輝く太陽と緑鮮やかな拠点【しっぽの家】から聞こえて来るのは、風が撫でる木の葉の音と小川のせせらぎ、そして……
咳と悲鳴の阿鼻叫喚だった。
ティノが自爆的に撒いた唐辛子もどきの微粉末は、その場にいた全員に被害をもたらした。
特に粉を思いっきり顔に浴びたドライアドは水場に頭を突っ込んで洗い流し、他のみんなも水をのんだり顔を洗ったりと散々だった。
「ティノ、あれ禁止ね。少なくとも半径十メートル以内に味方がいたら絶対ダメ!」
「え~。アレ撒いておけばスタコラぴーで楽できるんですけど~」
いやいや、この惨状を見たら禁止しかないだろ。無差別な分、リコりんのデバフよりも凶悪だぞ。それに魔法属性じゃないからレジストもできないし。
……でも、正直言うとウチはこういうの嫌いじゃない。
武器でも魔法でもなく“この時代にある物で道具を作りだして使う”ってのは、生き物として少し前進した感じがするからだ。
「ところで、今のティノちゃんってさ、知識ベースはアンジーな訳だよね」
「うん、それがどうかしたの?」
「あのさ、『てけれつのぱ~』って落語ネタじゃん?」
落語なんて結構
「なんだろうね。少なくとも私の知識じゃないよ」
「って事は……」
ウチとアンジーは視線を
……なるほど、さっきから視線を合わせようとしなかったのはそういう事か。あれは彼女の
「お~い
「……」
「聞こえないフリするなら次から“
「馬鹿、やめろっ!」
「ふっ、与太郎に反応したって事は確定じゃないか」
新生は小さく『クソッ』と呟くと、そそくさと水場から離れて行った。
「意外な趣味と言うかなんというか、シブいJKだねえ」
「みんな、結構毛だらけ猫灰だらけなんですけど~」
「灰と言うか唐辛子だけどな……」
どうやらこの
「おあとがよろしいようで!」
「ティノちゃん、よろしくないし、まとまってないから……」
頭からかぶった唐辛子の粉を落とすついでに、ここまでの汗を洗い流してきたドライアド。
充血した目でティノを見ると、冗談なのか本気なのかわからない調子で口を開いた。
「ふう、スッキリしたでござる。いやはや、あの技はなんとも強烈ですな」
「さすがに禁止令だしたよ。味方にも撒くのはヤバイって」
「本人も喰らっているようでは致し方ござらん」
豪快に笑うドライアド。北の洞窟にいた時とはうって変わり、憑き物がとれた様に表情が豊かになっている。
思う所はあるだろうけど、とりあえずはハーピーやセイレーンが楽しく笑っていられる事が大きいのだと思う。
「あとは初代殿との対戦ですかな?」
「ああ、そうだね。アイツはほぼ素人だからさ、なんというか……」
「心得てござるよ。一朝一夕に強くなれるものではござらぬが、身体の動かし方、足の運び方、そう言った基礎を教え込めばよいのですな?」
「お、おう、それそれ」
なんかウチが口をだせるレベルじゃないわ。完全に丸投げしかないな~と思っていたら……
「マジか、アンジーあんたまさか……」
なぜかアンジーが初代新生がのセコンドについて、コソコソとアドバイスを始めていた。模擬戦だってのに気合入り過ぎだろ。
「ああ、初代からアドバイス求められてね」
普段いがみ合っているくせにもう。でも、一度は自分を殺しかけた相手にアドバイスを求めるとか、彼女も切羽詰まっているのかもな。
本気で現状をなんとかしようとしているのなら、それは応援するべきだとウチは思う。
……だけどこれはアンフェアだ。
「ならば、ウチは
「なんでそうなるのよ八白さん。……いや、まあ、相変わらずだけど」
「君らのコンビ芸に対抗する為ってことで」
「誰がコンビ芸だコラ、わけわからんわ!」
アンジーが呆れ、初代新生が軽く
……すでにウチたちの戦いは始まっているんだぜ。
「あ、亜紀殿、拙者にセコンドは……」
「まあまあ、そう言わんと。相手の参謀はあのドラゲロアンジーやで。なにしてくるかわからんぞ~」
“ドラゲロ”の通り名がでた瞬間、ドライアドの顔に緊張が走るのが見えた。
目の前にいる猫耳転移者が、史上最凶最悪の勇者だと、ウチの一言で改めて認識させてしまったみたいだ。
「いまだ悪名は健在なんだな」
でもそうでなければブラフに使えないし、ドライアドですら怯む通り名はやはり有効って事だ。
「で、では……模擬戦最後の一戦といきますかな?」
world:09 結構毛だらけ猫灰だらけ! (完)
――――――――――――――――――――――――――――
(注)【与太郎】
落語では『間抜けで色々しくじりっ放しの男』を表します。リアルでもどうしようもない奴を与太郎と呼んだり、どうでもいい話を与太話と言ったりもします。
本文で初代新生が抵抗を示していたのは上記の知識があった訳で、=落語を知っているという、八白亜紀の判断に繋がったわけです。
ちなみに、初代新生の推しは歌丸師匠です。