PM 9:38
自室の外から物音が聞こえ、ユタカの兄・タカヒロが入口の障子扉を開ける。リビングの奥、玄関へと続く廊下に立つ父・コウジの背中が目に入った。コウジのワイシャツは所々赤く染まっており、その足下には母・イクミが頭と胴体を引き離された状態でうつ伏せに倒れている。
凄惨な光景を目の当たりにしたタカヒロは、「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。その声を聞いたコウジが振り返り、タカヒロに向かって微笑む。
ピシャリと障子扉を閉めるタカヒロ。そして背中を扉につけてしゃがみ込む。状況から見て、父が母を手にかけたに違いない。恐怖が全身を包み、冷凍庫の中にいるかのように体が激しく震えた。
歯をガチガチと鳴らすタカヒロの背後、2本の腕が障子を突き破って現れ、タカヒロの首を締め付けた。首に食い込む手を引き剥がそうとするも、ビクともしない。やがて皮膚を貫通し、血管を裂き、頸椎を破壊して首を
障子を蹴り、タカヒロの部屋に侵入するコウジ。色とりどりなドレスを着た女性のポスターが部屋中に貼られている。
コウジ「ド変態ドルオタの部屋か」
部屋に入ってすぐ左側、棚にぎっしり詰まった本の中から1冊を取り出した。ビキニ姿の女性の上半身が表紙に印刷されたグラビア写真集。
コウジ「このガキ、これをオカズにして毎晩フニャマラをいじってたのかぁ〜〜〜
コウジは写真集を数ページめくる。
コウジ「……それにしても、プロのフォトグラファーが撮影するとこんなにキレイに見えるんだぁ〜。写ってる子は大した素材じゃないのに……いいなぁ〜。私も撮ってもらいたいなぁ〜。でも、こんな加齢臭をまき散らしてるおっさんの体じゃ、門前払いだよねぇ〜」
写真集を放り捨てるコウジ。
コウジ「乗り換えたばかりだけど、次に憑依する相手は女の子にしぃ〜よぉ。決まりぃ〜」
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翌日 AM 8:33
緊急で全校集会が開かれ、体育館に集まった児童たち。クラスごとに列を作って並ぶ。その中にはサシミの姿もある。
舞台の上に立った校長先生の口から、2年2組のユタカとその母親、兄が死亡し、父親が行方不明であることが伝えられた。突然の知らせに児童たちはざわつく。唯一、ユタカがネクロファグスに憑依されていたことを知っているサシミだけは、沈黙していた。
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AM 10:27
東京都内某所 書店
平積みされた女性ファッション誌を手に取り、パラパラとめくるコウジ。上下紺色のスーツを着用し、頭髪は七三分け。平日の昼間に書店にいることは少ないであろう、ビジネスパーソンのような風貌をしている。
コウジ「どの子にしようかなぁ〜?……売れっ子のタレントはガードが堅くて近づきにくいよねぇ〜。とすると、あまり売れてない読者モデルとか地下アイドルとかがベストかぁ〜。でもあまりに売れてないと写真撮影の仕事なんてもらえないだろうしぃ〜」
ブツブツと呟くコウジ。右隣から視線を感じ、目をやる。高校生と思しきブレザーを着た女性が2人、いぶかしげな表情を向けていた。
コウジは雑誌を閉じ、鼻から大きく息を吸い込む。
コウジ「オッサンが女性誌を読んで悪いかぁ!?」
コウジの怒声に驚いた女子高生は、「何アイツ」と小声で文句を言いながら立ち去った。再び雑誌を開くコウジ。ペラペラとめくり、とあるページで手を止める。
コウジ「……見つけたぁ〜。良い感じの子ぉ〜」
コウジが見ているページには『SNSで人気沸騰!かわいすぎるホラー小説家!』というキャッチコピーとともに、セミロングの暗い茶髪に、グレーのブラウスを着た女性・
ページの下部にはサイン会の開催日時と予約申し込みサイトのQRコード。コウジは舌で上唇を舐めると、雑誌を閉じて脇に抱え、レジへと向かった。
<城と兵士-完->