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雨が泣く村②

黒雲に飲み込まれ、ハルミが座るステルス爆撃機のコックピットから何も見えなくなる。機体には大量の雨が降り注ぎ、周囲では絶え間なく雷鳴が響く。



ハルミ「やられたのぉ。明らかにアタシャを認識して雲が範囲を広げおった……単なる自然現象ではない。間違いなくこの雲には怪異が潜んでおる」



ハルミはステルス爆撃機の先端を上方に向けながら急発進させ、雲を抜けようとする。しかし雲はハルミが想像していた以上に分厚く。ステルス爆撃機の限界高度に到達しても抜け出すことができない。



ハルミ「逃がす気はなしか……ならばこの場でミサイルを投下するまでじゃ!フライパンで作るポップコーンみたいに吹き飛ばし……」



息巻くハルミは、自身が布団の中で仰向けになっていることに気づく。木造の家屋の一室で、ステルス爆撃機の中ではない。



ハルミ「ここは一体……?」



体がだるく、布団から出ることができない。高熱が出ているときと同じような状態だ。



ハルミ「……幻覚か。雲に潜む怪異がアタシャに幻覚を見せている。早く解かなければ、現実のアタシャは今もコックピットの中……墜落してぐちゃぐちゃの挽肉ひきにくになり、爆発する機体に焼かれてハルミハンバーグの出来上がりじゃ」



布団から抜け出そうともがくハルミのおでこに冷たい手が乗せられた。ハルミの頭の右横、白い装束を着た長い黒髪の女性が正座をしている。年齢は20代後半といったところ。


女性はかき消えそうな細い声でハルミに語りかける。



女性「もう少し、ここにいてください」


ハルミ「アンタは?」


女性「知る必要はありません。でも今から何が起きるのか、寅負愚村とらふぐむらで何が起きているのか、その事実だけはアナタに知ってほしいのです」



パチパチという何かが弾ける音が聞こえ、部屋の温度が上がり始める。女性の体越しにオレンジ色の光を捉えたハルミ。光はゆらゆらと揺れている。火だ。



ハルミ「この家、燃えておるぞ。家の中でバーベキューでもやっとったんか?今すぐ消化剤をもって来い。それか濡れ雑巾」


女性「ええ。わかっています。しかし消してはダメなのです。病に伏した者と同じ家に住む者は、家ごと焼却される。感染を防ぐために。それが古くから今も続く寅負愚村の掟」


ハルミ「……アンタも燃やされたのか。アタシャが見ているのは、過去に寅負愚村でアンタが体験した出来事」


女性「私は、今アナタが乗り移っている娘とともに燃やされました。2週間ほど前のことです。村唯一の医者が死に、村外へ続く道路が土砂崩れで封鎖されたことで病にかかった娘の治療ができず、村の掟に従い家もろとも燃やされることになりました」


ハルミ「2週間前じゃと?現代日本でそんなことが……」


女性「燃やされた者の魂は煙とともに空へと昇り、大きな雨雲を形成しました。今では私以外にも何千という魂が集まっています。しかし雲は膨大な魂を抱えきれなくなり、あふれ、寅負愚村に雨を降らせています。周囲の山で土砂崩れを引き起こし、村を孤立させるために……行き場を失った魂たちの声なき復讐です」


ハルミ「……掟の発案者は誰じゃ?アタシャが片をつける」


女性「村長の鬼戸きどです」


ハルミ「アンタの、いやアンタたちの想い、重々承知した。復讐に囚われるのはもうやめにしろ。責任はすべて鬼戸にある。これ以上ほかの村民まで巻き込む必要はなかろう」


女性「……こんな形でお伝えして申し訳ありません。空まで生きている人が来ることなんてありませんから、つい安直な方法をとってしまいました」


ハルミ「これ以上何も考えるな。ゆっくりと、もっと高くまで昇るが良い」



ハルミと女性を豪火が包み込んだ。



意識を取り戻すハルミ。ステルス爆撃機は黒雲の中を落下していた。ハルミは、操縦桿そうじゅうかんを目一杯手前に引き、機体を浮上させる。先ほどはいくら進んでも雲から抜け出すことはできなかったが、あっけなく晴れた空を拝むことができた。


ステルス爆撃機が抜け出した直後、寅負愚村の上空に発生していた黒雲は風に乗ってちりのように消失した。



−−−−−−−−−−



寅負愚村に降り続いていた雨は止んだ。その3日後に村と村外の街をつなぐ道路を遮断していた土砂が撤去され、開通。同時にハルミの通報を受けた警察が寅負愚村の捜査に駆けつけた。


村長・鬼戸を含む村役場関係者の証言と、不法に埋葬された数十体の焼死体を発見したことから、警察は寅負愚村で村民の焼殺しょうさつがごく最近まで行われていた事実を確認。関与していた人物は全員逮捕され、全国的に報道された。



−−−−−−−−−−



シゲミ一家邸宅

リビングで椅子に座りながら、スマートフォンで寅負愚村のニュース記事を読むハルミ。全文を読み終え、スマートフォンをテーブルに置く。入れ替わるように娘のトモミがカップに入ったコーヒーを手渡してきた。



トモミ「母さん、なんだかうれしそうじゃない?」


ハルミ「まぁ、ちょっとな。心がスカッと晴れるようなことをやってきてのぉ」



<雨が泣く村-完->

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