AM 2:17
シゲミの自室
ベッドの上で布団に入り、体の左側を下にして眠るシゲミ。枕元に置いていたスマートフォンに着信が入り、鳴動する。その瞬間、シゲミは目を開け、2コール目で通話ボタンを押した。機体を右耳に当てる。
シゲミ「もしもし?」
ハルミの「よぉ、シゲミ」という声と、背後を通っているのであろう自動車の走行音がシゲミの耳に飛び込んできた。
ハルミ「寝とったか?」
シゲミ「日本は夜の2時過ぎよ」
ハルミ「あー、すまんのぉ。ニューヨークとは時差があったな。忘れとった。ついニューヨーカー気分に染まっておったわ……ニューヨーカー!」
シゲミ「2週間くらいの海外旅行を短期留学と言って、SNSに英語の自己紹介文を投稿しちゃう人並みの感違いっぷりね」
ハルミ「叩き起こされて不機嫌になる気持ちもわかるが、堪忍してくれ。というのも、なるべく早くお前に伝えておかねばならんことがあってのぉ」
シゲミ「何?」
ハルミ「端的に言うと、お前の命を狙っとる怪異がいるかもしれん」
シゲミ「……どういうこと?」
ハルミ「ゼラという怪異が日本に潜伏していてな。伝承によると、コイツはかつてポコポコが率いた怪異の軍勢に属していた1体で、未だにポコポコを強く信奉しておる。いわゆる
シゲミはハルミの話を聞きながら寝返りを打ち、スマートフォンを左の耳に当てる。
ハルミ「ポコポコは歯牙にもかけなかったゼラじゃが、ゼラのポコポコに対する愛情は異常と呼べるほど強くてな。過去、現世に復活したポコポコを除霊した者を、漏れなく全員殺しておる。お前がポコポコを除霊したことで、このゼラが行動を開始した可能性が高い」
シゲミ「じゃあ、私を狙ってるのはゼラって怪異なのね」
ハルミ「まだ可能性の話じゃが……どのみち危険な怪異には変わりない。ゼラが行動しているかどうかは別として、駆除しておいて損はないじゃろう」
シゲミ「先手を打てってことね。わかった。そのゼラの特徴を教えてほしい」
ハルミ「時代によって身なりを変えているので、今はどんな格好をしているかは定かではない。が、身長190cmを超える、体格の良い白人男性という外見は共通しているな」
シゲミ「……日本にも海外の人はたくさんいるから、その情報だけじゃ特定できないわね」
ハルミ「それともう1つ。ゼラが持つ特殊な能力について。
シゲミ「ゾンビ……」
ハルミ「ゼラが行動しとるなら、ゾンビにされた人間もいるはず。まずはゾンビと思しき人間が起こした事件や目撃情報なんかを探り、そこからゼラの所在を突き止めろ」
シゲミ「……とりあえず了解。ちなみに、ゾンビにされた人を元に戻す方法はあるの?」
ハルミ「ない。救いたいなら、早めに殺してやることじゃな」
沈黙するシゲミ。ハルミは話を続ける。
ハルミ「ポコポコよりは格下じゃが、ゼラを『神の一人』と扱っている文献もある。ただの怪異ではないぞ。接敵する場合は充分に用心せい」
シゲミ「……了解」
シゲミは通話終了ボタンを押し、スマートフォンを枕元に戻すと、4秒で再び眠りについた。
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翌日 PM 3:49
学ランを着た男子が2人、横並びで歩道を歩いている。右肩にスクールバッグをかけているのがユウイチ。エナメルバッグを斜めがけしているのがジェイコブ。2人は同じ中学校に通う同級生だ。
ユウイチ「この前、SNSでポコポコってヤツの動画が回ってきてさー。アイツ、ヤバくね?」
ジェイコブ「俺も見た。自衛隊を虫けらみたいにぶっ飛ばしてたヤツだろ?」
ユウイチ「そう。アイツ、クソ
