各々が少し成長し、より良い関係性を築きながら幸せに過ごしていた。
各国も少しずつ落ち着きを取り戻し、穏やかな日常がゆっくりとだが、確実に戻ってきている。
そんな中で、また新たな火種が起きた。
「レナンの母上の容態が悪い?」
エリックは渡されたものを確認する。パルス国の印もある、正式な書状だ。
今受け取り、確認したばかりなので、レナンにはまだ見せてはいない。
「明らかに怪しいが、万が一本当の場合は……」
親の死に目に会えなかったとなれば後悔するだろうし、何故早めに教えてくれなかったのかと悲しむかもしれない。
(調査をしてからでも大丈夫だろうか……)
今やエリックの弱みはレナンなので、もしも二度と帰ってこないなどとなったら、そう考えるだけでゾッとしてしまう。
あのヘルガもいるから、尚更心配だ。
「ルアネドのもとにいる影からも情報を集めてくれ。時間を見つけて、俺もルアネドに直接聞いてみる」
(何もなければそれでいいのだが……)
けれどエリックの思いとは裏腹に事は進んでいく。
「レナンの母である、トゥーラ妃が体調不良なのは本当だ。部屋から出てこれないくらい、容態が悪いらしい」
通信石にて話を聞くと、ルアネドが心配そうな声でそう伝えてくれた。
ルアネドの言葉ならと、エリックも疑いを持たずに書状の内容を信じ、決心する。
レナンにパルス国からの手紙を見せ、トゥーラの現状を伝えた。
「護衛は必ずつけて行ってくれ。何かあれば、通信石ですぐに連絡をして欲しい」
本当は一緒に行きたい、少しも離れたくない。
けれどタイミング悪く、もうすぐ帝国の者たちを迎え入れなくてはならず、エリックの立場上残らなくてはならない。
王太子妃のレナンと会えない事を訝しむだろうが、そもそも会わせたくないから、何とでも言い訳をして、レナンの同席は拒否する予定であった。
「母の容態が良くなったら戻ってきますから、あまり心配なさらないで」
気遣わしげにレナンはエリックを抱きしめる。
この温もりを暫く感じられなくなるのだと思うと、ついていけない事が歯がゆい。
「必ず無事に戻ってきてくれ」
自分の言葉にしばらく離れてしまう事を余計実感してしまい、寂しく、悲しくなってしまった。
◇◇◇
「久しぶりのパルスだけど、このような国だったかしら。何だか違う国みたい」
ほんの数ヶ月程離れただけなのに、なんだかとても懐かしい。
空気も雰囲気もアドガルムと違う為、何だか慣れない。
「そうですね。だいぶアドガルムに馴染みましたし、もう向こうが故郷のような感じもあります」
ラフィアも久々の故郷に違和感があった。
今まで住んでいた国のはずなのに、アドガルムの方が居心地がいいからだろうか。
アドガルムでは王族自体が仲良く、そしてレナン達を大事にしてくれていた。
それを受ける家臣も使用人も皆優しいので、パルスよりも過ごしやすいのだ。
穏やかな気候に心根の優しい人ばかりの為、レナンもラフィアもすっかりアドガルムを好きになっていた。
「ヴィルヘルム様に挨拶してから、レナン様のお母様にお会いしましょう。手土産はどっさり持ってきています」
いつもより濃いメイクをした護衛騎士のオスカーだが、その口調かいつもより早口だ。そわそわと緊張しているみたい。
「けして一人で出歩いてはなりませんよ。必ずあたしかオスカーと共にいてください! 特にヘルガ様と話しては駄目です」
女性好きのキュアらしからぬ発言だ。
キュアでもヘルガを受けつけないとは、好みではないのだろうか。
エリックは護衛騎士と護衛術師をレナンにつけ、更に騎士団と隠密隊もつける。
「俺がいない間、レナンのことは命がけで守れ」
と厳命されたのだ、皆気が抜けない。
隠密隊は皆認識阻害で気配を消し、騎士団は目に見える戦力として後ろに控える。
従者兼護衛のキュアがアドガルムの代表として挨拶や話をした。
「この度はトゥーラ様の容態をお知らせくださり、ありがとうございます」
キュアは頭を下げ、レナンの父である国王ヴィルヘルムにお礼を伝えた。
「当然だ、レナンの実の母親だしな。実のところ原因もわからず、容態も日に日に悪化している、レナンが間に合って本当に良かった」
ヴィルヘルムの言葉に、レナンは顔色を失くす。
「お母様は、そんなに悪いのですか?」
ほんの少し前に会った時はあんなに元気で、レナンの輿入れを喜んでくれていた。
なのに、いまやベッドから起き上がれない程らしい。
「熱もない、元気もある。だが、食欲は落ち、衰弱が早いのだ。とにかくすぐにでも会ってくれ」
オスカーはじっとヴィルヘルムを見る。
嘘を言っているようには見えない。
「では失礼して。レナン様、お母様に会いに行きましょう」
キュアの促しにレナンは頷いて歩みを進めた。
ヘルガに会うことなく済んでよかった。
◇◇◇
実際に会うレナンの母、トゥーラはとても瘦せていた。
ただ痩せるのではない、ベッドから起き上がるのも人の手を借りてやっとだし、筋力が落ちているから声も出しづらいのだろう、聞こえづらい。
「大丈夫ですか?」
骨と皮のようになった、トゥーラの手を握るレナンは涙目だ。
ラフィアもやせ細りすっかり変わってしまったトゥーラを見て、涙をこらえている。
「ありがとう、大丈夫よ。レナンにこうして会えたのだもの。すぐ元気になるわ」
弱弱しい笑顔と張りのない声。
オスカーとキュアが小声で話す。
(どう見る? 病か?)
オスカーの問いかけに、キュアは首を横に振る。
(いえ、微かだけど魔力を感じるわ)
キュアは目を細め、トゥーラを見る。
微かに黒い、嫌なものが体に纏わりついているのだ。
(変わったことがなかったか、もう一度ルアネド様と影に確認しましょう)
オスカーも頷く。
(わかった、俺も探るか?)
オスカーの言葉にキュアは眉を寄せた。
(下手な刺激で動かれては困るわ。トゥーラ様が人質に取られているようなものだから、あなたのそれは最終手段よ。種は、撒いているでしょう?)
見つからないよう、オスカーは植物の種子をパルス王城に蒔いて歩いていた。
何もなければ枯れて消える程小さい。
何かあれば魔力を通せば足止めくらいには使える。
(あの黒い魔力は嫌な予感しかしない……レナン様に何もないといいけど)
甲斐甲斐しく母親の世話をするレナンに、何もない事をただ祈るだけだ。