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第138話・愚直

 拠点“しっぽの家”の広場では、魔王軍のドライアドと恐竜人ライズの模擬戦が行われていた。


 真っ先に名乗りを上げたのはルカ。毛玉石竜ストーン・ドラゴン戦のモヤモヤした不完全燃焼の残りを模擬戦で解消したいのだろう。


 もちろん、殺傷能力のある本来の武器は持たず、ドライアドは竹刀、ルカは16オンスのボクシンググローブでのバトル。


 これはどちらもアンジーのフードからだしてもらった。


「なんでもでてくる青い猫型ロボットみたいな超便利謎女だよな~。って、アンジーのマナが青いのってそういう意味だったのか!」

〔……違うと思います〕





「素晴らしく身体のキレがよいでござるな」


 演武を見ながら脳内シミュレーションしていたルカは、初対戦とは思えないほどドライアドの剣筋を見切っていた。


「まだまだいけるっスよ!」


 左からの袈裟斬りを、懐に潜り込んでかわすルカ。


 その瞬間ドライアドの膝蹴りがルカの右わき腹を襲ったが、ガードの為に正面にだしていた左手でその膝を抑えると、そのまま右に身体を捻り右廻し蹴りに繋げた。


 ドライアドはつかの部分で廻し蹴りを止めると、目の合ったルカと楽しそうにニヤリと笑い合った。


「くう、おっちゃん強え~っス」


 ウチは『ふう……』とため息を吐き、呼吸を忘れていた自分の脳に酸素を入れた。


「わかってはいたけど……マジで凄いな」


 目の前で繰り広げられる試合を観ながら、ルカの今迄の戦いを考えてみた。


 初戦は初代はつしろ新生ねおとの遭遇戦だ。


 この時はタルボたちと素手同士の戦いだった。スケルトン軍団はレックス・インパクトで吹き飛ばして終了。そしてつい先日のグレムリンが操るストーンドラゴン。


 たまたまなのだろうけど、ルカは剣等の武器を構えた相手との戦闘経験がなかった。だからだろうか、色々と試行錯誤しながらも、ものすごく楽しそうだ。


「それにしても……」

「うん、弱点が見えて来たね」


 ルカの鋭い突きや廻し蹴りが、だんだんと当たらなくなってきた。


「ルカ殿は攻撃が素直すぎますな」


 ドライアドはただ戦うだけではなく、相手の特徴を捉えてしっかりアドバイスをしてくれる。彼に模擬戦を頼んだのは大正解のようだ。


「基本に忠実なのはよい事。しかし、戦いにおいて“愚直”すぎるのは、むしろマイナスでござるよ」


 攻撃が当たらなくてストレスになっているかと思ったけど、それは完全にウチの勘違いだった。


 ルカの表情には全然そんな事はなく、むしろスッキリとした笑顔になっている。


「そこまで! ドライアドもルカちゃんもお疲れ様」


 終了を合図する、審判役のアンジー。ウチではどのくらいの時間戦うのが適当かとかわからないから、その辺りは完全に丸投げだ。


「う~ん、まだまだティラさんの足元にも及ばないっスね」


 流れる汗がキラキラと輝き、その美しい格闘家の身体を包んでいた。薄っすらと立ち上る蒸気が、火照った全身を撫でていた。


「ルカ殿の技のキレならば、フェイントを一つ二つ入れるだけでも段違いに強くなるでござるよ」

「フェイント、っスか?」

「うむ、右と見せかけて左、上と見せかけて……」

「下っスか!」


 左手のひらに“ぽんっ”と右拳を打ちつけるルカ。新たな戦法に瞳の中が興味で溢れ返っていた。


「更にそれもフェイントにして左斜めうしろってのもあるで~。そして最後には一周回ってフェイトをかけないのがフェイントになったり」

〔そう言う後先を考えない珍妙な戦術をとれるのは、八白亜紀、あなただけですよ〕


 ……珍妙言うなって。


「さあ、次は誰でござるか?」

「え、部長(ドライアド)休まなくていいの?」

「問題ござらん。久々に楽しい“試合”ですからな」


 模擬戦とは言っても、あのルカを相手にしてかなり疲れているはず。それでもすぐにも次の試合を求めるのは、ドライアドにとって”楽しむ戦い“が貴重なのかもしれない。


「じゃあ次、ティノ行ってみようか」

「マスターアンジュ。それは本気で言っているのですか?」


 アンジーとティノが、真剣な表情で顔を突き合わせている。


 その声には一切ふざけた感じはなく、なんか……そう、切羽詰まった感じだった。


「……もちろん。その為に来てもらったんだから」

「本当に、やるのですね?」

「本当に本当だよ」

「仕方ないですね……」


 なにか決意を促すアンジー。そして重々しい空気のまま進みでるティノ。


 スラッとした体形に赤いジャケットとデニムのショートパンツ。派手な金髪が服装と相まって、野球中継の観客席でカメラに抜かれるタイプの垢抜けただ。


「アンジー、あの娘大丈夫なの? なんか悩んでない?」

「あ、ティノは極度の面倒くさがりでさ」

「え~……」

「やれば超できる娘なんだよ。スイッチが入ればね」


 ティノは、腰のホルスターからナイフをとりだした。片手に四本ずつ、両手で八本。


 切っ先の方を指の間に挟み、明らかに投げる構えだ。もちろん予め斬れないようにと、刃は削り落としてある。


 アンジーは『トリッキーな動きをする』と言ってたけど、ドライアド相手にそれが通用するかは……正直かなり微妙なところだろう。


「あ~も~~、マジかったるいんですけど~! 帰りたいんですけど~!」


 ……それ、ナイフをブラブラさせながら言うセリフじゃないぞ。

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