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お見舞い①

PM 4:35

病室

パラマウントベッドの背もたれを45度に設定し、もたれかかりながら本を読むシゲミ。病室の扉が3回ノックされた。シゲミは折れた肋骨ろっこつを気遣いながら、いま出せる限界の声量で「どうぞ」と扉の外へ呼びかけた。


スライド式の扉を開けて入ってきたのは心霊同好会のカズヒロ、サエ、トシキ。そしてシゲミが在籍する2年C組の担任教師・皮崎かわさき リエ。授業を終え、シゲミのお見舞いに駆けつけたのだった。


シゲミは本を閉じ、膝の上に置く。ベッドに沿って横に並んで立つカズヒロたち。



カズヒロ「シゲミ大丈夫かー?全身複雑骨折で内臓が数カ所破裂、痛風も発症したって聞いたけどよー」


シゲミ「事実がだいぶねじ曲がって伝わってるわね。肋骨が何本か折れただけ」


カズヒロ「そうか。ってトシキ!お前の言ってること全然違うじゃんかよー!」


トシキ「だってあのシゲミちゃんが入院するって聞いたから、てっきりそれくらいの大怪我かと思って」


サエ「まぁ、肋骨が折れるってのは大怪我だよね〜」


皮崎「ともかく元気がありそうで良かったです」


シゲミ「みんな、わざわざ来てくれてどうもありがとう」


カズヒロ「ただ見舞いに来ただけじゃないぜー。プレゼントも持って来たんだ」



カズヒロ、サエ、トシキは肩にかけたスクールバッグの中を、皮崎は左手に持ったハンドバッグの中をあさる。


まずカズヒロがプラスチックの容器を取り出し、シゲミに渡す。お祭りの屋台で食べ物を入れるために使われる容器で、中には半分に折りたたまれたお好み焼きが入っていた。



カズヒロ「俺の親父おやじが作ったお好み焼き。創業50年、老舗お好み焼き屋店主をお手製、プロの味だぜー」


シゲミ「すごい。というかカズヒロくんの家ってお好み焼き屋さんだったの?」


カズヒロ「あれ?言ってなかったっけ?」


サエ「私も初耳〜。トシキ知ってた?」


トシキ「僕はカズヒロと同じ中学だったから知ってたよ。お邪魔したことはないけどね」


カズヒロ「そっか、シゲミとサエは知らなかったのかー。じゃあ今度ウチでお好み焼きパーティやろうぜー!親父、ケチだから金取るだろうけど」


サエ「めっちゃ食べてみた〜い!シゲミ、食べたら感想聞かせてよ」


シゲミ「わかった」


カズヒロ「ただ、それ作ったの朝だから、今はもうカッチカチのパッサパサになってると思う……けど味は変わらないぜー。美味いことは俺が保証する」


シゲミ「ありがとう。せっかくならこのまま放置してどれくらい硬質化するか実験してみようかしら」



次にサエがヒモでつながれた、折り紙で作った10羽の鶴をシゲミに渡す。



サエ「私からは千羽鶴……って思ったんだけど、折り紙苦手でさ〜。10羽でギブアップしちゃった。けど何羽あっても変わらないでしょ?何というかその、そもそも千羽鶴って無意味なものだし」


シゲミ「サエちゃんありがとう。むしろ10羽なら1羽1羽名前をつけて愛でられるから、うれしいかも」



続いてトシキが全長30cmほどの藁人形をシゲミに渡す。



トシキ「僕からは手作り人形だよ。名前は『ワラビー』。お見舞いに人形とかぬいぐるみとかを持っていくのって定番らしいんだ。そこに心霊同好会らしさをスパイスとして加えるとしたら、藁人形がいいかなと思って」


シゲミ「ありがとう。正直めちゃくちゃ要らないけど、枕元に置いておけば寂しさが紛れるかも」


トシキ「もし殺したい人がいたら、その人の体の一部をワラビーの隙間に入れて、胴体を五寸釘で刺してね。相手を呪い殺せるから」


シゲミ「わかった。もしトシキくんを暗殺しないといけなくなったらワラビーを使うわ」



最後に皮崎が、半透明の薄い膜のようなものを指でつまみ、シゲミの手のひらにそっと置いた。



皮崎「これは私が以前勤めていた学校で手に入れた、野球部員の日焼けした頭皮です。ほら、日焼けすると皮がむけるでしょ?野球部の子って坊主だから日焼けした頭の皮がすごくはがしやすいんです」


シゲミ「ひぃっ!」


皮崎「少しずつ砕いて麦茶の中に入れて飲むと、どんな病気も怪我もあっという間に治るからやってみてください。漢方薬みたいなものです。遠慮しなくていいですよ。私の家に頭の皮はテニスコート4面分くらい残ってますので」


シゲミ「あ、ああああありがとうございます……でもお医者さんに許可なく薬は飲めないので、御守りにしようと思います……」



30分ほど談笑し、4人は病室を後にした。



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PM 5:58

再び病室の扉がノックされる。外にいる人物に入るよう促すシゲミ。空手道着に裸足の男、市目鯖しめさば高校空手部主将のキョウイチが「押忍おす!」と言いながら入室した。



キョウイチ「シゲミさんが入院したと聞きせ参じた次第!怪我の具合はどうだろうか?」


シゲミ「ありがとう。あと2〜3週間ほど入院が必要だけど、直に良くなるだろうって」


キョウイチ「そうか。自分もシゲミさん復帰のために何かできないかと考えてみたんだ。そこで思いついた。今この場で、回復祈願の正拳突き1万回をやらせてもらう」


シゲミ「……いや、結構よ」


キョウイチ「遠慮することはない。14時間もあれば終わる」


シゲミ「それだと消灯時間過ぎて起床時間迎えちゃうから。お気持ちだけ受け取っておくわ」


キョウイチ「……承知した。ではこれにて失礼する!学校に戻って練習せねばならぬのでね!」



キョウイチはつむじ風のごときスピードで颯爽と駆け出し、帰って行った。



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翌日 PM 0:33

シゲミの病室に女性看護師が昼食を運んで来た。その後ろ、一緒に入室してきたのは黒スーツを着た歯砂間はざま リョウコ。


看護師がベッドに備え付けられた机の上に昼食を置き、病室を後にする。扉が閉まったとほぼ同時に、歯砂間は枕元にある丸椅子に腰掛けた。

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