PM 4:06
「
長机の端の席に並んで座るキリミとサシミ。向かい側には
歯砂間「2人にお願いしたいのは、ある怪異の捕獲……いや正確にはまだ怪異と断定できていないんだけどね」
サシミ「どういうことですか?」
歯砂間「とある事件を起こしているのが怪異なのか、生きている獣なのかわかっていないんだ。ただ、どちらの場合でも捕獲してほしい。もし難しければ駆除もやむを得ない。判断は現場にいるキミたちに任せる」
キリミ「で、その事件ってのは?」
歯砂間「ここ3カ月ほど、山形県の山間部で死者が多数発生している。全員、腹を食い破られ内臓がほとんどなくなっていたそうだ。傷跡から、大型の獣に襲われたと推察されている。死者数はわかっているだけで96人」
キリミ「異常な数だな」
サシミ「もし獣の仕業だとしたら、猟師さんの出番じゃないですか?」
歯砂間「もちろん、地元の猟友会が探索と駆除に当たった。けど、さっき言った死者の大半が猟師なんだよ。武装して猟犬を連れた猟師を何人も殺せる生き物がいるとは考えにくい。それに妙な目撃証言もあってね」
キリミ「どんな?」
歯砂間「人と犬をハイブリッドしたような、直立して歩く獣を見たと言う猟師がいるんだ。しかも1人ではなく、十数人が同じような証言をしている。何百年も前ならまだしも、様々な技術が発展し謎が解明された現代でそんな見間違いを何人も同時に起こすとは考えにくい」
サシミ「じゃあ本物の怪異の可能性も否めないってことですか……だから『魎』に捕獲の依頼が来たということですね?」
歯砂間「そう。すでに危険性はわかっているから、キミたちのような怪異専門の殺し屋の力を借りようと思ったわけ」
キリミ 「本当に怪異なのか?それにしてはやってることが単純っていうか……めっちゃデカいオオカミとかじゃねーの?」
サシミ「お姉ちゃん、日本にオオカミはいないよ。絶滅してる」
キリミ「そうなのか?探せば1匹くらいいるんじゃね?」
歯砂間は小さく笑い、続ける。
歯砂間「もしオオカミがいるなら国の保護対象になるだろうね。オオカミのような日本に現存しない生き物の仕業だったら私たち『魎』が捕獲して国に提供し、恩を売っておきたい。そういった生物ではなく怪異なら捕獲して研究したい……というのが本音」
キリミ「どっちにしろ生け捕りにすればいいってことか。わかった、やるよ。お前もいいだろ?サシミ」
サシミ「うん。でも私たち学校があるから、あまり長い時間はかけられないよ」
キリミ「はぁ?お前なぁ、学校なんてサボっちまえよ!アタシみたいに」
サシミ「イヤだ。私ちゃんと勉強したいもん」
歯砂間「あら、キリミさん学校行ってないの?」
キリミ「おう。前に行ったのは4カ月前かな?あんなとこに毎日行くのは、限られた人生という時間の無駄遣いにしかならない」
サシミ「お姉ちゃん、大人になってから絶対に苦労するよ」
歯砂間「私もサシミちゃんの意見に賛成かなぁ。特別な理由があるなら別だけど、単に学校をサボってるとサボり癖がついてしまって、他のことにも取り組めない人になってしまう」
キリミ「なんだよガリ勉ども!」
歯砂間「じゃあこうしよう。今回の捕獲任務には2人だけじゃなく『
キリミ「えーっ!つまんねーの!しかもあの無能部隊がついてくるのかよー!」
歯砂間「そもそも山形までは『百鬼』が保有するヘリコプターで送るつもりだったし。キミたちが仕事をしている間、彼らには手を出さずバックアップに専念してもらうから」
キリミ「ちぇっ」
サシミ「助かります」
歯砂間「では早速出発しよう!っていっても私は
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PM 7:28
山形県
下部に巨大なコンテナをぶら下げた黒塗りのヘリコプターが着陸。武装した隊員4名とキリミ、サシミがコンテナの上に降りた。リーダーの号田は降りる直前に、運転席にいる隊員へ指示を出す。
号田「明日朝5時までここで待機!ターゲットを補足できなかった場合、5時になった時点でキリミちゃんとサシミちゃんを乗せて市目鯖支部へ向かえ!」
運転席の隊員が号田に向かって右手でサムズアップする。号田もヘリコプターから降り、扉を閉めた。山を眺めるキリミとサシミに近寄る。
号田「怪異と思しき獣の目撃情報はこの山で最も多く発生している!」
キリミ「わかった。ならこの山とその周辺を洗う」
号田「本当にキミたちだけで大丈夫か?」
キリミ「大丈夫だって。少なくともアンタたちより上手くやるよ」
サシミ「お姉ちゃん!」
キリミ「あー、正論言い過ぎた。とにかく任せときな」
キリミとサシミは山へ入っていった。
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勝雄山 山中
鬱蒼とした森の中に立ち、空気の匂いを嗅ぐキリミ。その様子を背後から見つめるサシミ。
サシミ「どう?」
キリミ「北北東の方角から微かに血の匂い……A型の男でちょっとメタボなヤツが死んでる。ついさっき殺されたばかりだな。例の怪異にやられたに違いない」
サシミ「相変わらず警察犬並みの嗅覚ね……いや警察犬って匂いで血液型とか性別とかまでわかるのかな?」
キリミ「アタシだけの特殊能力みたいなもんさ。血の匂いは何万回も嗅いだからわかるんだよ。早く行くぞ。ターゲットが逃げちまう」
キリミとサシミは目にも止まらぬ、トムソンガゼルのようなスピードで駆け出して木々の間を移動した。