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ゼラとポコポコ③

 雲一つない青空が広がるこの日、東京都 泡美あわび駅前の道路は歩行者天国となり、およそ1kmにわたって道を挟むように出店でみせが並んでいた。年1回開催される『泡美あやかし祭り』の真っ最中。『お化けを楽しむ』がテーマのこの祭り。出店には日本の妖怪や海外のモンスターをモチーフにした様々な商品が並ぶ。物販だけでなく、コスプレやダンスなどのパフォーマンスをする人々も集まり、『お化け』がイメージさせるような陰鬱な雰囲気は全くない。子供からおじいさん、おばあさんまで大勢の人が集まり、会場はとても賑わっていた。


 人混みの中、出店を1つずつ覗いて歩く、市目鯖高校心霊同好会のカズヒロ、サエ、シゲミ、トシキ。混雑する場所がカマドウマよりも嫌いな4人だが、『泡美あやかし祭り』ほど大きなオカルト関連のイベントは数少ないため、昨年から足を運んでいる。この日は休日ではあるものの、学校の同好会の活動ということで、4人ともブレザー姿。


 前列にカズヒロとサエが、後列にシゲミとトシキが並んで歩く。4人で横に広がると周りの迷惑になるし、縦に1列に並んで人混みの中を歩くほどの突破力はない。となると、前後に2列になるフォーメーションが、彼らにとって最もしっくりくるのだ。


 まず往路で道の左側の出店を見ていき、復路で右側の店を見て帰るという手順。1店ずつ見ていく4人。木工の般若の面、河童キーホルダー、座敷童アクリルスタンド、唐傘お化けフィギュアなど、どれも興味をそそられるものばかり。しかし、どれも値が張るため、高校生の所持金では手が出せない。ウィンドウショッピングを続ける。


 ふと、シゲミがある出店の前で足を止めた。



シゲミ「ポコポコ様大解剖図鑑……?」



 テーブルの上に山積みにされた分厚い本を1冊手にし、パラパラとめくるシゲミ。シゲミが立ち止まったことに気づいた、カズヒロ、サエ、トシキが踵を返した。そしてシゲミの後ろから図鑑を覗く。


 図鑑を売っている男・ゼラが、ニコニコと笑顔を浮かべて4人に話しかけた。



ゼラ「お嬢さんたち、この図鑑に興味を持つなんて、なかなかお目が高いですよ。どうぞ、好きなだけ見ていってくださいね。できれば買ってくださいね。いやぁ、うれしいなぁ。祭りが始まってから3時間半ほど経ちますが、誰一人として足を止めてくれませんでしてね」



 カズヒロが視線を、図鑑からゼラの顔に向ける。



カズヒロ「言っちゃ悪いですけど、そりゃそうっすよ。ポコポコって東京を襲ったヤツですよね? あの事件で大勢の人が亡くなって、まだ復興の途中なんですよ。そんなヤツを使って金儲けするなんて、不謹慎に感じてみんな避けますって」


ゼラ「私の目的はお金じゃありません。世間にはポコポコ様のことを知らない人が多すぎる。彼の出自や偉業を知れば、考え方を変える人がきっといます。何事も一面だけを見て判断するべきではありませんよ。一見悪と思えるものでも、善と呼べる面があるかもしれない……ポコポコ様も同じです。彼を正しく理解してもらうこと。それが私の目的なのです」



