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躾②

PM 1:35

怪異研究機関『りょう』本部 20階 役員室

パイプ椅子に座る歯砂間はざま リョウコ。3m離れて置かれた長テーブルの席にスーツ姿の男性が5人、横並びに腰掛けている。男性たちは『魎』の理事。組織の実質的なトップにあたる。


歯砂間は男性たちをにらむ。歯砂間から見て左端の男性が口を開いた。



男性A「駒野こまの理事から話があったと思うが、歯砂間支部長、キミの独断によるポコポコとの接触は本来なら厳重な処罰の対象となる」


歯砂間「わかっています」



隣に座る男性たちが続ける。



男性B「一方でキミが動かなければポコポコを捕獲できなかったことも事実。その点は評価しているよ。キミのように高い能力を持つ人材を規則でがんじがらめにし、成果を逃すのは『魎』として大きな機会損失だ」


男性C「歯砂間支部長はより自由に動ける、裁量のある立場に据えるべきだというのが我々理事会の総意」


男性D「そこで、現在我々と駒野の6名で構成される理事会にもう1つ席を増やし、キミにはその枠に入ってもらう」


男性E「支部長から理事への昇進……キミの待遇は今まで以上に良くなる上、組織内で大幅に昇進した者が出れば他の職員のモチベーションアップにもつながる」


男性A「悪くない話だと思うが、いかがかな?」



歯砂間の額に深いシワが入る。



歯砂間「私は昇進する気も、支部長に収まる気もない。今この場で辞職する」



歯砂間はスーツのジャケットの内側に右手を入れる。内ポケットから「辞表だクソッタレ」と筆文字で書かれた白い封筒を取り出し、床に叩きつけた。



男性B「キミが責任を感じる必要はない。我々としても処罰をするつもりなど毛頭なく……」


歯砂間「責任や処罰がどうこうって問題じゃねーよ。アンタらにはもう着いていけないから辞めるっつってんだ」



歯砂間は椅子から立ち上がると、理事たちに背を向けて歩き出し、扉を開ける。部屋から出て扉を強く閉める勢いに、歯砂間の怒りが込められていた。



男性C「……彼女の意思だというのなら仕方あるまい」


男性D「実に惜しい人材だった。市目鯖しめさば支部は駒野の管轄だったな?」


男性E「駒野め、自分の飼い犬もしつけられんとは、甘い男よ」



−−−−−−−−−−



PM 4:42

東京都内某所

小さな公園のベンチに座る歯砂間。缶コーヒーを飲んでいる。歯砂間の左横にブレザーを着たシゲミが座った。



歯砂間「悪いね、呼び出しちゃって」


シゲミ「今日は『魎』の市目鯖支部じゃないんですね」


歯砂間「うん。さっき『魎』を辞めてきた。円満とは真逆の退職だったけど、あんな連中と付き合うのはうんざりだから後悔はない……って、高校生に愚痴言ってもしょうがないか」


シゲミ「じゃあ歯砂間さんは無職になったと」


歯砂間「まぁそうだね……あーあ、再就職かぁ。めんどくさいけど、生きていくには金が必要だし、仕事探さないとだねぇ。でもしばらくは遊ぼうかな。カカカでも誘ってさ」


シゲミ「カカカさんはまだ『魎』に残ってるんですよね?」


歯砂間「そう。でもアイツ正義感強いくせにめっちゃサボり癖あるから、誘えばウキウキで有給取って付き合ってくれるはず」



歯砂間はもう1本買っておいた缶コーヒーをシゲミに手渡す。



歯砂間「私のことはどうでもいいんだ。今日呼んだのはシゲミさんとキョウイチくん、それから皮崎かわさき先生の様子を聞きたくてね」



シゲミは缶コーヒーを開け、中身を一口飲んで答える。



シゲミ「キョウイチくんは作戦の翌日にはもう復活して、空手部で練習を再開しています。皮崎先生は2日ほど入院しましたが今は自宅療養中。来週には職場復帰できるそうです。私はほとんど怪我をしていないので、普段と同じように学校に通ってます」


歯砂間「そっか。みんな無事なら安心」


シゲミ「……鷹見沢たかみざわさんはどうなりました?」



歯砂間は一瞬だけ表情を歪め、答えにくそうに口を開いた。



歯砂間「アイツは……『魎』の特殊部隊『百鬼ひゃっき』の所属になったと聞いてる。お得意の豆鉄砲が活かせる良い職場に巡り会えたんじゃない?……あのクズコウモリ野郎!」



歯砂間はコーヒーを一気飲みし、怒りに任せて硬いスチール缶を握り潰す。



シゲミ「ごめんなさい。私の見極めが甘かった。鷹見沢さんをチームに引き入れたことで、『魎』本部の作戦介入を許してしまった……」


歯砂間「結果論だよ。それに鷹見沢がいなければポコポコと戦えなかったのは間違いない。シゲミさんの人選には何の問題もなかった」


シゲミ「……ポコポコは?」


歯砂間「どこかに幽閉されてる。私も知らないどこかに……近いうち、確実に『魎』はポコポコを使って怪異の駆除や捕獲を始めるはず。またポコポコが活動を始めてしまう……」


シゲミ「歯砂間さんはどうするつもりなんです?」



歯砂間はベンチの背もたれに体重をかけ、両手を後頭部に回して夕日で赤く染まる空を眺めた。



歯砂間「どうもしないよ。今の私はただの無職。『魎』をどうにかする気はないし、ポコポコに対抗する手段もない……いざとなったら逃げるだけさ。シゲミさんは?」


シゲミ「個人的にはポコポコをぶちのめせて大方満足しています。歯砂間さんが何もしないなら、私もこれ以上自分からポコポコに手出しすることはありません」



ベンチから立ち上がるシゲミ。



シゲミ「ただポコポコという脅威を取り去れてない以上、安心はできない。いつかヤツが暴れ出し、助けを求める人たちが私に依頼をしてくる。その依頼が来たら動こうと思います」



歯砂間もベンチから立ち上がった。



歯砂間「うん。それで良いんじゃない?『魎』とも手を切って良いよ」


シゲミ「ええ、そのつもりです。ポコポコを利用するなら『魎』は敵になる可能性が高い」


歯砂間「……今までありがとう。シゲミさんには本当に助けられた」


シゲミ「こちらこそ。……あと、歯砂間さん、アナタの口から言ってもらえますか?作戦終了の宣言を」



少しだけ目を見開く歯砂間。そして口元を緩める。



歯砂間「……本時刻をもってポコポコ討伐作戦を終了とする」



<躾-完->

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