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厄介ファン

厄介ファン①

アメリカ ニューヨーク州 タイムズスクエア

 ガラス張りの店内に、モダンなスチールチェアと木目のテーブルが並ぶカフェ。入ってすぐ左手、窓際にある2人掛けのテーブルで豪快にシュークリームをむさぼるるハルミ。迷彩柄の戦闘服に身を包み、サングラスをかけるその姿は、軍隊のお偉いさんのよう。


 ハルミは、ポコポコとの戦いで消失したステルス爆撃機を新調するために渡米していた。ハルミが乗る爆撃機は、既存の機体にはない装備を搭載した特注品。完成まで時間がかかる。その間に、アメリカ観光を満喫しているのだ。


 ハルミの正面の席に、1人の男性が腰掛ける。グレーのハンチング帽にツイードのジャケット、金縁の眼鏡をかけた老紳士といった出で立ち。老紳士は右手に持ったアイスコーヒーのグラスに刺さったストローを咥えて一口飲むと、「久方ぶりですね、Ms.ハルミ」と挨拶をする。シュークリームを頬張りながら、老紳士をにらむハルミ。



ハルミ「……何の用じゃ? アメリカン・ストーカー」


老紳士「その呼び方はやめてくれませんか。ボクにはトニーという名前があるんです」


ハルミ「貴様の名前なんか知らんわ。ストーカーとしか認識しとらん」


トニー「たしかにボクはキミを愛し過ぎるあまり、F-15 イーグル(アメリカ空軍で採用されている戦闘機)で追い回しました。しかしキミに撃墜されて、すぐに諦めましたよ。ストーカーと呼ばれる筋合いはありません。 それに、もう40年以上も前の話です。今は探偵事務所を経営しています」


ハルミ「アメリカで怪異を除霊しまくとった貴様が探偵じゃと? よりストーキングに特化したとしか思えんな。あのとき確実に殺しておくべきじゃった」


トニー「いや、キミにどんな攻撃をされてもボクは死にませんでしたよ。当時のボクは何度負けても立ちあがる、不屈の怪異暗殺者。ですが、キミが結婚したと聞いたときは死ぬほどショックを受けました。ボクを振って別の男のところに行ってしまうなんて……さぞかし魅力的な男だったのでしょう」


ハルミ「昔はな。今となっては、貴様と変わらぬボンクラジジイじゃ」



 トニーはもう一度ストローに口をつけると、ハルミの両目をじっと見つめる。



トニー「キミを見ているとつい昔のことを思い出し、欲情しそうになります……が、ボクは過去の話ではなく未来の話をしに来ました。近いうち、非常に危機的な状況が訪れる……かもしれません」



 ハルミは黙ってシュークリームを食べながら、トニーの話に耳を傾ける。



トニー「トーキョーを襲撃したポコポコ……アレを除霊したのがキミの孫というのは本当ですか?」



 頬がパンパンになるほど詰め込んでいたシュークリームを飲み込んだハルミ。そして口を開く。



ハルミ「アタシャも手助けしたが、最終的に始末したのはアタシャの孫娘、シゲミじゃ」


トニー「ならば、ですね……ゼラが動き出しました」


ハルミ「ゼラ……『ポコポコの最古参ファン』を自称する怪異か」


トニー「ええ。はずっと消息不明でした。人間社会に溶け込んで、おとなしく生活していたのでしょう。ポコポコが復活したという情報が流れてからも、特に行動を起こした様子はなかった。しかし数週間前、ボクの部下が日本で彼を発見したのです。電車内でポコポコの悪口を言っていたビジネスパーソンを2人殺し、逃走したそうで」


ハルミ「ほう……つまり、ゼラの目的は『ポコポコに敵意を向ける人間を葬ること』で、ポコポコを除霊したアタシャの孫が標的になっていると?」


トニー「まだ断定はできません。しかし、もしボクが考えているとおりだとしたら、シゲミちゃんがゼラに狙われ、再び日本が戦場となるでしょう」


ハルミ「ポコポコの厄介ファンか……友達を欲して怪異の軍勢を作っていたポコポコが、唯一破門したのがゼラなんじゃろ? 本人からめちゃくちゃ嫌われとるのに、なぜまだファンをやっとるんじゃ?」


トニー「その程度で諦めるなら、厄介ファンの名折れです」


ハルミ「度しがたいわ」



 ハルミは席の近くを通った女性店員を呼び止め、シュークリームを23個注文する。苦笑いを浮かべつつ、話を続けるトニー。



トニー「過去、ポコポコを除霊した者は何人かいますが、その全員がゼラに殺されています。ポコポコの復讐に駆られたゼラは、普段のおとなしさの反動か、『ターゲット絶対殺すマン』に変貌する……この世のどこにいても、逃れることはできません」


ハルミ「参ったのぉ。アタシャはステルス爆撃機が完成するまで、アメリカを離れられん。家族には連絡を入れておくが、アタシャ抜きでゼラに対抗できるかどうか……」


トニー「キミの不安はごもっとも。なっち、ゴマキ、加護ちゃんと辻ちゃんが卒業した後のモー娘。くらい、どうなるんだろうなって不安でしょう。ですが、この機会を前向きに捉えてみるのはいかがです? ボクもキミも老い先短い。いずれは、怪異の駆除をすべて後進に任せなければならないときが来ます」


ハルミ「……そうじゃな」


トニー「そこで、試しにゼラの駆除を若い世代に丸投げしてみませんか? ボクらみたいな超ベテランの殺し屋がいなくなった後の世界を想定して」



 ハルミはアゴを右手で触り、数秒考え込む。



ハルミ「……なるほど。ストーカーにしては、面白い提案をするじゃないか。孫を危険にさらすのは心が痛むが、『かわいい子には旅をさせよ』ということわざもあるしな」


トニー「そのイディオムは、日本独自のものではありませんよ。英語では“Spare the rod, spoil the child."と言います。世界共通の考え方です」



 女性定員が、大皿の上に山のように盛ったシュークリームをハルミの正面に置く。山頂から切り崩すようにシュークリームを口に運ぶハルミ。トニーが1つつまもうとするが、その手をハルミに引っ叩かれる。


 山盛りだったシュークリームを、ハルミは5分足らずで完食した。口の周りについたクリームを舌で舐め取る。満足げな表情のハルミを、トニーが「1つくらいわけてほしかった」と言いたげな、悲しそうな目をしながら見つめ、つぶやく。



トニー「子供の成長は、海中を泳ぐマグロのようにスピーディ。意外と、もう既に、老獪ろうかいな我々の手助けなど必要としないほど育っているかもしれませんね」


ハルミ「……たしかにな」

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