 図鑑を閉じて裏表紙を見るシゲミ。「定価:46,000円(税別)」と記載されていた。後ろにいたトシキが「ブッ」と噴き出す。



トシキ「よ、4万6000円!? 高っ! 絶対に金儲けが目的でしょ!」


ゼラ「ポコポコ様の情報を長年収集して作った、集大成とも言える図鑑ですからね。その金額でも安いくらいですよ」


サエ「いや高いって〜。値段見直すか、何かしらサービス付けるかしないと1冊も売れないと思いますよ〜」


ゼラ「……なるほど。サービスですか……サービス……そうですねぇ」



 ゼラはテーブルの下からお菓子の袋を取り出し、両手で開封してシゲミたちの前に差し出す。



ゼラ「お嬢さんたち。ゼリー食べます? 今日は暑いから、少しでも水分補給をしたほうがいいですよ。このゼリーはサービス。お金は取りませんから」


サエ「何ゼリーですか〜?」


ゼラ「カブトムシのゼリー」


サエ「要りませ〜ん」



 袋をテーブルの下に仕舞うゼラ。そして右手をアゴに当てながら「う〜ん」と考え込む。およそ5秒後、「そうだ」と言い、両手をパチンと合わせた。



ゼラ「私、占いが得意なんですよ。特に恋愛に関する占いがね。その人の顔を見ただけで、今後どのような恋の運命を辿るのかがわかるのです」


トシキ「占い?」



 ゼラの言葉に反応を示したトシキが、シゲミよりも前に出てテーブルに近づく。



トシキ「僕は大のオカルト好きですが、スピリチュアル関連はどうも胡散臭いと思ってるんですよね。占いも、インチキな霊感商法の一種としか思えないんですよ」


ゼラ「ほう……では、キミの恋について占ってみせましょう。その代わり、もし占いの結果に納得できたら、その図鑑を1冊お買い上げいただく……良いですね?」


トシキ「わかりました。やってください。人間は人生に3回モテ期がやって来るといいます。僕のモテ期が次にやって来るのはいつか、占ってみてくださいよ」


ゼラ「ええ。お安いご用」



 ゼラはトシキの顔をまじまじと見つめた。そして口を開く。



ゼラ「そう遠くない未来、モテ期が来ますよ。おそらく来年の夏ごろ……アナタは突然モテ始める!」



 ゼラが自信満々に口にした占い結果を、「ふんっ」と鼻で笑うトシキ。



トシキ「やっぱりアンタの占いはインチキだ。僕のモテ期は、生まれたとき、初めて喋ったとき、立ち上がって歩けるようになったときで、すでに3回終えている!」


ゼラ「なんだと!? 私をめたのか!」


トシキ「そのとおり」


ゼラ「チクショウがぁぁぁっ!」


トシキ「だーっはっはっはっ! アンタの占いが本当に正確なら、『キミにモテ期は来ない』という結果になっていなければ、おかしいんだよぉ!」


カズヒロ「トシキよぉー、自分で言ってて虚しくならないのか?」



 眉間にシワを寄せ、奥歯を強く噛みしめるゼラ。トシキに嵌められたことに、怒り心頭といった面持ちである。大きく口を開けて何かを言いかけるが、すぐに閉じて「ふっ」と小さく笑う。そしてトシキの顔を指さした。



ゼラ「……ではもう1つ、出血大サービスで占ってあげましょう。キミ、『顔』に気をつけたほうがいい」


トシキ「けっ。言うに事欠いて、僕の顔をディスり始めたか……顔が悪いからモテないとでも言いたいのでしょうが、そんなことアナタに占ってもらわなくても百も承知で」



 ゼラは右の拳でトシキの顔面を殴りつける。拳が鼻の上から顔にめり込むほどの威力。トシキは鼻血を飛び散らせながらよろめき、地面に仰向けに倒れた。



ゼラ「ほら、顔に気をつけろと言ったでしょう? 私が占ったとおりだ。出血するのは私ではなくキミのほうだというのは、言いそびれてしまいましたがね」



 卒倒したトシキを、カズヒロが肩を貸しながら起こす。ズボンのポケットからハンカチを取り出し、トシキの血がついた右手を拭くゼラ。



ゼラ「さぁ、私の占いは見事当たりました。図鑑を1冊お買い上げいただきましょうか」


カズヒロ「阿漕すぎるだろ! 買わねーよ!」


サエ「こんな商売してたんじゃ、いくら値段下げても絶対売れないって〜」


シゲミ「そもそもアナタ、ただの人間じゃないわよね? わずかだけど、体に邪気をまとってる。その邪気が、お客さんを退かせている原因でもあるわ」



 図鑑をテーブスの上に戻し、口にするシゲミ。そしてゼラに、ピューマのごとき鋭い視線を向ける。シゲミに対抗するかのように、ゼラも目を細めた。一瞬にして空気が張り詰める。



ゼラ「ほう。お嬢さん、気づいてましたか。おっしゃるとおり、私はただの人間ではありません。だからといって、それを商売が上手くいっていない理由にするのは、あまりにも失礼じゃありませんか?」


シゲミ「……」


ゼラ「人間は、人間からでないと商品を買いもしない。キミたちがそう考えているのなら、図鑑はお買い上げいただくなくて結構です。さっさと消え失せてください。この差別主義者レイシストども」


シゲミ「言われなくても、もう帰るわ」



 ゼラに背を向け、人混みをかき分けていくシゲミ。トシキを担ぐカズヒロとサエが、シゲミの後に続く。



サエ「もう帰っちゃうの〜?」


シゲミ「気分悪いし、トシキくんをどこかで休ませないとだし」


カズヒロ「俺もに賛成だなー。この後、別の場所で調査もしなきゃだしよー。早めに移動しようぜー」



 遠ざかる3人の言葉が、ゼラの耳に入った。「シゲミ」。ピューマのような目つきをしていた少女は、友人から確かに「シゲミ」と呼ばれた。


 ポコポコ様を除霊したシゲミと同一人物かもしれないと感じたゼラは、テーブルを飛び越えて彼女たちを追う。しかし、すでに雑踏の中に消えていた。



<ゼラとポコポコ-完->。

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