PM 5:47
スーツの上から茶色のロングコートを着た2人の刑事が、団地の集合入口前に駐車したパトカーの運転席と助手席に乗り込んだ。
助手席に座った、短い頭髪の大半が白くなっている老刑事・
ハヤトは右手に持った警察手帳を開く。
ハヤト「団地住民の話じゃ、
タッペイ「ああ。上の息子は愛想がなかったようだが、ご近所付き合いは良好。隣人間でトラブルが起きた可能性は、ほぼゼロだな。家族を取り巻く環境にも、これといった異常はなかった……」
ハヤト「ですが、1週間ほど前から下の子、ユタカくんが午後10時以降に1人で出歩いている姿が目撃されるようになった。交友関係も大きく変わり、いわゆる問題児とつるむようになった……と」
タッペイ「ユタカくんの変化が、一家惨殺に関係しているのかもしれないが、どう考えても結びつかん。
ハヤト「ユタカくんを教育しようとして……とか?」
タッペイ「だとしたらやり過ぎだ。上の子のタカヒロくんに、妻のイクミさんまで殺す必要はない。口封じに殺したのだとしても、死体は部屋に置かれたまま。遅かれ早かれ誰かに見つかってただろうよ。もっと意味不明なのは、死んだ3人の首から上が見つからないことだ。コウジが切り落として持ち去ったと見るのが妥当だが……何のためだ?」
ハヤト「殺した後に家族が恋しくなったとか?今ごろどこかで、首だけの家族とパーティでもやってるんじゃないっすかね?」
タッペイ「お前、なかなかのサイコ野郎だな」
タッペイは窓の外に向かって口から煙を吐く。ハヤトはため息を吐いた。
ハヤト「コウジさんの行方もそうですが、殺害方法も気になります。家にある刃物類は使われた形跡が一切ない。なのに3人は首を切られている……どうやったらそんなことが」
タッペイ「なーんにもわからん。謎だ」
ハヤト「……ベテラン刑事の勘みたいなのが働いたりしないんすか?」
タッペイ「しない。つーか、そんなもん存在しない」
ハヤト「使えないジジイっすねぇ」
タッペイ「今の俺たちにできるのは、頭を使ってあれやこれやと推理することじゃない。足を使ってコウジを見つけ出すこと。コウジなら全てを知ってるはずだ。ナゾナゾの答えは出題者を尋問して吐かせる。それが俺のやり方よ」
ハヤト「へぇー」
タッペイのコート、右ポケットに入れていたスマートフォンが鳴動し始めた。取り出して通話ボタンを押し、機体を右耳に当てる。
タッペイ「もしもし……はい。ええ。今まさに
通話を終え、スマートフォンをポケットに戻すタッペイ。ハヤトはニヤリと笑いながら、タッペイに視線を向けた。
ハヤト「いつもの
タッペイ「そうだよ。半人前のお坊ちゃんにはちと難しい、ビジネスの話だ」
ハヤト「
タッペイ「なら、上に告げ口でもするか?」
ハヤト「しませんよ。僕もやりたいんで」
タッペイ「ああ。俺が定年退職したら、お前に引き継いでやる。真面目に警官やってるのがバカらしくなるくらいの大金が入ってくるぞ」
ハヤト「楽しみっすねぇ」
シートベルトを締めるタッペイ。ハヤトもシートベルトをし、パトカーを発進させた。
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同時刻
浜栗組事務所
黒いオフィスチェアにふんぞり返り、木製の机の上に両足を組んで乗せる組長・ミキホ。スマートフォンを横向きに持ち、猫の動画を見ている。
ミキホから見て左手、机の隣に立ちスマートフォンで通話をしている背の高い男性が1人。年齢は40代前半で、肩まである長髪をオールバックにし、ストライプが入った黒スーツを着用。薄いサングラスをかけている。名前は
江尾野は左耳からスマートフォンを離し、画面を右手の人差し指でタップ。通話を終えた。ミキホもスマートフォンの電源ボタンを押して、スリープモードにする。
ミキホ「どうだ?」
江尾野「直近で逮捕済み、または捜査中の不審人物の情報をいくつかまとめて流してくれるとのことです。1週間以内に対応してくれると」
ミキホ「よし。受け取ったら、明らかにハズレっぽい情報だけをピックアップして俺に寄越せ。それをシゲミに渡す」
江尾野「ハズレの情報だけを?シゲミに協力しない気ですか?」
ミキホ「いや、する。だが、俺らが手に入れた情報なんだから、俺らが先に活用するのが筋ってもんだろ」
江尾野「どうするつもりです?」
ミキホは頭の後ろで両手を組む。
ミキホ「シゲミにハズレくじを引かせている間に、俺らで怪異を始末する。で、成功報酬を全額いただくって算段よ。シゲミの話じゃ、今回の依頼人は『
江尾野「『魎』って、たしかポコポコを収容していた……」
ミキホ「ああ。つまり『魎』はポコポコの他にもう1匹怪異を逃がすというヘマをした。そしてその事実は公になっていない……ゆする材料になると思わねぇか?」
江尾野「なるほど。シゲミより先に怪異を駆除して、その証拠を『魎』に持っていき、
ミキホ「ポコポコを逃がしたってだけで大問題なんだ。『こっちで指定した報酬を支払わなければ、他にも怪異を逃がしたことをマスコミにリークする』とか言えば、金を出し渋ることはないだろう」
左手の中指でサングラスのブリッジを押さえ、クイッと上げる江尾野。
江尾野「さすがは組長だ……その計画にリスクがあるとすれば、ウチが有力な情報をあえて渡していなかったとシゲミに気づかれること、ですかね。怪異の駆除を邪魔した浜栗組を、シゲミが攻撃対象にするかもしれない」
ミキホ「だな。アイツがその気になれば、浜栗組は壊滅するだろう。もしシゲミに勘づかれた場合、早急にプラン変更だ。シゲミのバックアップに徹して成功報酬を分配してもらう方向にシフトする。安心しろ。シゲミがブチ切れたとしても俺が上手く丸め込むさ。シゲミとは、お友達になったからな。ただ……
江尾野は口元を右手で押さえ、数秒考え込む。そして口を開いた。
江尾野「シゲミを出し抜いて怪異に手を出した結果、浜栗組が返り討ちにされる可能性、ですね?」
ミキホは右手の人差し指を立てて「ピンポーン」と口にする。
ミキホ「怪異を殺す方法はシゲミから教わった。だが実際に殺せるかはまた別の話。怪異の強さは未知数だ。最悪の場合、俺を含めた組員600人全員分の棺桶が必要になるかもしれねぇ。危険を感じたら全滅する前に手を引き、シゲミのバックアップに専念する。が、やる前から及び腰というのも俺らしくねぇ」
江尾野「何か手があるんですか?」
ミキホ「リオ the チェーンソーを使う。アイツがいれば千人力だ。まぁ、あの暴れ馬が素直に『うん』と言うとは思えないがな……もしリオの協力が得られなかったら、その時点でおとなしくシゲミを支援するプランに切り替える。金よりも組員の命のほうが優先だからな」
江尾野「組長……一生ついて行きます」