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ゾンビの町

ゾンビの町①

 心霊同好会のカズヒロ、サエ、シゲミ、トシキは、『あやかし祭り』が開催されていた東京都の泡美あわび駅から電車を乗り継ぎ、神奈川県内にある素紺部すこんぶ駅にやってきた。


 駅前にはコンビニやカフェ、居酒屋などがポツポツと立ち並んでいるが、プラットフォームから見えるのは背の低い民家ばかり。いわゆるベッドタウンだ。住宅街のさらに外側には山が囲むように連なる。首都圏とは思えない、田舎という言葉がピッタリな町である。


 4人がこの地にやってきた理由は、1週間前に起きたゾンビ事件について調査するため。素紺部駅を中心に、近隣住民が他の住民に噛みつくという事件が同時多発した。噛みつかれた者が、他の者に噛みつく。町はゾンビ映画さながらの凄惨な事態に陥ったが、急に収束。不審な事件として、ネットで話題にになった。


 事件当初は新種のウイルスによって引き起こされたという説が出回っていたが、素紺部町以外の地域で同様の事件が起きなかったことと、突如として収束したことから原因不明とされた。結局、何の進展もないまま人々の興味は芸能人の不倫や政治家の不祥事などへ移っていくことに。「素紺部町ゾンビ事件」は、たった1週間で風化しつつあった。


 カズヒロ、サエ、トシキも事件のことを忘れかけていたが、唯一シゲミだけが強い関心を示していた。祖母・ハルミからポコポコの信奉者であるゼラという怪異が、ゾンビを生み出すという話を聞いていたためである。ゼラが活動している可能性を考慮し、シゲミは単独で調査、駆除に行くつもりだったが、「シゲミが行くなら」と同好会のメンバー全員で赴くことに。


 改札を抜け、駅の外に出る4人。カズヒロが「誰もいねー」と一言。片田舎の町で暮らす人は少ないだろう。それを差し引いても、駅前に人がいないことに、4人は不審に感じずにはいられない。時刻は昼の12時過ぎ。2〜3人は利用客がいてもおかしくない。


 彼らの不審をさらに強めたのは、駅員すらいないこと。無人駅というものも存在しているが、素紺部駅には駅員が配備されていたと思われる、みどりの窓口がある。完全な無人駅というわけではなさそうだ。



サエ「なんか妙に静かじゃない? 不気味〜」


トシキ「ゾンビ事件でかなりの被害者が出たって聞くし、住民のほとんどが引っ越しちゃったんじゃないかな?」


カズヒロ「それにしても誰もいなさ過ぎじゃねーか? 俺のじいちゃんの地元でも、駅員くらいはいるぜー」


シゲミ「大規模な事件だったのに、あっという間に収束したこと……そしてこの町の様子……変ね。やっぱりみんな、帰ったほうが良いわ。ここから先は私だけで調査する」


トシキ「そうだね、僕らは帰って」


カズヒロ「シゲミよー、お前を置いてくなんて、そんなことできるわけないだろー」


サエ「そうそう。私ら心霊同好会、危ないときでも一蓮托生〜。ねぇ? トシキ?」


トシキ「そ、そうだね……」


シゲミ「……わかった。その代わり、絶対に私のそばから離れないで」


カズヒロ「オッケー」


サエ「りょ」


トシキ「磁石のS極とN極みたいに離れないよ」



 コンビニと居酒屋が僅かに並ぶ道を抜け、住宅街へと入る4人。辺りを見回しながら進む。道路や電柱に、飛び散った血の跡がついているのを発見した。注意せず歩いていたら気づかないであろう、小さな血痕がところどころに残っている。この町全体で出血を伴う事件が起きたことは明白だった。


 5分ほど歩き続けたとき、とある民家の前に立ちすくむ少年を見つけた。黒髪の短髪で学ランを着た、どこにでもいそうな中学生。



トシキ「おっ、第一町民! 話を聞いてみよう。僕、年下の扱いは得意だから、任せて」


カズヒロ「トシキって同い年からは相手にされないし、年上には威圧されるしで、年下にしか強気に出られないんだよな」


サエ「哀れ〜」


シゲミ「卒業した後、休日のたびに部活に来るOBってトシキくんみたいなタイプなんでしょうね」



 トシキが小走りで少年に近寄り、話しかける。



トシキ「ねぇキミ、ここら辺の子? お兄さんたち、ゾンビ事件について調べてるんだけど、何か知ってることないかなぁ?」



 少年が頭だけをぐるりと動かし、視線を空からトシキの顔に向ける。少年の肌は血が通っていないかのように白く、黒目は豆粒ほどの大きさしかない。



 少年「し、あ、わ、せ……? い、ま、し、あ、わ、せ……?」



 ゆっくりとした口調で、トシキに尋ねる少年。意味不明な返答に、トシキは首をかしげる。



 トシキ「幸せ……? 僕が幸せかって? 聞かなくてもわかるだろう? 幸せだったらゾンビ事件の調査なんてしないよ。暗い人生から抜け出すために1発当てようと、藁をも掴む思いで可能性を模索してる真っ最中さ」


