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双子と猛獣④

草をかき分け歩く、後ろ足で直立した獣。全身が灰色の毛で覆われ、顔はイヌ科の生物を思わせる。身長は3m近く、両腕は地面に着きそうなほど長い。両手には血がしたたる鋭い爪。口には牙。


突如、獣は背中に痛みを覚えた。首を背中のほうに回すと、細長い針が4本刺さっている。振り返る獣。10mほど先にある木の上、枝の隙間に少女の姿を捉えた。サシミが樹上に潜み、獣に向かって仕込み針を投げたのだ。


左手の指に挟んだ4本の針を間髪入れずに投げるサシミ。獣は針の軌道を見切り、後方へ飛んでかわした。針が地面に突き刺さる。


着地した直後、死角から何者かが獣に飛びかかり、刃物を首に突き刺した。手で振り払う獣。鋭い爪に当たらないよう身をひるがえして獣の体から離れるキリミ。草むらに隠れて様子を伺い、獣がサシミの攻撃に注意を引かれている隙を狙って攻撃した。右手でコンバットナイフを逆手に握っている。


背中と首に攻撃を受け赤い血を流す獣。しかし怯むことなく、キリミとサシミに対して低いうなり声を上げる。



キリミ「体毛に分厚い筋肉……この程度の攻撃じゃ致命傷にはならねぇか」



獣はキリミに向かって駆け寄り、両手を振り回した。左右合わせて10本の爪がキリミを襲う。体に当たる寸前でかわし続け、ナイフも使いながらガードする。防戦になりながらも反撃の隙を狙うキリミだが、リーチの差が大きくナイフが届く距離まで接近できない。



キリミ「サシミぃぃ!援護しろぉぉ!」



樹上から再び仕込み針を投げるサシミ。獣は飛来する針の勢いを口から吐いた息だけで相殺した。力なく地面に落ちる針。すかさずキリミが獣のふところに入り込み、ナイフでみぞおちを突き刺す。思い切り力を込めた一撃を受け、絶叫する獣。両腕を振り下ろしキリミを引き裂こうとするが、キリミはナイフを引き抜き、バック転で攻撃をかわす。右肩に爪がかすったが、傷は浅い。


キリミが心臓を狙って突き立てたナイフを食らってもなお、獣は倒れない。



キリミ「タフだな」



キリミの背後からサシミが声をかける。



サシミ「お姉ちゃん、眼球を狙おう!眼球は柔らかいだろうし、視力を奪えば捕獲も楽になる!」


キリミ「そうだな……おとなしく捕まってもらうぜ!オオカミ人間!」


獣「ほか……く……?僕を殺しに来たんじゃないんですか?」



獣が人の言葉をしゃべり出したことに目を丸くするキリミとサシミ。



キリミ「お前、しゃべれるの?」


獣「はい……僕、元々は人間で、オオカミと融合させられちゃったんです」


キリミ「何だそりゃ!?」



獣とキリミが話し始めたのを見て、木の上から降りて歩み寄るサシミ。



サシミ「話が通じるのなら、戦う前にいくつか聞きたいことがあります」


キリミ「お前は何者で、どこから来て、どうして人間を襲ってた?」


獣「僕は100年ほど前のヨーロッパで、とある実験によってオオカミと融合させられた人間です。当時の研究者たちは僕のことを『人狼じんろう』と呼んでいましたね。しかし研究者たちが亡くなり、研究所は封鎖。行き場のなくなった僕は野生で生活することになりました」


サシミ「ヨーロッパはオオカミ男伝説の起源とされているけど、まさか実験で人とオオカミを融合した生物が生み出されてたなんて」


獣「深い山の中でひっそりと暮らしていたのですが、ハンターに見つかって追い回されるようになり……逃げ回りながら山を越え、海を越え、長い年月をかけて日本にやってきました。日本は治安の良い国だと聞いていたので、日本語まで勉強して。でも大して変わらなかった」


キリミ「猟師に見つかって殺されそうになったところを返り討ちにしてたってわけだな」


獣「ええ。みんな銃を持っていて、僕を殺そうとしてきました……でもアナタたちは僕を捕まえに来た。そうですよね!?」


サシミ「ええ。殺すのではなく捕獲が私たちの目的です」


獣「捕まったら僕は、どこかに隔離されるのでしょうか?」


サシミ「詳しくはわからないけど、『りょう』という組織の保護下に入ると思います」



獣は両腕でガッツポーズを取る。



獣「よっしゃぁぁ!ありがとうございます!ぜひ捕まえてください!捕まればしばらくは家に困らないし、おそらく食べ物も出る……またいろんな研究に付き合わされるだろうけど、僕は慣れっこ……最高!超最高!」



喜びはしゃぐ獣を見て、肩の力が抜けたキリミとサシミ。獣を連れて山を下った。


麓で待機していた号田たち『百鬼ひゃっき』の隊員が獣に向けて発砲しそうになったが、キリミとサシミが事情を説明。状況を理解した隊員たちの手で獣は移送用のコンテナに入れられ、ヘリコプターで『魎』の本部まで運ばれた。



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PM 10:48

「魎」市目鯖支部 応接室

ソファに座り、笑顔でティーカップに入った紅茶を飲む歯砂間はざま。向かいのソファに座るキリミとサシミは、ショートケーキを食べている。



歯砂間「さすがはシゲミさんの妹たちだね。例の怪異・人狼をしっかり捕まえてくれた。多少手傷は負っていたけど、命に別状はない。死なない程度に傷を与えて捕まえる……見事な手際だね」


サシミ「いや実はあの人狼さんのほうから」


キリミ「アタシらすごいっしょ!?今後はシゲミねぇだけじゃなく、アタシらにも案件回してくれよなー」



サシミが語ろうとした真相をキリミの大声がかき消した。



歯砂間「ありがとう。これからはキミたちにも『魎』の活動にぜひ協力してもらいたい。ところで今回の報酬なんだけど……そのケーキで良いかな?」


キリミ・サシミ「……はぁ?」



<双子と猛獣-完->

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