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殺し屋に恋はいらない

殺し屋に恋はいらない①

AM 8:03

  市目鯖しめさば高校の敷地のすぐ脇にある歩道を歩き、正門までやってきたミキホ。リーゼントヘアに黒スーツを着たミキホの舎弟・マメオが待ち構え「組長、おはようございます!」と大声で挨拶をする。ミキホは「よぉ」と返事をすると、右手の人差し指を2回曲げ、マメオに片耳を近づけるよう指示した。



ミキホ「1つ頼み事がある。朝のうちにC組へ行って、シゲミに『授業が終わったら校舎裏に来い』と伝えてくれ」


マメオ「ボコるんですか?」


ミキホ「告るんだよ」


マメオ「告……る……組長がシゲミに?」


ミキホ「ああ」


マメオ「どういう風の吹き回しで?」


ミキホ「シゲミと話しているうちに、俺はヤツの人間性に惹かれた。だんだんと見た目も声も、何もかも魅力的に感じるようになってな。目が覚めている間はヤツのことばかり考えてしまう……いや夢にもヤツが出てくるようになった。この気持ちを整理するためには、シゲミに想いを伝えるしかない」


マメオ「組長……本当にシゲミに想いを寄せてるんですか? 一時的なの気の迷いでは? 俺が言うと『生意気な口を利くな』って思うかもしれませんが、組長くらいの年の女子ってのは、シゲミみたいな悪そうなヤツに勘違いで惚れるもんなんす。そういう星の下に生まれてくるんすよ」


ミキホ「生成AIに毎月4万5千円も課金して、ヒマさえあれば恋の相談をしてしまう俺を見ても同じことが言えるか?」


マメオ「……本気っすね……わかりました! このマメオ、組長のために一肌脱ぎましょう! シゲミを呼び出します! 何度断られても、絶対に引っ張ってきますから!」


ミキホ「頼むぞ」



−−−−−−−−−−



AM 8:23

2年H組教室

 ミキホは窓際最後尾の席に座ってスマートフォンを操作し、生成AIにシゲミとの恋愛を成就させるコツを質問していた。「告白の前にキスをするのはありですか?」というテキストを入力する直前、教室の後ろ側の扉が開き、マメオの「組長ぉぉぉっ!」という声が響く。


 声がしたほうを向くミキホ。マメオが這いつくばりながら、ミキホの席へと近づいてくる。その顔面は腫れ上がり、口と鼻からダラダラと血を流していた。



ミキホ「何があった? どこかの組のヤツにやられたか?」


マメオ「し、し、しししC組に行って……シゲミにやられました……ヤツは悪魔……いや話の通じないゴリラです……悪いことはいいません、組長……シゲミに告るのはやめたほうがいい」


ミキホ「お前がチンピラだとはいえ、ラブリーシゲミが何の理由もなく他人をボコるとは思えん」


マメオ「でも俺は普通に……『授業が終わったら校舎裏来いやぁ! このスカタン!』って言っただけっすよ。舐められないように」


ミキホ「……マメオ、テメェの誘い方には愛がねぇ。プリティシゲミは冷徹な殺し屋だが、その前に女の子だ。愛を持って接しなきゃ、行動は起こしてくれねぇもんさ」


マメオ「シゲミに……愛を感じ取れるような感性があるとは思えません! 無表情で俺を殴り続けて、歯を7本も折ったんですよ!」



 マメオはミキホに向けて両手のひらを見せる。彼の言うとおり、折れた歯が7本乗っていた。



ミキホ「全部乳歯で、そのうち抜ける歯だったんじゃねぇのか?」


マメオ「俺、今年で24っすよ!? 乳歯なんか残ってませんよぉ! 全部永久歯ですってぇ!」


ミキホ「そのうち生え替わるんじゃないか?」


マメオ「サメじゃないんすからぁ! もう差し歯確定っす! っていうか組長、シゲミの肩持とうとしてません!?」



 うろたえるマメオを見ながら、左手で額を抑えるミキホ。



ミキホ「……お前に任せた俺の判断ミスだ。とりあえず保健室に行ってこい」


マメオ「わかりました……保健室ってインプラント治療やってくれるんすかね?」


ミキホ「歯科検診をやるくらいだから、対応してくれるだろうよ」



−−−−−−−−−−



AM 11:10

市目鯖高校 昇降口

 授業を抜け出したミキホとマメオは、辺りに誰もいないことを確認しながらC組の靴箱の前にやってきた。靴箱に貼られた生徒の名前を1つずつチェックし、シゲミのものを見つける。