少年「な、ら……し、あ、わ、せ……わ、け、て……あげるぅぅぅっ!」



 少年は両腕を前に伸ばしながら、大きく口を開けてトシキに接近する。爪も歯も、人間のものとは思えないほど鋭く尖っていた。「うわぁぁぁっ!」と声を上げてたじろぐトシキ。その背後からシゲミが猛スピードで駆け抜け、少年の顔面に右足で蹴りを見舞う。


 少年は数歩後ろに下がり、仰向けで倒れ込んだ。間髪入れずに、シゲミは左肩にかけたスクールバッグから手榴弾を取り出し、安全ピンを抜いて転がす。少年の顔の近くへと転がる手榴弾。「伏せて!」というシゲミの大声に従い、カズヒロ、サエ、トシキはその場でうずくまる。直後、手榴弾が爆発した。少年の上半身がバラバラに吹き飛ぶ。


 爆煙が消えたのを確認し、頭を上げる3人。トシキが「今のって……」と、恐る恐るシゲミに尋ねた。



シゲミ「ゾンビね。まだ確信できないうちに殺しちゃったけど、ゾンビ。たぶん、そう。推定ゾンビ。四捨五入したらゾンビだった」


トシキ「自分に言い聞かせて、殺しを正当化しようとしてない?」


シゲミ「仕方なかったの。『ゾンビになった人間を元に戻す手段はない』と、祖母から聞いたから。殺すしかない」



 カズヒロとサエが2人に歩み寄る。



カズヒロ「まぁ、相手が先に襲ってきたわけだしー。正当防衛だろー。『ケンカをするなら正当防衛を主張しろ』って母ちゃんが言ってた」


サエ「そうそう。もしかしたらこっちが殺されてたかもしれないからね〜。『られる前にれ。それが社会を生き残るコツ』って、お父さんがいつも言ってる」


トシキ「キミらどんな教育を受けてるんだよ。この犯罪者予備軍ども」



 そのとき、周囲の家々の窓ガラスが割れ、中から人が飛び出した。老若男女、数十人。全員、先ほどの少年と同じく肌が白く、爪と歯が尖っている。ひたすら「し、あ、わ、せ……わ、け、る」とつぶやき、自我を失っている様子。


 シゲミが「こっち」と先導し、3人を連れて道を走り出す。追いかけるゾンビの群れ。そのスピードは、スプリンターさながら。



サエ「ゾンビってノロいんじゃないの〜!?」


トシキ「最近の映画だと走れるタイプがデフォだよ!」


カズヒロ「ヤベーぜ! 追いつかれちまう!」



 走りながら口にする3人。通り過ぎた家の中からも続々とゾンビが出てきて、群れに合流していく。その数は100体を超えていた。


 先頭を走っていたシゲミが、バッグに手を入れて速度を緩める。そして3人の最後尾に着いた。シゲミ一人だけなら逃げ切れるだろう。しかし今は、カズヒロたちがいる。ゾンビ立ちを足止めしなければ、体力が切れて誰かが犠牲になるのは確実。


 バッグから手榴弾を2つ取り出し、ピンを抜いて後方に投げるシゲミ。走るゾンビの足元で爆発し、十数体をまとめて吹き飛ばした。シゲミたちとゾンビの群れとの距離が広がる。この隙をシゲミは逃さない。手榴弾をさらに4つ、群れに投げつけた。爆発がゾンビたちを包み込む。群れとの間に30m近い距離が生まれた。


 息を切らしながら走り続ける4人。シゲミの攻撃で逃げるための余裕が生まれたものの、ゾンビの数は増え続け、その余裕も徐々に失われていく。懸命に駆ける4人の正面、十字路を遮るように1台のパトカーが止まった。運転席から助手席のドアを開け、「乗れ!」と、男性の警官がかける。ゾンビではなく生きている人間。


 カズヒロが助手席に、トシキが後部座席のドアを開けて最奥に。続いてサエ、シゲミが乗り、ドアを閉める。群れの先頭を走る女性ゾンビの手がパトカーに到達する寸前、警官は思いきりアクセルを踏んで急発進させた。

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