目がとろんとし、焦点が合わなくなる。

「憎いレナンをパルス国に呼べば、エリック様もここに来る。そうして捕らえ、弱らせて、魔力を送れば……ほら、意のままになるわ」

　ルビアの魔石から出た黒い靄が入り込み、ヘルガの精神を蝕んでいく。冷静な考えなど持てない。

「意のままに、あの方を私のものに」

　ヘルガはふらふらとし、だが危険な笑みを浮かべた。

「そうね、おびき寄せる為にちょっと細工したいから、しばらくあなたの部屋に隠れさせて頂戴。あなたたちはどこかに適当に隠れてなさい、何かあれば呼ぶから」

　ヘルガは共にきた部下たちに命じる。

「さてヘルガ、部屋に案内してね。レナンを捕えた後、エリック様をあなたにプレゼントするから」

「はい、ルビア様……」

　王女と言う格好の手駒を得られ、ルビアは喜ぶ。

　これで準備は出来た。