ミキホ「校舎裏に呼び出すのは諦めた。代わりに手紙で愛を伝えようと思う。手書きのラブレター作戦だ。そしてラブレターを置く場所といえば靴箱の中だと、カンブリア紀から相場が決まっている」


マメオ「さすが組長! 令和の時代とは思えない古典的な手法ですが、人間はこういうベタな告白に意外と弱い! 古くさいだのなんだのと馬鹿にしながらも、みんな心の中では昔ながらのシチュエーションに憧れている」


ミキホ「ところでマメオ、歯はもう大丈夫なのか?」


マメオ「ええ。先生が差し歯を埋め込んでくれましたから!」



 マメオは唇を大きく広げ、ミキホに真っ白な歯を見せつける。



マメオ「残ってる歯に虫歯が見つかったので、せっかくだからと全部差し歯にしてもらいました! 今は元気いっぱい、生まれ変わったような気分ですよ!」


ミキホ「そうか。今さら言っても意味ないかもしれないが、ちゃんと歯磨きしろよ」


マメオ「俺の心配は不要っす! 問題はシゲミですよ! 組長が手書きで作ったラブレターとはいえ、ヤツに愛が伝わるのかどうか……そういうのを感じる器官がヤツにあるのかどうか……」


ミキホ「大丈夫だ。生成AIに相談して、何度も推敲を重ねた最高のラブレターだからな。読んでくれさえすれば、クールビューティシゲミといえど必ず恋に落ちるだろう」


マメオ「生成AIに対する信頼が凄まじいっすね」


ミキホ「信頼してなきゃ、毎月4万5000円も払えん。よしマメオ、靴箱の蓋を開けろ」


マメオ「えっ? 何で俺が? 組長がやればいいじゃないっすか」


ミキホ「スマートシゲミのことだ、靴箱に罠を仕掛けている可能性がある。たとえば、開けようと蓋に触った瞬間、高圧電流が流れるとかな。だからお前が身代わりになれ」


マメオ「ぐっ……警戒し過ぎな気がしますが、シゲミの危険性を考えると絶対にあり得ないとは言い切れない……組長が怪我をするくらいなら俺が……」



 マメオはミキホから手紙を受け取り、シゲミの靴箱の蓋をゆっくりと開けた。電流は流れない。中にはローファーが入っているだけ。



マメオ「ふぅ……平気そうっすね」


ミキホ「取り越し苦労だったか」



 マメオが左手で手紙をローファーの上に置こうとした。そのとき、マメオのスーツのそでが、靴箱の入口を横断するように貼られていた細いピアノ線を切断する。ピアノ線は光が反射しないよう特殊な塗料でコーティングされており、ミキホにもマメオにも見えなかった。


 ピアノ線が切れると同時に、靴箱の上部からギロチンのような刃が落下。マメオの手首を通過する。手紙を掴んだまま床にボトリと落ちる、マメオの手首から先。1秒ほど遅れて傷口から大量に血が噴き出した。



マメオ「がぁぁぁ腕がっ! 腕がぁぁぁっ!」


ミキホ「ギロチントラップ……さすがキュートシゲミ、抜かりねぇ」


マメオ「く、組長ぉぉぉ俺の、俺の腕がぁぁぁっ!」


ミキホ「すぐに拾って保健室に行ってこい」


マメオ「ほ、ほほほ保健室って縫合手術してくれますかねぇぇぇっ!?」


ミキホ「……家庭科室に行ったほうが良いかもな」

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