「しっかし、“まさか”だね」
「うん、私もここまでとは思わなかったよ」
アンジーですらこの反応だ、なかなかに信じがたい。
なぜなら、模擬戦でティノがドライアドを翻弄し、接戦を繰り広げているからだった。
「あいつ、なんであんなに強いんだよ」
彼女の
「やっぱりこれも、アンジーが教え込んだの?」
「まあね~!」
アゴチョキでドヤっていやがります。
「アンジーって、教師の素質があるんじゃない?」
「ああ、よく言われるよ。
一瞬流れた微妙な空気。初代新生はロボットのようにぎこちなく“頭だけをウチに向けて”口を開いた。
「なあ……こいつ今、自分で美人って言ったよな?」
「言ったね、サラっと。さすがにさ、自分で言うのは……ねぇ」
「おまけにそこだけ強調していやがったぜ」
「でも基本アホだからな。全校集会でザワザワしている所にいきなり怒号砲ぶっ放す体育教師みたいになりそうだわ。『健全な
アンジーはケラケラと笑っていた。
「……もう、二人ともひどいな~」
ひどいと言いながらも怒っているわけではなく、むしろ楽しそうだ。
「だけどよ……コイツならオレの話を聞いてくれる、まともな教師になりそうじゃね?」
これは意外な言葉。初代新生がアンジーをこんな風に評価していたなんて。
今度はアンジーが目を丸くしてウチを見てきた。なにか“信じられないものを見た!”って感じだ。
初代新生が、思わず『オレの』と言ってしまったのは“話を聞かない教師に幻滅させられた”あの一件が原因だと思う。
しかしこれは本人的には失言だったのだろう、顔を赤くして『ちっ、忘れろ……』と悪態をついてそっぽを向いてしまった。
「で、まあ、話をもどすとさ……」
気をとり直して解説に戻るアンジー。脇道にそれた原因を自分で消そうとするマッチポンプさんだ。
「ティノは“あまりに型がなさすぎる”のが強みなんだ。ドライアドからしたら動きも展開も読みにくいと思うよ」
「だけどよ、それだけであそこまで拮抗するものなのか?」
「ん~、今は優勢でも、段々手の内が見えてくると地力の差がでてくると思う。ティノはどちらかと言えば八白さん向きの
それはなんとなくわかる。ティノは、アタッカータイプと組ませるとよさそうだ。
フェイントを入れてアタッカーが動きやすくなるように誘導し、そして注意がアタッカーに向いたらバックアタックで急所を狙う戦い方。
それもキティみたいに遊撃隊的な動きではなくて、最初から連携を前提とした動きをしてもらう方が活きるんじゃないかな。
「それでもティノはスゲーっスよ。おっちゃんが言っていたフェイントってこれなんスね」
ティノのトリッキーな動きにドライアドが翻弄されていくのを見て、ルカの目は
「おっちゃ~ん、まだやるぅ~?」
「まだまだでござるよ。こんな面白い戦い方、終わらせるのがもったいないでござる」
「え~、終わろうよ~。ダルいんですけど~!」
「そう言いながら、まだ手札を隠しているのでしょうな。目がなにかを狙っているでござる」
ティノは『バレたか』と舌をだし、手に持った最後のナイフをドライアドに向けて投げた。
寸分の狂いもなく心臓をめがけて飛ぶナイフは、それ故、その軌道を読まれやすい。
——ドライアドは軌道を読み、刀で
しかしそれは、軌道を読んだのではなく……ティノに
「それ、てけれつのぱ~なんですけど!」
と、指ピストルでドライアドを指差し、イラズラっぽくウインクをするティノ。
彼女が投げたナイフは筒状の偽物で非常に脆く、ドライアドが叩き落とそうと刀を合わせただけで壊れてしまった。
それまでに何度も投げていたナイフは全て
――そして壊れた筒の中からは粉が噴きだし、ドライアドの視界を一気に奪う。
「一体なんでござ……げほっ」
その粉は、乾燥した赤い植物を砕いたものだとあとで聞かされた。海岸沿いに多く自生していると聞いて見に行ったのだが……
「うわ、なにこれ、目痛っっ」
「ちょっと、ティノ。アンタなんてもの使うのよ」
……あれは、ほぼほぼ唐辛子だった。
「痛っ! 辛っ!」
「これヤバ……げほっ」
そこら中から聞こえる阿鼻叫喚。
ティノのフェイクナイフから拡散した
……もちろん、主犯のティノも例外ではない。
「もう、ピリピリずるんでずげど~」
「当だり前でしょ。げほっ……こ、ごの試合ここまどぇ!」
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(注)健全なる精神は健全なる肉体に宿る。
本来の言葉(の翻訳)は
「人は、神に対して『健全なる身体に健全なる精神』が与えられるように祈るべきだ」
であって、教育現場で標語の様に使われている言葉は誤用です。