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ゾンビの町②

 住宅街を走るパトカーの車内。助手席にカズヒロが、後部座席にトシキ、サエ、シゲミが座る。運転しているのは、30代後半の男性警官。制帽せいぼうを被り、腰には拳銃と警棒をぶら下げている。盛り上がった腕や胸の筋肉は、制服を内側から破りそうだ。


 彼の名前は、守屋もりや ミチヒコ。素紺部すこんぶ町2丁目の交番に勤務している、この町で唯一生き残っている警官である。


 マッチョ警官・守屋の隣で、カズヒロが大きく息を吐いた。



カズヒロ「ありがとうございます。間一髪でした」


守屋「この町のどこにいてもゾンビに追いかけられる。移動するなら車が必須だよ。ところでキミたち、見かけないブレザーを着ているね」


カズヒロ「俺たち、東京にある市目鯖しめさば高校の生徒でして。|素紺部町で起きたゾンビ事件を調べに来たんです」


守屋「なんて危ないことを……ゾンビがいない地域まで送るから、すぐに帰りなさい」



 後部座席からシゲミが「ダメです」と口を挟む。



シゲミ「私はゾンビ事件の原因を排除しに来ました。送るなら友人たちだけにしてください。私は残ります」


サエ「シゲミ〜」


守屋「やめたほうがいい。我々警察も原因を調査したがわからずじまい……私の同僚も、増援に来た警官も、ゾンビにやられてヤツらの仲間になった。打つ手がなく、政府の判断を指をくわえて待っているだけの状態だよ。自衛隊による、ゾンビ化した民間人の掃討。その判断が下るのをね」


トシキ「掃討……そんなことが……」


守屋「世間からバッシングされることは確実だから報道規制をしてる。一方、先日のポコポコとかいうテロリストの襲撃で自衛隊は人員不足。すぐに判断が下されるわけでないだろうけど、この町がいつ銃弾飛び交う戦場になるかはわからない」


カズヒロ「シゲミ、お巡りさんの意見に従っておとなしく町を出ようぜー」


シゲミ「……この町の外なら安全という保証は? ゾンビは1体もこの町から出ていないの?」



 守屋は数秒黙って、ハンドルを右に切る。そして再び口を開いた。



守屋「鋭いところを突くね。キミの言うとおり、一昨日、ゾンビになった町民の半数近くがこの町を出て行った。残ったゾンビは、ほとんどが建物の中にこもっている。数日前までは外を出歩いていたんだけど、突然行動パターンが変わったんだ。一見すると、ネットで言われているように『収束した』と思えるが、ただ被害が表に出なくなっただけ。着々と拡大しているはずだよ」


シゲミ「さっきのゾンビを見る限り、知能が残っているとは思えない。なのに一斉に行動パターンが切り替わったということは、ゾンビを指揮している者がいる可能性が高い。ソイツが元凶……怪異・ゼラ」


守屋「怪異……? ゼラ……?」


シゲミ「ポコポコと同じような、危険な存在です。私はそれを駆除しに来た」


守屋「すでに宛てがあったのか」


シゲミ「ですが、どこにいるのかはわからない。もう素紺部町にはいないかも……でもここがゾンビ事件のグラウンドゼロなのだとしたら、ゼラにつながる情報が残されているかもしれません」



 守屋はハンドルを左に切り、丁字路を左折する。



守屋「キミは……ただの学生だろ?」


シゲミ「警察に名乗ると面倒なことになるから普段はやらないんですけど、私は殺し屋です。怪異専門の」


守屋「殺し屋……じゃあ、さっきの爆発音はキミが?」


シゲミ「ええ。ゾンビを爆弾で吹き飛ばしました」


守屋「……にわかには信じがたいな」


サエ「この子の言ってることは本当ですよ〜。私たち何度も怪異に襲われて、そのたびにこのシゲミに助けてもらったんです〜」


トシキ「そう! そうなんです! シゲミちゃんは本物の殺し屋で、いつも爆弾を持ち歩いてるんです!」


カズヒロ「爆弾だけじゃないっすよ! グレネードランチャーも持ってる!」


守屋「その話が本当なら、逮捕しなきゃいけない危険人物な気がしてならないが、今はそんなことを言っている場合じゃないか……たしかに、ゾンビ事件の解決にはキミの力が必要かもしれないな」


シゲミ「少なくとも、ゼラにつながるヒントを手に入れるまで、私はこの地を離れません。その道すがら、ゾンビも駆除します」



 下唇を噛み、思考する守屋。そして「わかったよ」と口にする。



守屋「ただし町の中を移動する場合は、私がパトカーを出す。徒歩では外に出ないこと」


シゲミ「ありがとうございます」


守屋「で、他の子たちはどうする?」


サエ「決まってんじゃ〜ん」


トシキ「シゲミちゃんと一緒に残って調査!」


シゲミ「でも」


カズヒロ「言っただろ? 俺らは一蓮托生! 危ない橋を渡るときも一緒さ」


シゲミ「みんな……正直、足手まといだから帰ってほしいけど、ありがとう」


守屋「青いねぇ」



 パトカーは町を抜け、山道を登り始めた。



カズヒロ「どこか目的地があるんですか?」


守屋「私の家だよ。この山の頂上にあるんだ。実家でね。父と弟と一緒に暮らしている」


トシキ「ご家族と? 逃げなかったんですか?」


守屋「逃げられなかったんだ。私は警官として町を守らなければならない。父は寝たきりで、弟は引きこもり」


トシキ「な、なるほど……」


守屋「だけど、下手に出歩くより家にいるほうが安全なんだよね。私の家族、山の中に家を作っちゃうくらい世間が嫌いで、誰も侵入できないようガチガチにセキュリティ対策をしてるから」


サエ「ゾンビパンデミックのために作られたような家ですね〜」


守屋「キミたちもここに残るなら、しばらくウチにいると良い。家族は歓迎しないかもしれないけど、安全は保証するよ」 



 そんな話をしているうちに、パトカーは山頂に到着した。「ここがウチだよ」と良い、フロントガラスを指さす守屋。ぽつんと建つその民家は、家というより要塞に近い。建物のまわりをぐるりと囲むのは、錆びたトタンや廃材で組まれた高いバリケード。さらに外側には、ところどころ木の杭が立てられ、有刺鉄線が張られている。


 入口は、南京錠がいくつも取り付けられた鉄製の門。門の上部には小型の監視カメラが2台。守屋は車から降りて錠を1つずつ外す。すべて外し終えて両開きの門を開けると、運転席に戻り、パトカーを要塞の内部へと進めた。

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