ジェイコブ「ポコポコが勝つんじゃね?」
ユウイチ「そうか? 俺は特殊部隊が勝つと思うけどな。まぁ圧勝ってわけにはいかないだろうけど」
??「大変興味深い議論をしているねぇ、キミたち」
ユウイチとジェイコブは背後から突然声をかけられ、ビクリと肩を上げる。恐る恐る振り向く2人。そこには1人の男性が立っていた。黒いタキシードに身を包んだ、190cmをゆうに超える大男で、銀色の長髪が波打つように肩にかかっている。顔立ちは彫刻のように整い、血の通った生者というより“創られた物”のようだ。
大男は目を細めながら口角を吊り上げる、口元から、長く伸びた犬歯が覗いた。そして両手を2人の肩にポンッと乗せる。
大男「ポコポコ
大男は細めていた目を開いた。その群青色の瞳には光がなく、代わりに底知れぬ威圧感を放っている。その威圧感は、ユウイチとジェイコブに「答えによっては自分の身が危険だ」と、本能的に感じさせた。
ジェイコブ「お、俺はポコポコが勝つと思います……でもコイツは、特殊部隊が勝つって」
友達を売るようなジェイコブの言葉を、ユウイチが慌てて遮る。
ユウイチ「いや、俺は可能性の話をしただけであって、ポコポコが負けると決めつけたわけじゃ」
大男の表情が笑顔に戻った。
大男「たらればの話さ。ポコポコ様の勝敗について、両方の意見があって当然だよ。それよりキミたち、ポコポコ様がこの世を去ってもなお彼の話をしているなんて、なかなか見所があるよ」
顔を見合わせるユウイチとジェイコブ。2人が抱いた疑念を察知していないのであろう、大男は意気揚々と続ける。
大男「私とキミたちは仲間だ。よって私から、仲間の証となるプレゼントを贈ろう」
大男は両手を2人の後頭部に回し、グッと自身の側に引き寄せると、2人同時に口づけをした。舌を相手の口の中にねじ込む、強引なディープキス。少年たちのうぶな唇から、自身の飢えた唇を離した大男は、満足げに「ぷはぁっ」と息継ぎをする。
「おえぇっ」と口にし、
大男「私のエキスをプレゼントしたよ。今からキミたちは、この
不快感でいっぱいなユウイチとジェイコブだったが、徐々に真逆の感情に包まれていく。家族と食事をするときよりも、友達と遊ぶときよりも、好きな女子のことを考えるときよりも遙かに幸せな感覚。多幸感。
ゼラ「どうだ? 不安、不快、不満、そういった感情がすべて消え、今は幸せな気持ちでいっぱいだろう? その状態になった者を、私は
2人はうつろな目でゼラの顔を見上げながら、口からよだれを垂らし「はい」と一言。
ゼラ「ならばどんどん幸福者を増やすのだ。キミたちのエキスも私と同じく、他人を幸せでいっぱいにできるようになった。だが勘違いするなよ。その幸福を与えたのは私ではない。我らが神・ポコポコ様だということを」
ユウイチ・ジェイコブ「ポコポコ様が……幸せをくれた……」
ゼラ「わかったのなら、『ポコポコ様最高! ポコポコ様素敵! ポコポコ様 is God!』と、右腕を上げながら大きな声で5回宣言しろ!」
ゼラの指示通り、右腕を高く上げ、指先までピンッと伸ばす2人。
ユウイチ・ジェイコブ「ポコポコ様最高! ポコポコ様素敵! ポコポコ様 is God! ポコポコ様最高! ポコポコ様すて」
ゼラ「やかましいっ! さっさと仲間を増やしに行けぇ!」
ユウイチとジェイコブは腕を下ろして口を紡ぐと、回れ右をして老人のようにヨロヨロと歩き出す。2人の背中を見ながら舌で唇を一周舐め、不適に微笑むゼラ。
ゼラ「ポコポコ様……幸福者とともにアナタを除霊した人間を探し、その命を必ず奪います。これこそ私が……私ごときがアナタにできる最大限の