2段ベッドの上段で目を覚ましたキリミ。枕元に置いていたスマートフォンで時刻を確認する。午前11時15分、いつもより1時間以上早く目が覚めてしまった。
上半身を起こしベッドから降りようと下を覗くと、2つ横に並べられた学習机の左側で双子の妹・キリミが勉強していた。「相変わらずのガリ勉だな」と思ったキリミだが、ある違和感を覚える。
キリミ「おいサシミ、学校は?今日平日だろ?学校に行ってる時間じゃねーのか?」
サシミは椅子を回転させ、キリミのほうを向く。
サシミ「今日は臨時休校になったの。サボり魔のお姉ちゃんには関係ないかもしれないけど」
キリミ「なんで?」
サシミ「私たちの1学年上、5年生の子が昨日から行方不明なんだって。学校から帰ってこないらしい。不審者に攫われたんじゃないかって、先生や親たちがパニックになってるみたい。もう警察も動いてるらしくて、学校に捜査が入るから休校になった」
キリミ「へぇ。行方不明者か……」
サシミ「突然どこかに行っちゃうような問題がある子ではなかったんだって。むしろ優等生だったみたい。だから外部の誰かが攫ったんだろうって予想されてる」
サシミの話を聞き終えたキリミは2段ベッドから飛び降り、音を立てず床に着地する。
キリミ「その事件、怪異が絡んでそうな匂いがしないか?」
サシミ「別にしないけど」
キリミ「いや、アタシの嗅覚は誤魔化せない。誘拐犯は怪異だよ。間違いなく」
サシミ「……まさかその怪異を始末しに行くとか言わないよね?」
キリミ「そのまさかさ。暇だし、しばらく実戦から離れてて体が鈍っちまってるからなー。スパーリング相手がほしい」
サシミ「まだ怪異の仕業とは決まってないよ。それに依頼人がいないから仕留めてもお金もらえないけど、いいの?」
キリミ「アタシは仕事だけじゃなく趣味でも
椅子を反転させ、再び机に向かうサシミ。
サシミ「あっそ。やるならお姉ちゃん一人でやってね。私は宿題があるから」
キリミ「おうよ。とはいってもノーヒントでターゲットを探さないとだな……とりあえず定石通り、怪異が出現しやすい夜に学校内とその周辺を探してみるか」
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PM 11:25
施錠された門を飛び越え、敷地内に侵入するキリミ。校舎を目指して校庭を歩く。
キリミ「登校するのは何カ月ぶりだっけなぁ。これも出席日数に加えてくれると一石二鳥なんだが」
校庭の中央に差し掛かったとき、背後で何かが動く気配を感じた。キリミは振り向きながら、ズボンの右ポケットからコンバットナイフを取り出し逆手で構える。
キリミ「誰だ?」
5mほど後方、キリミと同年代の男の子が戦々恐々とした表情を浮かべ、へっぴり腰で立っていた。
キリミ「こんな時間にガキが学校にいるのはおかしい。お前が5年生を攫った怪異だな?」
男の子「ち、違うよ!ボ、ボクが行方不明になってる張本人で……名前は
キリミ「張本人?学校に隠れてたのか?……いや、お前もう死んでるな」
ミツル「うん……たぶん、幽霊になったんだと思う。物とか人とかをすり抜けるようになっちゃって。存在感がないというか……キミはなんでボクに気づけたの?」
キリミ「怪異専門の殺し屋だから。幽霊の気配や存在を察知する訓練を積んできた。もちろん始末する訓練もな」
ミツル「始末……」
キリミ「安心しろ。お前に害意がないことも察知している。どんな怪異にやられたのか話してほしい。ソイツを始末するため、アタシは不登校にも関わらずはるばる学校までやって来た」
ミツル「……怪異に殺されたわけじゃないよ。ボクは……同級生に殺された」
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朝礼台の上に並んで座り、会話を続けるキリミとミツル。
キリミ「何があったか話してみな」
ミツル「その前に、ボクのこと怖くない?実はボク、幽霊になってから何人かの前に姿を現したんだ。でもみんな驚いて逃げちゃって……」
キリミはミツルに左腕を差し出す。
キリミ「脈、触れてみな」
ミツルは言われたとおり、右手の人差し指、中指、薬指でサシミの手首を触る。
ミツル「……安定している……脈拍は1分間に60回から70回ほどか……つまり緊張から心拍数が跳ね上がっていないということ」
キリミ「わかったか?アタシは幽霊のことに関しちゃ慣れっこだ。お前のことなんて1ミクロンも怖がってない。だから気兼ねなく話せ」
ミツルはキリミの手首から指を離すと、ゆっくりと口を開いた。