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厄介ファン③

神奈川県と山梨県の県境にある、素紺部すこんぶ駅前

 土曜日の朝10時という利用客が少ない時間帯に、しゃがれた絶叫が響く。セーラー服を着た女子高生が、老婆の背後から首筋に噛みついていた。犬歯が皮膚を破って頸動脈に刺さり、大量に血が流れ出る。


 痛みのあまり、声を上げる老婆。だが、ほんの数秒後、叫ぶのをピタリと止めた。代わりに「ポコポコ様……最高」とつぶやき出す。


 別の所では、はいはい歩きの赤子が、スーツを着たビジネスパーソン風の男性の右足にかぶりついていた。男性は足を思い切り振り、赤子をサッカーボールのように蹴り飛ばす。赤子は横回転しながら街路樹に激突し、絶命。


 男性は「何だったんだ……?」と小さく口にする。直後、白目を剥き「ポコポコ様……is God」とつぶやき出した。


 襲われた老婆と男性は、亡者のごとくヨタヨタと歩き、別の通行人を襲う。非捕食者が捕食者に変貌していく異様な連鎖。平和な駅前が、混乱の入場口へと変貌していく。


 異変に気づき、駅を利用しようとしていた人々や、周辺のお店の店員などが逃げ惑う。そんな中、カフェのテラス席に座り、ラップトップPCを開きながら優雅にホットコーヒーを飲む者が一人。怪異・ゼラ。コーヒーカップをテーブルに置くと、PCのキーボードを両手でカタカタとタップする。



ゼラ「ポコポコ様が除霊された今、私が約3000年にわたり作成してきた『ポコポコ様大解剖図鑑』の最新版は不要かと思っていたが……私のエキスにより、今後急速に信奉者が増えることを考えると、ニーズが高まるはず。いつでも配れるよう準備しておかねば」



 テキスト作成ソフトに文章を入力していくゼラ。内容は、ポコポコのプロフィール情報。



・本名:ポコポコ(「様」をつけないとご立腹されるが、仲良くなれば呼び捨てや「くん」づけでもお許しくださる。しかし我々信者が「様」づけ以外で呼ぶことなど分不相応。わきまえよ)


・あだ名:ポコちゃん、ミスターP


・身長:165cm〜42m


・体重:54kg〜190トン


・足のサイズ:25cm〜33m(足の裏からはハッカの香りがする)


・血液型:不明(B型っぽい)


・視力:左右とも8.8


・ジャンプ力:37m


・握力:右310kg、左280kg


・偏差値:97(日本国内のどの大学・学部・学科にもノー勉で主席合格できる)


・筋肉:非常に強靱かつ柔軟。肩こりや腰痛にならない


・骨格:鉄以上の強度で、折れたとしても3分で修復可能


・好きな食べ物:カツオ料理(飲まず食わずでも死ぬことはない)


・嫌いな食べ物:なし(パクチーやドリアンなど味・匂いが強いものでもバクバク召し上がる)


・生存する目的:世界中のあらゆる生物・怪異と友達になること


・生殖機能:なし(完璧かつ不滅の神ゆえ、子孫を残す必要がない。性欲もない)



 ひとしきり情報を入力し終えたゼラは、PCをパタンと閉じる。そして、タキシードのジャケットの内側に右手を入れた。取り出したのは電子タバコ。思い切り吸い、「ぷはぁっ」と煙を口から吐き出す。


 ゼラが書いたポコポコのプロフィールには、かなりの誇張が入っている。『ポコポコ様大解剖図鑑』を読んだ者が、「ポコポコ様は人智を超えた存在なのだ」と痛感し、平伏するようあえて誇張したのだ。


 一説には、聖徳太子は存在していなかったらしい。「イエス・キリストと同じく馬小屋で生まれた」、「一度に10人の話を聞き分けた」「冠位十二階や十七条憲法を制定した」など多くの偉業が伝わる彼だが、その真相は定かではない。当時の天皇が、「自分の先祖にはこれほどすごいスーパーマンがいた。そんな血を継ぐ自分はすごい人なんだ」ということを、ライバルである豪族にアピールするために生み出された架空の存在が聖徳太子だという説があるのだ。


 ゼラが『ポコポコ様大解剖図鑑』を書いている目的も、聖徳太子という存在を生み出したことに近い。ポコポコ様というスーパーマンを作り、広く伝えることで、怪異や人間を牽制。恐れをなした者を信奉者として引き入れる。


 さらに、既に信奉している者たちがポコポコ様をより詳細にイメージし、信仰心を深められるようにすることも、『ポコポコ様大解剖図鑑』の役割の一つ。


 ゼラは数千年前から、ポコポコ様のプロデューサー的存在として活躍してきた。しかし、とある出来事がきっかけで溝が生まれ、2人は二度と顔を合わせることがなくなってしまった。


 コーヒーを飲み干し、椅子から立ち上がるゼラ。右脇にPCを挟み、悲鳴と混乱で満たされていく田舎町の中へと歩いて行った。



<厄介ファン-完->

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