目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報

罪悪感③

トシキを先頭に、灯りのない山道を進む6人。心霊同好会のメンバーは夜間の活動を想定して、いつでも懐中電灯を持ち歩いている。地図を持つトシキの後ろからカズヒロが光を照射し、地図と足下が見えるようサポート。カズヒロの背後に懐中電灯を持っていないツバサと四ノ宮しのみやが続き、彼らが転ばないようサエとシゲミが最後尾から前方を照らした。


途中、道に沿って置かれている篝火かがりびを見つける。



カズヒロ「街灯の代わりってことかー?令和の時代に篝火って……」


トシキ「でも、これを設置して火をつけた人が近くにいるってことでしょ?村まであと少しだよ、きっと」


四ノ宮「よし、もう一踏ん張りだね。みんな頑張ろう」



そのとき、周囲の草木がざわざわと音を立て始めた。風は吹いていない。何かがカズヒロたちの周りを素早く動き回っている。6人は背中を合わせて円になった。


草をかき分け、くわを持った中年男性が姿を現す。1人だけではない。鎌やピッチフォークを持った男女数十人がカズヒロたちを取り囲んだ。彼らが持つ農具を向けられ、6人は両手を頭の上に挙げる。



カズヒロ「おい何だよこれー?」


トシキ「ヒィィィッ!」


ツバサ「歓迎されてないみたいだね」


サエ「シゲミ……」


シゲミ「ゾロゾロゾロゾロ出てきて……ロッキーの撮影じゃないのよ」



鍬を持った男性が口を開く。



男性「お前らよそ者だべな?蔵毛村くらげむらに何の用だ?この不審者ども!」


四ノ宮「み、皆さんの生活をおびやかすつもりはありません!僕は、死者を復活させる儀式を行ってもらいたく、蔵毛村を目指して来ました!」



四ノ宮も蔵毛村の伝承に興味があることはわかっていたカズヒロたちだったが、儀式を行うことが目的とまでは把握しておらず、驚いた表情で四ノ宮に視線を向けた。


四ノ宮の言葉を聞いた蔵毛村の村民と思しき男女は、一斉に農具の先端を頭上に向け、6人から離す。



男性「……いいだろう。村長のところへ案内するべ。着いてこい、カルガモの子供のようにな」



−−−−−−−−−−



PM 7:22

蔵毛村

山に囲まれ、田畑の間にポツポツと木造の民家が立ち並ぶ集落。その中央あたりに位置する神社の境内けいだいへ案内されたカズヒロたち。民家の側を通るたび中から人が出てきて合流し、集まった村民の数は200人を超えていた。


村民たちは参道の途中で、道を挟むように両脇へ移動する。横並びになるカズヒロたち6人の正面にある拝殿はいでんから、女性が現れた。長い黒髪で紫色の和服を着ている。見た目は30歳前後。


女性はカズヒロたちから5mほど離れた位置で、向かい合うように立ち止まる。



女性「遠路はるばる蔵毛村までよくぞお越しくださいました。私は村長のみさき ミサキと申します」


カズヒロ「HUNTER×HUNTERハンターハンターみたいな名前だな」


岬「身長は5尺6寸。体重はヒミツ。年齢もヒミツ。趣味はお昼寝。特技は24時間ぶっ通しで眠れること。お酒、タバコ、ギャンブルはしない」


シゲミ「人間性が何一つ伝わってこない無意味な自己紹介ね」


岬「すでに話は聞いていますよ。死者を蘇らせる儀式をご所望だとか。この村で儀式ができるのは私だけ。3年ぶりにやるので少々ブランクがありますが、しっかり条件さえ揃えば上手くいくでしょう」


四ノ宮「ほ、本当ですか……!?」



四ノ宮は数歩前に出て両膝を地面に付くと、岬に向かって頭を下げる。



四ノ宮「お願いします!儀式をやってください!僕の……僕の母を蘇らせてほしいんです!」


岬「お母様を……何があったのですか?」


四ノ宮「……母を殺しました。何年も介護をし続けてそのストレスが溜まっていたのと、先日会社をリストラされて……精神的にも金銭的にも母の面倒を見るのが限界になり、殺したんです……死体は今も家のベッドの上にあります」


岬「そうでしたか。ですが、お母様を殺したことでアナタの生活はずいぶんと楽になったのでは?生き返らせたらまた苦しい思いをすることになる」


四ノ宮「いいえ……何の罪もない母を、僕の事情だけで殺した……その罪悪感でいっぱいで……耐えられないんです。母が生き返るのなら何でもします!だからこの村に……」



岬は、四ノ宮を見つめたまま右隣にゆっくりと移動する。



岬「……わかりました。顔を上げてください」



岬のほうを向き、上半身を起こす四ノ宮。



岬「この場で儀式を行いましょう。アナタもなるべく早く苦痛から解放されたいはず」


四ノ宮「あ、ありがとうございます!お願いします!」


岬「では服を脱いで上裸じょうらになってください」



四ノ宮はジャケットとワイシャツ、その下に着ていたアンダーシャツを脱ぎ捨てる。



岬「両手を頭の後ろに回してください。ボディービルダーのように」



四ノ宮は言われたとおりの体勢になる。岬が近寄り、左手で四ノ宮の両目を覆った。



岬「お母様の容姿や声、性格、彼女との思い出を頭の中にイメージしてください。なるべく鮮明にお願いします」


四ノ宮「はい、わかりました……ぐっ、ぐぅ……がっはぁ……はぐわぁっ!」



四ノ宮の腹部がボコボコとうごめく。そして皮膚を食い破り、中からコオロギのような虫が飛び出した。体長は20cm近くあり、日本に生息するものよりはるかに大きい。


四ノ宮の腹から血が流れるが、死に至らしめるほど大きな傷ではない。しかし痛みは息ができなくなるほど酷く、アゴを挙げて「かはぁっ、かはぁっ」と無理やり肺に空気を取り込む。


地面に落ちた血まみれのコオロギを右手でつかみ、拾い上げる岬。そのまま頭上へ高く持ち上げると、口の中に放り、飲み込んだ。



岬「今の虫は、『母親を殺した』というアナタの罪悪感が具現化したもの。私はそれを取り込んで、アナタに罪悪感が生まれる原因となった人物……つまりお母様をこの世に呼び戻す」



岬の腹が風船のように大きく膨れ上がる。そして一瞬にして元の大きさに戻ると同時に、足下からボトリと何かが落下した音が鳴った。岬が着ている和服のすその間から、血と羊水にまみれた赤子が「おんぎゃあ、おんぎゃあ」と泣きながら這い出てきた。


赤子はすぐに泣き止み立ち上がる。その背は早送りしているかのように伸び、髪が生え、胸が膨らみ、初老の女性へと変貌した。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?