3592年前
18歳のゼラは荒れていた。友人たち数名で馬を乗り回し、目に入った人間を殺し、食料や金品を奪う。襲うのは人間だけではない、怪異と呼ばれる存在もゼラたちにとって狩りのターゲット。
食うために殺すのか、殺すために食うのか。暗中模索の日々をゼラが送り続けられた原動力は、体の内側にため込んだ膨大な憎悪だ。
ゼラは、人間の父親と怪異の母親の間に生まれた。現代において、地球を支配しているのは人間と言って差し支えないだろう。しかし、当時は人間と怪異のパワーバランスが拮抗し、地球の支配権を巡った戦争が各地で勃発していた。
絶対に相容れぬ双方の血を引くゼラに、居場所はなかった。人間のコミュニティでも、怪異のコミュニティでも爪弾きにされてしまう。ただそこにいるだけで殺されそうになったことが幾度となくあった。
ゼラの心の中で憎しみが膨らんでいく。その矛先は、真っ先に両親へと向いた。人間と怪異による禁断の恋。そんなくだらないものに酔いしれて性交渉を行い、人間にも怪異にもなれない子を生んだ両親を強く憎み、殺した。ゼラが11歳のときのことである。
家族をこの世から消したゼラは、当てのない旅に出た。世界は、ゼラが想像していたよりも広かった。それは距離の話ではなく、存在の話。旅の中で、ゼラと同じく人間と怪異の間に生まれ、迫害されてきた子供に出会ったのだ。しかも何人も。皆、強い憎しみを抱えながら、逃げ出すしかなかった子供たち。そんな彼らの先頭に立ったゼラ。人間にも怪異にも属さない「野盗」として、略奪を繰り返してきた。
時折、頭の上から雨のように憎悪が降り注ぐ。それを忘れるために殺しをする。だが、いつまでたっても晴れることはない。激しい憎悪は強い不安を生み、ゼラとその友人たちの心を飲み込んでいった。先の見えぬ人生を呪うように、ゼラの指導者としての力不足を当てつけるかのように、自殺を選ぶ者もいた。ゼラが作った野盗というコミュニティは、限界を迎えつつあった。
そんなとき、
襲いかかるゼラたちを、少年はものの数十秒で返り討ちにした。見た目は人間だがドス黒い邪気を纏い、攻撃手段として自由自在に扱う少年は、怪異としての側面も持っている。ゼラは感じた。この少年も自分たちと同じだと。
少年「お前らも、
そう言い放つ少年。彼も、ゼラたちとの共通点を感じ取った。
少年「こんなところでコソコソ追い剥ぎみたいなことして……情けなくないんか?」
少年の言葉を受け、ゼラは怒りを露わにする。
ゼラ「俺たちには居場所がないんだ! お前だって同じだろ!? 人間にも怪異にもなれない俺らは、どこに居ることも許されない! だからこうして身を隠して生きるしか」
少年「ほんなら、オレと一緒に来い。オレは人間も、怪異も、ぜーんぶ友達にする。ほんで、どっちも仲良く暮らせる世界を作るんや」
ゼラ「人間と怪異が……仲良く……?」
ゼラには考えられなかった。人間と怪異が戦争をしている世界で、両者が仲良くすることなどあり得ない。そう思わざるを得ない深刻な状況が何千年も続いていた。しかし少年は、真っ直ぐな瞳で、自信満々に、あり得ないことを覆そうとしている。
ゼラの心が揺れ動く。
ゼラ「本気で……本気で言ってるのか……?」
少年「ああ。せやけど、そのためにはまず人間と怪異の争いを止めなアカン。圧倒的な力で、バカげた争いを制することが不可欠や。それをやるのがオレの最初の目的。だから鍛えて、力をつけた」
ただ世間知らずなわけではない。少年はしっかりと世界の現状を見据えた上で、理想を実現させようとしている。そのための力を持っていることも、ゼラは今まさに身を以て体験した。
少年「お前らが、オレの最初の友達。隠れて暮らす生活から、おさらばしようや」
地面に尻餅をつくゼラの眼前に、少年が右手を差し出す。その手を握り、立ち上がるゼラ。
ゼラ「お前……名前は?」
少年「ポコポコや。よろしゅう」
降り注ぐ憎悪の雨が、止む音がした。