男子美術部員・レンヤは、壁に接する机の上に自作した仮面を立てかけた。石膏でできた、目を閉じている男性の顔の仮面。来週美術部で行う学内展示に出展する予定だ。
レンヤのもとに細身の男子生徒がヨロヨロと歩み寄る。美術部員ではなく、レンヤはその顔に見覚えがない。
レンヤ「な、何かご用でしょうか?」
男子生徒「俺、3年B組のサトルって者です……その仮面……作ったのはキミですか?」
レンヤ「……ええ、そうですが……」
サトル「俺、趣味で呪物を集めてて……いわくつきの代物……その仮面はまさに呪物だ……恐ろしいほど膨大な怨念がこもっている!」
レンヤ「何を言ってるんです?」
サトル「その仮面をゆずってくれ!金なら払う!5万……いや12万出す!」
レンヤ「これは売り物じゃありません!」
サトル「だったら被らせてもらえないか!?1回だけでいい!」
レンヤ「ダメです!壊れちゃうかもしれませんから!要件はそれだけですか!?ならお引き取りください」
サトルは肩を落とし、すり足で美術室を後にした。
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翌週
美術室前の廊下に、美術部員の制作物が並べられた。定期的に美術部が行っている学内展示だが、普段はほとんどの生徒に見向きもされない。しかし今回は休み時間になるたびに大勢の生徒が集まった。彼らの目当てはレンヤが作った「叔父」というタイトルの仮面。
生徒たちがレンヤの仮面に注目している理由は、この仮面が本物の死体の顔をかたどって作られたデスマスクだというウワサが広まったため。先週レンヤの仮面を買い取ろうとしたサトルが吹聴し、あっとういう間に学校全体でウワサされるようになった。
実際の仮面を見た生徒たちは「妙に生々しいよね」「今にも目を開けてしゃべり出しそう」と口々に言う。仮面のリアリティを目の当たりにし、根も葉もないウワサでないかもしれないと感じている様子。
集まった群衆の中心で、仮面を物欲しそうに見つめるサトル。
サトル「ああ……やっぱりすごい……何としても手に入れたい……展示が終わった後なら譲ってもらえるだろうか?」
美術室から出てきたレンヤが、群衆をかき分けてサトルに近づいた。
レンヤ「アナタですね!?僕が作った仮面をデスマスクだって言いふらしたのは!」
サトル「えっ……だってそうだろう?」
レンヤ「迷惑なんですよ!変なウワサを流されちゃ!」
サトル「でもウワサのおかげでこれだけ大勢の人に見てもらえたんだから、良いじゃないか。悪名は無名に勝るとも言うでしょ?」
レンヤ「仮面が注目されるのはうれしいですけど、僕が変な目で見られるんですよ!」
サトル「だったら俺がこの仮面を持って帰ろう。人のウワサも七十五日。仮面が展示されなくなったら、みんなすぐに忘れるさ」
レンヤ「アナタみたいな人には絶対に譲りません!もう来ないでください!」
サトルを叱責し、レンヤは美術室の中へ戻っていった。
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放課後
美術室前の廊下にやって来た心霊同好会のカズヒロ、サエ、シゲミ、トシキ。もちろん目当ては展示されているデスマスク。眉唾な話に目がない彼らだが、休み時間は生徒が大勢集まってごった返していると知り、校舎から人が少なくなる放課後を狙った。心霊同好会は人混みが何よりも苦手なのだ。
学内展示の前に生徒は誰もいない。ゆっくりと鑑賞できそうである。4人は目的のデスマスクを探し始めた。
カズヒロ「さぁて、例のデスマスクはどこだー?」
トシキ「仮面の展示は1つしかないらしいから、すぐに見つかると思うよ」
サエ「でも……なくな〜い?絵とか彫像とかしかないよ」
展示品を一通り見た4人だが、仮面はどこにもない。シゲミが不自然に空いたスペースを指さす。
シゲミ「ここに置いてあったんじゃないかな?今はタイトルの札しかないけど」
トシキ「『叔父』……そうだ、仮面のタイトルは『叔父』って聞いたよ!ここにあったに違いない!」
カズヒロ「あまりにも人が集まるから、展示するのやめちゃったのかなー?」
サエ「じゃあ美術室に置いてあるかもね〜。美術部の人に聞いてみようよ〜」
サエの言葉の直後、廊下に校内アナウンスのチャイムが響く。続いてうろたえる男性の声が流れた。教頭の声だ。
教頭「緊急放送です!ただいま男性生徒1名が包丁を持って暴れております!校舎内にいる生徒は最寄りの教室に入り鍵を閉めて待機してください!グラウンドにいる生徒はすぐに校舎敷地外へ出てください!これは訓練ではありません!」
カズヒロ「なんだー!?」
サエ「なんか……ヤバそうじゃない?」
美術室の扉が開き、中にいたレンヤが展示品の前にいるシゲミたちに大声で呼びかける。。
レンヤ「早く!美術室に!」
4人はレンヤに促され、美術室へと避難した。素早く扉を施錠するレンヤ。美術室のスピーカーからも教頭の声が流れる。
教頭「先生方は安全に配慮し、怪我をした生徒を発見次第、保健室へ運んでください!生徒諸君は警察と救急が来るまで待機をお願いします!これは訓練ではありません!」
トシキ「怪我人が出てるのか……本当に一大事じゃないか!」
サエ「あれ見て!外!」
サエが美術室の窓の外を指した。窓からはグラウンドが見える。グラウンドの中心に、女子生徒の首元に包丁を突きつけながら背後に立つ男子生徒がいた。その顔は仮面で覆われている。